異空間での戦い
ペンドルトンは魔導書を開き、素早く呪文を唱える。
まもなく彼の両脇に、2メートルほどはある禍々しい魔人が現れた。
顔のパーツはなく、代わりに魔法陣が描かれており、黒い筋骨隆々な体躯をしている。
翼が生え、両手には鋭い爪がある。
2体現れたそれはペンドルトンが呼び出した使い魔だった。
『主よ、此度はいかように?』
「アンラは我々の側を離れずサポートに徹するのです。マンユは敵方へ向かい様子を伺いなさい。隙を見てあの最後列にいる剣士を、倒せれば上出来でしょう。」
『御意。』
彼の命令で2体は素早く行動を開始した。
「おなじみの戦法だね、ペンさん。」
グリージャがやや見飽きたように言う。
「これは生き残りを賭けた戦い。そこに魅せるなどという概念は必要ありません。」
「でかい口叩いてるけど、所詮使い魔でしょ。召喚獣の劣化版。」
「その劣化版に、あの者共は倒されるのですよ。」
「うまくいくといいけどね。
そういえばヨハンさんの戦闘スタイルを見るのは私初めてだなー。」
やや嫌味っぽく彼女が言う。
「………」
「ヨハン殿、処方した薬の効果はいかがですかな?」
「効いているとも。なに、心配はいらない。すぐに終わらせるさ。」
そう言うものの顔色は優れない。最後に薬を処方した時から時間はそれなりに経過している。この薬の効果が切れるまでに戦いを終わらせなければこちら側に勝ち目はない。
勝てたとしても暴走したヨハンに巻き添えを喰らいかねないのだ。
「グリージャ殿、もう戦いはやむを得ません。ですが一つだけ聞きたいのです。この空間から元の場所に我々を戻せないのですか?」
「すぐには難しいね。」
彼女は目も合わせようとしない。その態度でペンドルトンはわかってしまった。
この戦いは彼女の気まぐれの結果なのだと。
元の空間に戻れる術を持っていながら、あえて不利な状況でこちらを戦わせようとしているのだと。
彼は自分の無力さを呪った。手の内すらまともに明かさず、味方を味方とも思わない。そのような者とパーティを組まざるをえなかった無力な自分を。
「………わかりました。グリージャ殿、例の剣を。」
返事もせずに彼女が取り出したのは魔剣の代わりにコロッセオでヨハンに持たせた剣だった。
かなりの業物で、どこで調達したかは不明だが妖しい輝きを放つ妖刀だ。
「ヨハンさん、念のためもう一度言っとくね。その妖刀は使用者の魔力を吸い取って力に変える呪われた刀なの。
一般人が使ったなら魔力を吸い取られすぎて戦うどころじゃなくなってしまう。
けれど今のヨハンさんは内側に無尽蔵とも言える魔物、その魔力を宿している。その制御できない魔力を力に変えて戦えるし、噴き出す魔力に呑まれて暴走しにくくなる。一石二鳥の刀よ。」
ヨハンが妖刀を手に取る。
勇者とはかけ離れた容貌に妖刀を持った姿はまるで悪魔のようだった。
そして体内の、内側の魔物が吐き出す怨嗟の魔力を吸い取り、妖刀が唸りをあげる。
大気を振動させる程の魔力が妖刀に集中する。やがてヨハンの内側の魔力は妖刀へと流れ込み、目に見えるほどの濃度となって現れた。それは刀を覆い、荒れ狂う黒い焔となって刀身に宿った。