教会の戦士
「ひどい有様だな…」
「手遅れだったみたいだね、ジェラルド殿。」
首都から派遣されたジェラルドを筆頭とする神官団はアリゼイユの惨状を目の当たりにしていた。
既に神官達により付近の魔物は駆逐されたが、それでもなお戦場には兵士達の屍がそこかしこにあった。
そのどれもがまともな死に方ではないのは、魔物の残虐性を考慮すれば明白だった。
鼻を突く異臭は恐らく兵士や魔物の血肉だろう。風に乗って鼻腔を刺激するが、呼吸に支障が出ない最低限の量だけを吸う。出なければ無念に満ちた死体を体内に取り込んでいるような、怨念を吸い込んでいるような、そんな縁起の悪い想像が掻き立てられるし、何より単純に吐き気を催すほどの悪臭だったからだ。
マキシは目元の下まですっぽりと顔を覆い隠す独特の布を着けていた。
普段あまり表情のない彼でもこの状況にはさすがに目をしかめていた。
神官団達は魔物を倒しつつ生存者を探していたが、それは難航した。もぞもぞと動いている者かと思えばカラスに体をついばまれている死体だったり、死体に取り付くゴーストの類が憑依したものだったりと散々だった。
もともと少なかった神官団の口数は更に減り、やがて誰も一言も発さなくなった。戦場にはカラスの鳴き声と神官の足音、ガサゴソと付近を捜索する音だけが聞こえる。
どれくらい付近を捜索しただろうか。
ジェラルドがふと前を見ると、そこには上半身が打ち砕かれた石像、うずくまる男、そして2人の倒れた兵士が見えた。
半ば作業と化していたが、そこは一応声を掛ける。今までだとその全てが生存者ではなかったのだが。
「おーい、無事か?」
神官の1人が声を掛けると、すぐ反応があった。
うずくまっている男がこちらを振り向いた。
顔には擦り傷が幾つかあったが、それ以上に涙や鼻水で顔中ぐしゃぐしゃだった。
ひどい顔だったが、捜索して初めて見るだろう生存者に神官団達は驚き、そして喜んだ。
「ジェラルド殿!生存者です!1名生存者がいました!」
「すぐに保護しろ。マキシ達は他の捜索を続けてくれ。まだ生存者がいるかもしれん。」
ジェラルドがそう言うとマキシ達は周辺の捜索を再開した。
ジェラルド達は生存者を取り囲み、手厚く保護した。
水を飲ませ、呼吸を落ち着かせる。自分の名前は言えるか、職業は何か、一緒に行動していた仲間はいたかーなどを一通り簡潔に答えさせた。
その後は回復魔法をかけ、再び周辺の捜索を再開した。生存者は最初に見つけた男を含め4名しかいなかった。
アリゼイユは陥落。死傷者の数も多く、侵攻した魔物はアリゼイユを突破し首都へ侵攻したものもいると思われる。
アリゼイユ陥落の報はすぐに首都に届いた。生存者もほとんどおらず、魔物も戦線を突破し首都へと迫る勢いだ。
さらに他の戦線でも戦況は芳しくなく、援軍にも行けない状態だった。
そんな時、神官の1人が大司教にある提案をした。それは勇者機関にとって屈辱極まりない事ではあったが、現実問題としてそれ以外に解決する手段は今のところなかった。
大司教はしばらく唸りながら考え込んでいたが、杖を一回どんと床に突いて決心したようだった。
「致し方あるまい。この窮地に贅沢は言ってられん。トレミアへ救援を要請しろ。」