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いろは歌

 俺と一条が一緒にエスケープしたとのことで、クラスではちょっとした騒ぎになっていたらしい。

 中には、ふたりは付き合ってるなんていう噂を流す奴もいたが、ひとつひとつ律儀に否定することで、騒ぎは2日もすれば沈静化することができた。

 なんせ、俺と一条は学校で話すことは愚か、目も合わせないのだから。







 一条は、イヤホンを耳につけ、音楽を聴いていることが多くなった。

 休み時間や登下校時はもちろん、たまに見ると、授業中でも聴いていることがある。

 先生も諦めているのか、何も言わない。

 クラスでもあれ以来、面と向かって一条に悪口を叩く奴はいなかった。

 中岡は根が真面目なので責任を感じていたらしく、一条の席まで行って謝っていたが、彼女は『分かった』と面倒くさそうに返事をしただけで、だからどうということではなかったようだ。






 俺はというと、まず家にあるゲーム機やCD、ありとあらゆる物を片っ端から売り払った。

 そしてお母さんに昼飯代を貰った日はジュースだけでやり過ごしてあとは貯金箱に入れた。

 お父さんの洗車を手伝い、姉ちゃんの雑誌やお菓子を買いにパシリとなり、じいちゃんの肩を揉んで小銭を稼いだ。

 そうして2週間で稼いだお金は、僅か4千円。

 買い取り屋のオヤジがケチなので、ゲームもCDも思った程の値段がつかなかった。

 こんなんじゃ、一条を高校に行かせるなんて到底無理だ。

 もちろん、せっせと金を集めているなんてこと一条には言っていない。鬱陶しがられるだけだって分かってる。

 それに、あれから一条と一緒に帰ることもなかった。

 彼女は学校が終わるとすぐに教室を出て行ってしまう。

 俺は俺で、男同士の付き合いというのがある。

 みんなのいる教室で、一緒に帰ろうなんて言える勇気もなく、ひとりで帰る一条の背中を見送る日々が続いた。







 それは、掃除の時間だった。

「え?」

 雅人が言った言葉は、黒板消しクリーナーの音に遮られて最後まで聞きとれなかった。

 スイッチを切ったあと、雅人はもう一度言う。

「だから、一条あやねだよ。隣のクラスの奴が見たって」

 呆れたような顔で、雅人は黒板消しをパンパンと叩く。僅かに残っていた白い粉が、目の前を舞った。

「一条が、煙草?」

「うん。吸ってたって」

「どこで?」

「そこまでは知らねー」

 なんだ、いつもの噂か。

 一条の周りではいつもありとあらゆる噂が囁かれている。

 隣町の不良とつるんでいるとか、援交をしているなんて噂も。

 しかし、そんな噂を囁かれても仕方ないのかもしれない。

 確かに彼女の中学生らしからぬ色気、のようなものは、同じ中学生の俺達には手に余るものがある。

 だけど、いつもあんな甘い匂いのする女が、煙草を吸っているなんて到底思えなかった。それとも彼女のあの匂いは、煙草の臭いを誤魔化す為のものだろうか。いや、そんな筈は、ない。

「お前も、あんまりアイツに関わるなよ」

 雅人は心配してそう言ってくれたのだろう。

 それだけ言うと、話題は新しく出たゲームの話にすり変わった。










「煙草、吸ってんの?」

 次の日、運動場のすみっこでひとり、膝を丸めて座っている一条に尋ねた。

 授業はマラソン。2月にあるマラソン大会に向けて、体育の時間はほとんどそれに当てられている。

 クラスメートが息を切らしながらトラックを走っているのを一条はただ見ているだけだ。耳にはいつものイヤホンをつけて。

「は?」

 聞こえなかったのか、一条は片方だけイヤホンを外し、俺を見上げる。

 先程まで走っていた俺の心臓がまだ大きく波打っている。冬だというのに、背中を汗が伝った。

「煙草、吸ってんの?」

「馬鹿じゃないの」

 間髪入れずに一条はそう返した。心底呆れたというように眉を歪めて俺から目を背ける。

 俺は安心して、少しだけ口角を上げた。

「マラソン、走らないと成績下がるよ」

「別にいい」

「成績下がったら、高校行けないよ」

 馬鹿じゃないの、と再び一条。

「行かないって言ってるじゃない」

「でも、そのわりには毎日ちゃと休まず来るよな」

「家に居たって……」

「え?」

「あんたには関係ない」

 それから一条は黙ってしまった。

「それ、いつもなに聴いてんの?」

「……」

 走り終わった女子の何人かが、こちらを見てなにか話している。

 俺と一条を交互に見ては、こそこそと囁いていた。

 きっとまた下らない噂話だろう。一条はそれに気付いているのかいないのか、表情が固くて読み取れない。

 すると、いきなり立ち上がり彼女は言った。

「話かけないで。迷惑。あんたも変な噂流されても知らないよ」

 彼女はその場を去っていった。

 体操着にも着替えていない制服姿のままの一条が、堂々と運動場を横切っていく。

 誰もが彼女を目で追う。しかし、声を掛ける者はいない。みんな腫れ物には触れたくないのだ。だけど、どうしても無視できないその存在感。 

 実際、一条の真似をして紺色の靴下を履いてきたり、スカートを短くしてきた女子がいなかったわけではない。

 だけど他の奴が一条と同じことをしても彼女が近くにいるだけで何故か霞んでしまうのだ。

 まぁ、もちろんその女子達も先生に叱られ、次の日には白い靴下を履いてきたのだが。

「ねぇ、一条さんまたサボってる」

「放っておきなよ」

「そうよ、どうでもいいじゃない」

 そう言いながら、見ていないふりをしている奴でも、密かに横目で彼女の姿を捉える。一条が何か行動を起こすたびにみんな気になって仕方がない。それは大人たち、つまり先生たちも例外ではなかった。

 他人の視線を集める、それもひとつの才能だと、俺は思う。

 彼女が活かせているかは別にして。













 昼休みの教室。何人かの女子がまとまって俺の席に来た。

 その時、クラスで仲の良い男子みんなである物を見ているところだった。

 そのある物というのは、所謂アダルトビデオ。清田が兄貴の部屋から勝手に持ってきて俺達に見せびらかしていたのだ。

 裸の女がデカデカと写っているいかにもなパッケージ。

 女子の登場に、俺達は慌ててそれを隠した。

「なんだよ、女子は入ってくんなよ」

 邪魔をされた清田が怒る。

 しかし幸い女子たちには見られなかったようだ。

先頭に立ったトワコが清田を無視し、俺を見て言った。どうしたんだろう。

「ねぇ、何であんたってサ、一条さんと会話してるの?」

 トワコのはまるで責めるような言い方で、俺は少しムッとした。

 後ろの女子達も、なんで? と続けて訊いてくる。

 関係ないだろ、と言いながらさりげなく教室を見渡す。一条の姿はなかった。こいつらは一条の居ない隙を狙ってやってきたようだ。

「今忙しいから、お前ら散れっ」

 雅人が女子達に向かって手をひらひらとさせる。

「ねぇ、なんで?」

 それでもトワコは尋ねてきた。

 それどころか、ぐいっと近付いてくる。シャンプーの柔らかな匂いがした。

「別に……クラスメートじゃん」

「それだけ?」

 その匂いに少しドキドキしながら俺は頷く。

 わりかし可愛い、トワコの顔が俺をじっと見つめてきたので思わず目をそらした。









その日学校が終わったあと、みんなで清田の家にお邪魔した。

 家に誰も居ないとのことで、存分に不純なDVD鑑賞をした俺達だった。

「うぉぉぉ! やっべぇぇ!」

 清田うるさい。






 


 


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