決断5
口の中に鉄臭い味が広がる。失っていた意識は強烈な痛みで現実に戻され、自分が教会の戦士に捕まって拷問されているという事実を目の前に突きつけられた。
「誰が寝ていいって言った。」
目の前にはあの大男、イングリスが立ちはだかっている。教会のパラディンというステータスだけ見ればひどく潔癖そうな奴だが本性は悪魔のそれだ。
既に殴られすぎて胃の中身は全て逆流した。口の中は吐瀉物と血の味が占めているが、今吐血したばかりで、鉄臭さが強くなっている。
「つまんねえな、もうゲロゲロ吐き出さねえのか。あの間抜けなツラ、もう一度見たいんだが…そうだ。」
イングリスは椅子に拘束されたウルフから距離を置き立っている。
ふと彼の顔が酷く邪悪な笑みで歪んだ。また新しい遊びを思いついたのだろう。
「俺は砲丸投げが好きでな。よくこうやって捕らえた奴らを的にするんだ。」
空気を裂く強い音の後にウルフの腹部を鉄球が直撃する。顎が外れそうなほど苦痛に顔を歪め、声にならない絶叫をあげ、椅子ごと後方に倒れたウルフは朦朧とした意識で悶える。
「ぎゃはははははは‼︎狼のくせに芋虫みてえにのたうちまわるんだな!亜人種だろうとヒトだろうとそれは変わらないのか、面白え‼︎」
同じように捕らえられていた別のパーティはとっくに息絶えた。2人捕まっていたが、イングリスによる巧みな誘導で、お互いを憎んで殺しあうようになり、最期は生き残った方がイングリスに更に拷問されて息絶えた。
コロッセオでの戦いでわかりきっていたが、こいつは普通ではない。タガが外れている。
自分もいつまでまともな思考が保てるかわからない。
椅子を元に戻し、邪悪な笑みで再び鉄球を振りかぶるイングリスは正真正銘の悪魔だった。
鉄球は右足を直撃した。音からして骨は砕けているだろう。天をつんざくような絶叫をあげ、椅子がギシギシと音を立てるほど激痛でのたうちまわる。
こいつは竜人の居場所を知るために自分を拉致したのではないか。
だが本筋から逸れて拷問そのものに愉しみを見出している。
「狙いを外したか。だが次からは同じ場所だけに当ててやる。」
ウルフへの拷問に熱を入れすぎたらしい。それほどイングリスにとってウルフは格好の遊び道具なのだ。だが次にイングリスが発した言葉はあからさまに逆恨みじみたものだった。
「何故こんなことをするか気になるか?
心当たりがねえのか?クズが。
俺は絶対忘れねえぞ、畜生ふぜいが。
畜生ごときが俺の首に噛みついた罪は死んでも消えん。貴様に神の救済などない。」
鉄球が更に腹部に叩き込まれる。
もう自分は生きているのかすらわからない。感覚が死にかけているからだ。
息も絶え絶えにウルフはイングリスを睨む。しかし視界は既に朧げで、輪郭すらぼやけている。
「キングピサロが亜人種をいたぶりたがるのがわかった気がする。」
イングリスは執拗にウルフの腹部目掛けて鉄球を投げ続ける。コントロールは素晴らしく、寸分違わず同じ箇所を直撃した。
頭がチカチカする。果たしてこれは現実なのだろうか。最早この肉体と意識は離れているのではないだろうか。それほどの激痛が今の自分を自分たらしめている。
つまり死にたくても死ねないのだ。
「お前ら畜生は頑丈だ。だから長く遊べる。俺はだからこそドラゴンや巨人を狩るのが楽しくてしょうがなかった。」
更に鉄球が腹部に叩き込まれる。
もう限界だ。声すら出ない。内蔵は既に破裂しているだろう。何故なら鉄球が体に穴を開けたからだ。全身から力が抜ける。これでおしまい。一瞬死ぬことで苦痛から逃れられるという考えが頭をよぎる。
「力の加減を間違えた。すまんすまん。死んでは拷問の意味がない。
さあ、最低限回復してやった。まだボール遊びは終わらんぞ。」
頭の中にイングリスの声は入らない。
ここは地獄だ。終わりのない地獄。逃れる術はない。肉体でなく、心が先に壊れるだろう。だがその方が楽なのだ。心が死ねば苦痛を感じなくなるかもしれないからだ。
ただその前に、死ぬ前に一度でいいから、また竜人の姿を、見たい。
鉄球が襲い来る。