一日目
首都フィンガルト、勇者機関本部
「コロッセオ壊滅、勇者同士の暴動…我々の受けた損害は大きい。」
山積みになった資料を見ながらジェラルドは溜息をつく。
次世代の指導者を決める目的で始めた勇者同士の戦い。その予選とも言える第一回戦、第一試合から波乱続きだからだ。
「民間人の被害は今のところ報告はありません。ですが、首都での開催に不満を持つ意見が多数出ております。」
デニスの顔からは疲れが見て取れた。無理もない。コロッセオでの対戦は候補者を効率よく選別するためのトーナメント形式にしたはずだ。だが教会の戦士の暴走により最早収拾のつかない事態へと発展してしまった。
ここのところ後始末に追われ、デニスは満足に寝ていないのだろう。
「君の顔から威圧感ではなく、疲れが見えるとは。これはよっぽどのことなのだろうな。」
「申し訳ありません。この程度で疲れが出るとは…修行が足りませんな。」
顔を左右に振り、伸びをする。リフレッシュの動きのつもりなのだろうが、気休めにしかならない。
「………教会の戦士の所在はまだわかっていないのか?」
ふとジェラルドが呟いた。
「それが…目撃情報すらありません。教会の戦士はコロッセオで我々機関の者や亜人種を相手に戦っていた、という情報は入っておりますが…ゴーレム発動後の動きがまるでわかりません。」
「ゴーレムでは包囲すら難しいということか。しかし、このタイミングで教会が敵意むき出しとは…彼等を頭数に入れた我々の責任も問われるな。」
実際、首都の民間人からは教会の戦士を参加させた機関の浅はかさにも不満が相次いでいる。
「……先代のゴドフロア9世…あれほど機関に憎しみを持つ者もおらんでしょう。ゴドフロア8世は我々に対しても協力的だったと聞いています。何故その後にあのような人物が台頭したのか…」
「8世は我々に協力的だった。それ故教会側からは煙たがられていたとも聞いている。とすればその後継者である9世は当然民意を汲み取った、つまり機関に対して強硬な態度を取る者が選抜されたということだろう。」
「ですが…9世はもう現役を退いている。今参加しているのは息子である10世です。」
デニスの疑問にもジェラルドはさらりと答えた。参加者の情報収集は怠らない。そんな几帳面さ、段取りの良さが彼の長点なのだ。
「自分では成し遂げられなかった我々への憎しみを、息子に託したのだろう。あの男ならやりかねん。
君も実際会ったことがあるからわかるだろう?」
魔王討伐の際、デニスは教会の戦士に支援を求めた。説得を成功させたデニスはそれで評価が上がったと言ってもいい。
2人が教会の戦士について話し合っていると、部屋に機関の者が現れた。
「お忙しいところ失礼致します。」
疲れもあったのか表情にも明らかに不機嫌さが出ている2人だが、その急ぎようからただ事ではないと悟った。
「どうした?教会の戦士でも見つかったのか?」
ジェラルドの視線が鋭く向けられる。
「いえ…ですがこれも無視できない事態です。」
「もったいぶらずに率直に言え!我々は時間がいくらあっても足りんのだ!」
思わずデニスも大声を出す。
言い終わって、やりすぎたと反省したのだろう。弱々しく謝罪した。
「申し上げます。実はこの戦いに参加している勇者が昨晩から今日にかけて50名も減っているのです。それもみな…死亡しています。」
「何だと⁉︎それは教会の戦士の仕業か⁉︎」
「いえ…事件を目撃した勇者から話を聞いたところ、正体不明の黒い剣を持った謎の男に襲われたと証言しております。」
「黒い…剣…」
ジェラルドは目を通した参加者の資料の中で一際目立つものを思い出した。
「まさか…」
不穏な空気が漂う。教会の戦士討伐のため休戦したはずの首都で、新たな戦いが始まろうとしていた。