絶望の影5
そうこうしているうちに自陣へとチェスターは帰還した。怪我人を運び、状況を確認する。
「聖騎士部隊、全員生存、と。
皆よく頑張ってくれた。ありがとう、お疲れ様!」
チェスターの言葉を聞き、聖騎士達は武装を解き、喜びの声をあげる。
「終わったか‼︎みんなよく生き残ったな!」
「あの鬼教官の言うこと信じたくねえけど、俺たち死ななかったしな!」
戦線に駆り出されて3ヶ月ほどが経過していた。若手には重すぎる任務から解放されたことで、教会の戦士たちには安堵の表情が見える。
チェスターも隊長として指揮をとり、窮地に陥った者たちの救出で一躍その名を知らしめることとなった。
「よう、隊長殿!」
聖騎士隊の1人に声をかけられる。
「おう!ご苦労様!」
「何だよ、今まで隊長とか当主殿とか言うと不機嫌になってたのにー。」
「この3ヶ月でだいぶ経験値が上がった気がするからな。
ただ当主殿って呼び方には今でも抵抗はあるよ。」
それは戦いの疲れと安堵から出た彼の本音だった。
実のところ、ゴドフロアの時期当主としてチェスターの名が現実味を帯びてきている。
彼は聖騎士隊を全員生存させ、戦場においても際立った活躍を見せていたからだ。
おまけに教会を嫌う機関側の者からも一目置かれたために、最早その流れは揺るぎないものとなりつつある。
だが彼にその覚悟はない。
まだ当主として責任を負うには早すぎると彼自身考えている。
正直その話題を聞くだけで嫌になるものだ。
「まあ何はともあれ、俺たちはやることをやったんだ。それは誇っていいと思う。」
チェスターが言う。それは彼が自分自身に言い聞かせたのかもしれない。
「本当だよな!そういえば、近くの村でこれから軽く宴を開くそうだ。まだ戦争中なのに、俺たちにお礼がしたいんだとさ。
行こうぜ隊長!」
「ああ。」
今はとにかく当主のことなど考えたくなかった。一刻も早く頭から消してしまいたかった。
まだ戦争は続いている。だがそれは機関の人間が行うことで、教会の戦士には関係がないことだ。
トレミア大聖堂 談話室
「ご子息はたいそうご活躍されたそうで。」
イングリスがゴドフロア9世と語らっている。歴戦の猛者。教会の戦士の筆頭。異種族狩りで名を馳せた強面の男。
その風貌はもう数十年前から変わらずにいる。
「これで奴が当主になることは決まったも同然。」
「全て順調に進んでおりますな。」
「ああ。此度の魔王討伐は収穫ばかりよ。これで機関に貸しができた。そのうえ、チェスターも武名を轟かせ、奴が時期当主になることに異論を唱える反対派を、大人しくさせられる。」
「クラウ•ソラスを授けられるのですね。」
「ああ。私はもう適合しておらぬ。」
しばし沈黙が流れる。
「イングリス、チェスターが当主になる際は教育はお前とハンナに一任する。」
「仰せのままに、ゴドフロアよ。」
イングリスの顔が歪む。目にはぎらぎらとした輝きが灯る。その時が訪れるのを、2人は今か今かとただ待ち望んでいる。