コキュートス
魔王討伐戦はあの影の出現以降、不気味なほど順調に進んだ。魔物達の攻勢も衰え、人間達が徐々にその勢いを増していった。
ただいつまでもこの戦いを続けるわけにはいかない。またあの影が出現するかわからないのだ。
そしてあの影に対抗できるのはアーサー17世ヨハンしかいない。
機関はここに、魔王の本拠地であるコキュートスへ侵攻し、魔王本体を叩く作戦を進め始めた。
「此度の魔王討伐は異常事態ばかりと言ってもいい。能力不明の魔物たち、敵の多さ、謎の影…これ以上時間をかけたなら、更に予想外の展開が起きるだろう。」
ジェラルドは今回の魔王討伐の功績を讃えられ昇格が決定している。それだけに彼にかかる責任も増しているのだ。
魔王討伐の、しかも本拠地突入作戦の指揮、この作戦に失敗は許されない。
失敗とはすなわち人間の敗北である。
「過去数百年、かの始まりの勇者、アーサー1世アーノルドの代から続く忌まわしき戦いの連鎖…我々は一度たりとも敗北していない。いや敗北できなかったのだ。」
ジェラルドは続ける。
人のいない大講堂、暗く、広大な空間の中で、彼の話を聞くものはたった1人しかいなかった。
「敗北とは我々の根絶、魔王の支配する世界、ということですな。いやはや武闘派出身の私には、貴方の演説はいささか回りくどく聞こえてなりませんな。」
遠慮なくジェラルドに意見するのは、今回の魔王討伐で教会の説得に成功した男ー
「失礼、今のはあなたに対して演説したつもりではない。」
「はっはっは。この講堂には私以外誰もいませんぞ。独り言にしては奇抜過ぎますな。」
禿頭の大男デニス。
亜人種がいなくなった後の戦線で活躍した武闘派。そして何よりトレミアでゴドフロアの説得に成功した功労者でもある。
「訓練生の頃と比べて丸くなったなデニス。ただの戦闘バカではなくなったな。」
「そう言っていただけただけでも魔王討伐に参加した甲斐がありました。
訓練生時代の憧れであった貴方と作戦指揮がとれるとは…」
「こちらとしても嬉しい限りだ。正直今回の件はプレッシャーに感じていてね。
見知った顔が近くにあるだけで少し安心できるというものだ。」
「はっはっは、麗しい女性ではなくて、この筋肉ダルマで安心すると申されるか!
やはりジェラルド殿は奇抜ですな!」
「戦場において君ほど安心できる男はそういないだろう。
よろしく頼むぞデニス。」
「任せてくだされ、ジェラルド殿!」