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脳裏を掠めたのは、

「昨日お前、一条と一緒に帰ったべ」

 下駄箱でいきなり肩を掴まれた。振り返るとそこに雅人の顔がかなりアップで映し出されていた。

 そういえば、昨日清田の家に行くのをすっかり忘れてた。

 なんのことかととぼければ、すかさず追撃してくる。

「俺の妹が見たってよ。派手な女とお前が二人で歩いてんの。一条しかいねーべ」

「たまたまだって……」

「デキてんの? なぁ、お前らどういう関係?」

「うるせーな」

 しつこく絡んでくる雅人の腕を振り払った。

「お前、あんなのがタイプだっけか」

 あんなの、という言い方に違和感を覚える。

「お前ら一条のこと何も知らねーだろ」

 今度は雅人がムッとした表情を作った。

「じゃあ、お前は一条の何知ってるっていうんだ」

「俺はだから一条のこと……」

 あれ、何だこの流れ。何で雅人が一条のことでむきになってるんだろう。

 ていうか俺考えてみたら、一条のことよく知らないや。

「笑うと……」

「笑うと?」

「……可愛いよ」

「……」

 からかわれるかと思ったが、雅人は呆れたように俺を見るだけだった。そして言う。

「知ってるよ、そんなこと」







 まさか雅人が一条のことを好きだとは思わなかった。

 いや、本人の口からはっきり聞いたわけじゃないから何とも言えないけど。

 一時間目の先生の話も頭に入らず、俺は斜め前の席の一条をぼーっと見ていた。

 彼女はまた窓の外に顔を向けている。

 ふと、雅人の方を見ると、彼も俺と同じ方向を見詰めていた。

 見てはいけないものを見たような気がして、慌てて視線を黒板へと反らす。

(雅人も……辛かったりするのかな)

 どうだろう。あいつとは小学生の頃からの仲だけど、まさか同じ相手を好きになるとは思わなかった。

 きっと、一条の援交のことを知ればショックを受ける。

 でも、いつから?

 俺より後だろうか、先だろうか。いや別に、どっちでもいいんだけど……。








「ちょっと付き合えよ」

 昼休みのチャイムが鳴った教室で雅人に声をかけられた。

 購買へ走る奴と、弁当箱を広げる奴など、ごった返す教室を俺は雅人と共に後にした。

 俺たちは中庭の石段に腰掛け、それぞれ昼飯を広げる。俺は焼きそばパンに、雅人はコンビニのおにぎりだった。

「なんだよ、急に」

 俺が言うと、雅人はすかさず言葉を返す。

「それはこっちの台詞だ。チラチラ見てきやがって。何か俺に聞きたいことでもあんだろ」

 少し不機嫌そうに、雅人はおにぎりを口にいれた。

 風が枯れ葉をすくい上げるように飛ばしていくのを眺めながら、俺も最初の一口を頬張った。

「雅人……一条のこと好きなの?」

 雅人も、と聞こうとしてやめた。

「……好きじゃない」

「嘘だ」

「好きじゃないって」

「嘘つくな、言えよ」

「嘘じゃない」

「じゃあ、何で一条のこと気にかけてるんだよ」

 雅人は黙ってしまった。自分から呼び出したくせに。

「……俺、見たんだ」

 ふいにそう呟いた。なんのことかと尋ねると、一層声を潜めて続けた。

「一条が、転校してきてまだ一週間も経ってない頃。見ちゃったんだよ」

「だから何だよっ」

 もったいつけるような雅人の話し方に焦り、つい語尾を荒らげてしまった。

「一条ってさ、体育の授業いつも見学してるじゃん」

「うん」

「その日体育の授業があって、グラウンド行く途中、教室に運動靴忘れてきたのに気付いてさ。ほら、体育の豊田って、忘れ物うるせーじゃん」

「あー……」

 確かに、この前もジャージを忘れた奴がみんなの前で吊し上げられてたのを見たばかりだ。

「で、戻ったんだよ。もう授業始まってたから、誰もいない筈だったのに、一条が一人でいたんだ。あいつ、一人でジャージに着替えてたんだよ」

「え! 雅人、一条が着替えてるとこ見たの?!」

「馬鹿! わざとじゃねぇし!」

 少し顔を赤らめた雅人。男子が女子の着替えを見る。これはもう事件と言ってもいいんじゃないだろうか。

 分かってるよ、と冷静を装いながらも、俺はすっかり動揺してしまった。

「……そしたらさ、一条。痣作ってたんだ」

「痣?」

「うん。背中に。しかもひとつやふたつじゃねんだ。背中一面。とにかくいっぱい。ぎょっとしたよ」

「……」

 言葉が出なかった。はたして、あの華奢な体を殴る人間がいるのだろうか。

 彼女は、その背中に一体どれほどの者を背負ってきたのだろうか。

 何の変哲もなく、平和な世界。テレビの中の悲惨なニュースはいつだって、俺には関係のない向こう側の世界の話だと思っていた。

 平和に隠れた世の中の暗い部分。

 一条に出会ってからというものの、それらがチラチラと視界に入って気が滅入りそうになる。

 だけどいつでも一条は、その真っ只中を歩いてきたのかもしれない。

 ショックで口を開けない俺を余所に、雅人は続けた。

「俺、つい聞いちゃったんだよ。それ、どうしたんだよって」

「……一条、なんて?」

「あんたに関係ない、だって」

「一条らしいな」

 そう言うと、雅人が苦虫を潰したような顔を見せた。

「痛くねぇのって聞いたら、痛くないって言うし、誰かに相談したかって聞けば、する必要ないなんて言うし。何で耐えれんのって聞いたらよ、あの女何て言ったと思う?」

 一条の言いそうなこと……『別に』とか。『うるさい』とかかな。

 しかし雅人はどちらの回答にも首を横に振った。

「……今だけじゃないから、人生は」

「え?」

「一条が言ったんだよ。なぁ、俺達まだ中学生だぞ。そんな言葉出てくるか、お前」

「……」

(今だけじゃないから、人生は……)

 心のなかで復唱してみるが、俺が言ってもどうもしっくりこない。一条が選ぶ言葉だから、こう……グサリとくるものがあるのだ。

「それ以来、一条のやつ体育の授業受けなくなった。多分、俺が痣見ちゃったからだ」

「……」

「とにかくさ、違うんだよ。俺たちとあいつは」

 雅人が二個目のおにぎりを取り出す。

「だから好きなのか」

 そう言うと、雅人はすぐには否定しなかった。少しの間、くうを見つめたあと、もう聞くなと呟いた。






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