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エスケープ

 彼女はいつだって、三つ葉のクローバーを踏み潰しながら、四つ葉のクローバーを探していた――









「あんた変わってるよ」

 学校から歩いて15分ほどの場所にあるたこ焼き屋。その屋台の前にあるベンチに、俺達は並んで座った。

 顎髭を生やしたたこ焼き屋の兄ちゃんがひとり、退屈そうに漫画を読んでいるだけで他に人はいない。

 いつの間にか雪も止み、空には太陽が出ている。しかし、相変わらずの寒さだ。言葉を発するたびに白い息が漏れる。

「一条に言われたくないよ」

 ふたりでひとつのたこ焼きを買ったのに、一条は最初の一個を食べただけで、それから手を付けようとしない。

「今頃、みんな授業してるかなぁ」

 俺達が勝手に帰ったから、先生は怒ってるかもしれない。

 親に言われたら面倒だな。家に帰ったら、怒られるかな。

 小心者の俺はそんなことを考えていたが、一条はきっと微塵も思っていないだろう。

 だから俺もそれ以上考えないことにした。初めてのエスケープ。長い人生こんな日があってもいいはずだ。

「一条には、さ」

 熱々のたこ焼きに少しむせた。

 何度か咳をして、もう一度言い直す。

「一条にはさ、本当にやりたいこととか、ないの?」

 夢、という言葉は使わなかった。

「そんなつまらないこと訊く為に追いかけてきたの」

「そういうわけじゃ……ないけど」

 どうしてこいつは、そういう言い方しかしないんだろう。

 一条は、首に巻いたマフラーを少し下にずらした。

「じゃあさ、卒業したらどこの高校行く?」

「高校行かないから」

「え?」

 つい声を上げた。たこ焼き屋の兄ちゃんがチラリとこちらを見る。しかし、すぐにその視線は漫画本へと戻った。

「なんで? 高校は、行った方がいいよ」

「タダじゃないし。そのお金、出してくれる人もいないから」

「……」

 一条の親戚は、一条の高校進学にかかるお金を用意してくれないのだろうか。それとも彼女の方が気を使っているのだろうか。

「まぁ……別に、行きたくないからいいんだけど」

「じゃあ、卒業したらどうするんだよ。」

「……」

 一条が俺を見た。その瞳からは、なんの感情も読み取れない。

 いつの間にか空になったたこ焼きのパックを持ったまま、俺は固まってしまった。

 責めたように、聞こえただろうか。と、少し不安になる。

「私は、私でしかいられない」

「……うん」

「どんな綺麗事並べても、」

「……」

「あんたもあんたとしてしか生きられない」

「……うん」

 一条の言葉を、初めて聞く彼女の『言葉』を、少しも聞き洩らさないよう俺は耳を澄ました。

 一条はそれから少しの間黙り込んだ。俯くと、長い睫毛が影を落とす。近くで見ると、綺麗に整えられた眉毛も髪の毛と同じく少しだけ茶色がかっていることが分かった。

 何十秒かの沈黙のあと、一条は言う。

「……人生は自由だって、言ってる奴の気がしれないよ」











 その日家に帰ると、案の定学校から連絡がいっていたらしく、お母さんに凄く怒られた。

 だけど、そんなことどうでも良くなるくらい、今日の出来事は俺にとってとても大きなことだった。

 夕飯を食べたあと、自分の部屋で宿題をしようと机に向かう。

 だけど頭のなかは、一条のことでいっぱいだった。こんなこと、初めてだ。

(明日、一条ちゃんと学校来るかな)

 そのまま来なくなってしまうのではと考えて、みぞおち辺りが重くなった。何だか頭も痛い。

 その時、ノックもなくドアが開く。

 乱暴に入ってきたのは、高校生の姉ちゃんだった。また俺の漫画を借りにきたのだ。

「借りてくよー」

 そう言って本棚を勝手に漁り始める。がさつで口が悪い。恥じることなく大声で笑って、怒った時は鬼のような顔になる。気分屋で自己中だ。一条とは、別のタイプ。

「お、偉いね。ちゃんと宿題してるじゃん」

「なんだよ、早く行けよ」

「生意気ー」

 姉ちゃんは、俺の頭をガシガシと撫でると、ふいに尋ねてきた。

「あんた今日、サボったんだって?」

「そうだよ、それが何だよ」

「お、全然反省してないな〜。不良になっちゃダメだよ」

「なるかよ、そんなもん」

 姉ちゃんが笑う。自分だって、親に内緒で彼氏とデートしているくせに。

「……姉ちゃん、もし、俺が高校行かないって言ったらどうする?」

 姉ちゃんが怪訝そうに俺を見た。

 慌てて、例えばの話だよ! と付け加える。

「今時高校くらい出てないと、ろくな大人になれないよ」

「高校って、どれくらいお金かかるのかな」

「さぁ、知らない。私だって、自分で払ったわけじゃないしぃ。まぁ、あんたのお小遣いじゃ無理ね」

「……」

 姉ちゃんが部屋を出ていったあと、俺は棚の奥から古い貯金箱を引っ張り出した。

 小学生の頃から、お年玉や小遣いをちまちま貯めていたものだ。

 ワニの形をしたそれを開けると、何枚かのお札と、小銭が大量に入っていた。

 宿題プリントをどかし、机の上にそれを丁寧に並べていく。

 締めて、2万6千765円。今年の夏、ゲームを大量に買ったのを思い出した。

「お金って、すぐになくなるんだな……」

 目の前の2万6千765円を見つめながら俺はひとり呟いた。

 まだ中学生だから、もちろんバイトなんてできない。

 お母さんにお金を借りることももちろん出来ない。まさか、同級生を高校に行かせたいからとも言えない。

 結局、いい方法も思い浮かばないまま、その夜は布団に入った。

 一条は、暖かい布団で寝ているだろうか。お腹いっぱい晩ご飯を食べただろうか。

 あの後、『用事がある』と言って家とは反対方向に歩いて行ったけど、何だったのだろう。もしかすると、ただ俺とふたりで帰るのが嫌だっただけかもしれない。少し親しくし過ぎたかな。どうだろう。

 目を閉じると、一条の姿が浮かぶ。

 短いスカートからでた細い脚。どんぐりのようにまん丸の瞳。陽に当たると金色に光る髪の毛。時折覗かせるピアスに、膝下までの紺色の靴下。

 そして、どこで身に付けたのか、世の中を斜に構えて見ているような雰囲気。

 一条の全てを作るそれらが俺や、みんなにとっては凄く新鮮だ。

 きっと、ただそれだけのことなのだ。









 次の日、彼女は至っていつも通りに登校してきた。

 靴箱で会ったとき、おはようと声をかけてみたが返事はなかった。

 彼女の耳には、真新しいイヤホンがつけられていた。









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