絶望の影3
竜人は炎を前方に防壁のように展開したが、影にはまるで効果がない。炎を消して、あるいは炎を避けて迫りくるのならまだ理解できる。
だが影が炎に触れると、炎は吸収されたかのようにその場からなくなった。
消したのではない、なくなったのだ。
あり得ない。自分の攻撃が通じないことも、ここまで恐怖を感じていることもー
炎をどれだけ出しても、影は難なく炎を消し、着実に竜人との距離を縮める。
「くっ…」
ついに竜人は追い詰められてしまった。影は無機質に近づいてくる。その異様さ、否応なしに感じる死の予感と恐怖から、その影はまるで死神のように思えた。
死が眼前へと迫る。避けることのできない、確実な死がー
「心配するな竜人よ、貴殿は死なぬ。」
「なんだと⁉︎」
目の前の影は後退していた。
いや追い払われていたのか。竜人が目にしたのは、黄金の輝きだった。
迫り来る死の予感と恐怖を、その輝きは一閃したのだ。
その輝きはまさしく、影と正反対。その影が絶望と死そのものならば、その輝きは満ち溢れる希望に他ならない。
「貴殿の活躍は素晴らしいものだ。ここで散らすわけにはいかぬ。何よりも…私は勇者なのだからな。」
「なっ…」
言葉を失う。それほどの生命と希望に満ち満ちた輝き、あの影とは違う意味で恐れおののく程の聖なる力、アーサー17世ヨハンはまさしく勇者だった。
「む、ぼさっとしていないで撤退したらどうだ?
理想郷の範囲内とはいえ、その体では無理はできまい。」
いつもの竜人なら無理をしてでも相手に食らいつき、戦いに身を投じる。だがあの影相手では話が違う。
それゆえ竜人は反抗はしない。だが、戦場において自分から撤退するのは彼のプライドが許さないのだ。
彼はただヨハンを見据え、ただ立ち尽くしていた。
「あれは私が倒す。この後、貴殿の力が必要な機会が必ずある。その時まで生き残ってもらわねば。」
そのまっすぐな瞳と気迫に竜人は、彼の言うことを聞かざるを得なかった。
「けっ、いいとこ取りかよ。」
「ははは、この場は譲ってくれ。」
「本当に、叶わねえな…」
竜人は弱々しくその場から撤退した。
その様子を見守った後、ヨハンは影の方を向く。
「他の者はお前を見るだけで恐怖を感じるようだが、なるほど確かに異質なものだな。」
影は応えない。ただゆらゆらとその場にとどまっている。ヨハンに対して恐怖を感じているのか。
「私はお前が恐ろしくない。不思議なことにな。」
ヨハンからは聖なる輝きが放たれている。
「正体はわかっている。お前は…魔王の思念体なのだろう?」