絶対零度の戦い3
全員が異常な事態下で緊張を解けないでいる中、ダンテはただ一人平静だった。そう、彼はこの闇を知っている。この濃度の闇を、この暗さの主が誰なのかも。
「……馬鹿な…この闇は……」
ほとんど聞こえないような声で放った言葉は闇に吸い込まれていくようだ。声だけでない、おのれ自身さえも。だが不思議と居心地は悪くない。このままこの闇に溶けて消えることも怖くない。彼は闇に魅入られていた。ふと、ダンテが円陣の中から一歩外へ踏み出した。アーサーをはじめとする他の者たちも、彼の奇行に戸惑いを見せた。
「ダンテ将軍、ならぬ!闇雲に動いてはいけない!」
ダンテはアーサーの制止も聞かず、一歩ずつ外へ足を踏み出す。完全な闇の中、中か外かもわからないが。
「ダンテ将軍、乱心か!?」
「あらあら、将軍殿は何を考えているのかわかりませんわね。」
周囲の声も彼の耳には届いていない。ダンテは導かれるように闇へと歩を進める。
「……そこにいるのですね。」
そこには何もない。ただ闇だけが広がっている。だがダンテには見えたのだ。そこに在るものが。
コキュートスへ出撃する前、一人控えの間で対話したあの影、魔王がそこにいるのだ。
「くそ、アヴァロンが効果を成していないだと?この暗闇は魔王の思念体なのか!?」
―そうだとも、久し振りだねアーサー王。また会えて嬉しいよ。―
「!?」
頭に直接響くあのノイズのような声。誰もが首都に襲来した影を思い出す。恐怖の象徴。在ってはならぬモノ。この空間がまさにそれそのもの。今彼らはその空間に囚われているのだ。
―怖がらせて申し訳ない。ただね、私は話がしたいんだ。―
「……話、だと?」
シモーヌが恐怖に気押されながらも懸命に抗う。
―ただ、全員というわけではないんだ。残念だけど私には時間がない。―
「くくく、ならば全員をこの空間に閉じ込めておく必要はないのでは?思念体のくせにやることが大げさな。」
―いい着眼点じゃないか錬金術師。話をするのは全員ではないが、なにぶん君たちに知って欲しかったんだよ。―
「知って欲しかった、ですって?」
―そう、この闇をだよ。―
影の声がはっきりと喋る。今までよりも力のこもった声色で、訴えるように話している。
―奇遇にも私の闇を理解してくれる者がいてくれて助かるよ。もちろん、他にも知りたいという者がいるのなら会話に加えてあげてもいい。―
理解者とはおそらくダンテだろう。先ほどから虚ろな目で闇に立ち尽くしている。威厳ある将軍とは思えない立ち居振る舞いに、この闇に対する恐怖が一層増える。
「ダンテ将軍に何をした!?」
シモーヌが闇に叫ぶ。だがその声は誰にも届かなかった。
―言っただろ?時間がないんだ。―
気がつくと闇は晴れていた。辺りを見回すとそこは、先ほどと同じコキュートスだった。
「くそ、一体何なのだ?」
シモーヌが動揺を隠しきれずいると、ギルバートが隣で立ち尽くしていた。辺りを何度も見回す。その顔には焦りが浮かんでいるようだ。
「どうされたギルバート殿?」
「落ち着いて聞いてくだされ。」
「もったいぶらずに言ってもらえるか?」
「………アーサー王とダンテ将軍の姿が見当たりません。」