絶対零度の戦い5
「くそっ!きりがない!」
矢を放ち、敵の一団を殲滅しても敵はまだまだ湧いて出てきた。もう何分このまま戦っているかわからない。
シモーヌの肉体も限界が近い。
「皆様、耐えてくだされ!この老いぼれも死力を尽くす所存!ふん‼︎」
ギルバートの魔法も徐々に持続時間が短くなっている。
他の2人、アドルフのパーティに至っては姿も見えない。
身体を覆っているアヴァロンの加護ももう終わりが近づいている。先ほどまで開けていた視界が猛吹雪に変わりつつあるのだ。猛吹雪のせいで身体もうまく動かない。
そんな絶望的な状況下で敵は絶えることなく湧き出てくる。
シモーヌの矢一発で20匹ほど倒してもまだ終わりが見えない。ギルバートの魔法で時間の流れを遅くするのももう無理が生じていた。
「ギルバート踏ん張れ!男の意地をここで見せずに果てる気か!」
もう弓を構える力すら入らなくなってきている。歯を食いしばりシモーヌは弓を構える。
視界も吹雪に閉ざされほとんど見えない。心眼だけで敵を捉えるのも難しい。
「げほっ、げほっ、ぐうっ!」
ギルバートは吐血した。魔力以上の魔法を連続で使い続けているのだ。肉体に負担がかかりすぎている。
だが王の、アーサーの到着まで死ぬことはできない。魔王の本拠地、その位置を特定し、後は突き進むだけなのだ。それを目前に簡単に果てることなどアーサーの家臣に許されていない。
ギルバートを支えているのは、アーサーの存在と、アーサーの家臣であるというプライド、そして魔術師の意地だった。
「シモーヌ殿!逃げてくだされ‼︎」
「ッッ…!」
猛吹雪で視界も音も遮られる中、オーガグリズリーの容赦ない一撃がシモーヌに叩き込まれる。弓矢に全魔力を集中する特性上、肉体は無防備。敵の一撃はあっさりとシモーヌの右手を吹き飛ばした。
余波でシモーヌ自体も宙を舞い、雪原に倒れこむ。
「かっ…うっ…くそ…」
身体の感覚が吹雪で鈍っているのが幸いし、ある程度平静でいられる。這ってでも生き延びねばならない。アーサーは今すぐにでも到着する。その思いだけがシモーヌの頼りだった。
右手があった箇所を一瞥し、シモーヌはまた前を向き進む。ゆっくりと、確実に。
「王が…もうじき到着するのだ…負けて、いられるか…」
だがそんな彼女の精神は一瞬で崩された。ゴースト系の魔物スノウレイスが彼女に憑依し、彼女の内側から精神攻撃をしたのだ。
気力だけで動いていたようなシモーヌは、糸の切れた人形のように倒れた。
「がはっ…シモーヌ殿…!」
ギルバートは自分を覆う魔法を全て解除し、シモーヌに憑依するスノウレイスに攻撃をした。もともと攻撃は専門ではないが、敵一体ならばどうにかなる。
ドクン、とギルバートの心臓が激しく波打つ。呼応するかのようにギルバートは一層激しく吐血する。
「私はもう長くない…。だがシモーヌ殿、あなたは、あなたはまだ生きて…ログレスをアーサー王を…お守りしなければ…」
身体に力が入らない。視界も吹雪のせいで見えない。ギルバートもシモーヌも共に、死力を尽くし戦った。彼らは信じている。アーサーの到着と魔王を倒した王の姿を。
そして、勝利の祝福に溢れる母国と民の笑顔を。
ただ一つ心残りだったのは、それを見れなかったこと。弓兵と魔術師は最期までログレスの戦士であり続けた。吹雪の中で2人の戦士は力尽きた。