帰還勇者の野外授業
異世界で世界を救った川村勇気は能力をそのままに地球へと帰還を果たした。
そして、教員免許を取り教師として働くことに。
その初日、悪玉高校の職員室には二つの長方形の机に間隔を空けてキャスターチェアが置かれている。その入り口側すぐに川村と書かれた紙札の前で座っていると、
「川村君も災難だね。あの悪名高い二年Dクラスの担任になるなんて」
先輩教師の芥田が川村の肩を叩いて隣のデスクに座る。
眼鏡をかけた細身の男が同情するような視線を向けてから書類整理を始めた。
「はぁ、どんなクラスなんですか?」
川村はガラガラと椅子を横に回転させて、興味深げに顎をさする。
「有り体に言えば、ヤンキーの巣窟だ。知っての通りうちの学校の偏差値は高くない、名前を書けば受かるなんて揶揄されるほどにね。当然、それ相応の生徒しかやってこないのさ」
「なるほど、だから未経験の僕でも雇ってもらえたってわけですか」
「その代償は重いよ。そのクラスを担当した教師、去年は三人やめた。それも生徒からの嫌がらせで精神を病んでね」
芥田はため息をついて、思い出したくないという風に首を振った。
そんな様子に川村は眉をしかめて、
「それは大変ですね。やっぱ、余波で学校が吹き飛んだりしたんですか?」
「は? 吹き飛ぶ? 何を言っているんだお前は……」
宇宙人でも見たかのような呆れた顔に、しかし、川村は真面目な顔つきを決して崩さない。
「向こうでも悪がいましてね。クラスの中に魔王のスパイが紛れ込んでいたんですよ。それで、ひと悶着ありまして、結果として学校が更地になったりしたものです」
「……ゲームはほどほどにな」
芥田はこめかみを押さえながら、声を絞り出し書類整理を再開。
対して川村は拳を握りしめ覚悟を決めた顔つきをしていた。
ホームルームのチャイムが鳴り、席を立つと、
「あっ、川村君。ちょっといいかね」
教頭先生から呼ばれて振り向いた。
禿げ頭でお腹が出た男。
「なんでしょうか?」
「君の担当になる二年D組はクズの集まりだ。だが、暴力を振るっちゃいかんよ? 何をされても耐えるのだ。何か問題でも起こされたら私の評価が落ちる」
「はい! 善処します」
「うむうむ、いい返事だ。やはり君を雇った私の目に狂いはなかった。では、頼むよ」
二年Dクラスの教室の前に来ると、中から騒がしい声が廊下まで響いていた。
クラスを示すプレートは角が欠けて、マジックペンで落書きまみれ。入口の扉も窓が割られている。
川村はスーツのネクタイを締めなおし気合を入れて木製の引き戸を開けた。
「おはよう……」
挨拶の途中で、野球部が使う硬式ボールが川村めがけて飛んでくる。
(一四〇キロ。バックスピンがかかったいいボールだ)
バシッと右手で受け止めた川村に口笛が吹かれた。
窓際の前列で一八〇センチほどある体の大きい男子生徒が腕をだらりと下げた姿勢で口角を上げている。
「へぇ~やるじゃん。先生が初めてだよ初見で俺のボールに対処できたのは」
クスクス声が教室中に沸く。
十五人ほどの生徒の視線を一身に浴びて川村は、ニコリと笑ってボールを投げ返した。
没収されるとでも思っていたのか、その男子は驚いた様子で慌ててキャッチする。
「いいボールだ。野球部か? 練習頑張れよ」
「う、うっす」
川村は教壇に立ち、出席簿を開くと「沢村君ね」と独り言のようにつぶやく。
廊下まで聞こえていた騒がしい声は一連の流れに静まり返っていた。
(なんだ、ちゃんと時間になったら私語を慎むのか。いい生徒達じゃないか)
クラス中を見渡し、満足げに頷き出席簿を閉じる。
「では、軽く自己紹介をする。僕は川村勇気。長く海外にいたから日本の常識には疎い。だから変な言動や行動があるかもしれないが、そのたび指摘してくれるとありがたい」
新しい担任を見定めるように生徒たちは耳を傾けている。腕を組むもの、足を机に上げるもの、スマホをいじっているもの。だが、共通しているのは、みな意識は川村のほうへと向いているということ。
「そして、僕がこのクラスに配属になった時一つ決めたことがある」
そこで言葉を切って一人一人の顔を見つめる。
目をそらすもの、睨み返すもの、そもそも最初から明後日の方向を向いているもの。だが、誰もが自らに視線がぶつかるのを感じた。
「僕はこの二年Dクラスの成績を学年トップに上げてみせる。そして、悪玉高校の模範生として世間からの評価も一新させる。そう、君たち一人一人の力によってだ」
そんな力強い言葉に、一人また一人と顔が上がり川村へと視線が集まっていく。
そんな小さな、だが、確かな炎が生徒たちの胸に灯ろうとした時だった。それを吹き消そうと一人の男子生徒が立ち上がる。
「ナメてんのか? 熱血教師面してよ……どうせ他の教師同様さっさと辞めちまうんだろ? なんなら、明日から来れないようにしてやるよ!」
椅子を持ち上げて、川村に向かって走ってくる。
狂気じみた顔で獰猛な猪のような突進に、その後の出来事を想像して女子生徒から悲鳴が上がった。
川村の頭に椅子が振り下ろされる間際、涼しい顔をして片手で椅子の足を掴むと、男子生徒は子犬のようにその場で縫い付けられてしまう。掴まれた椅子はどれだけ力を入れても、まるで接着しているように微動だにしない。
「木村君。椅子は誰かを傷つけるためにあるものじゃない。それは、ご先祖様が知恵を振り絞って、人が快適に過ごせるように開発したものだ。そんな優しさが詰まった道具をそんな風に使ってはいけないよ」
木村は至近距離から感じる川村の目力に、椅子から手を離して一歩後ずさる。
「大丈夫。これで一つ学習ができた。木村君は二度と椅子で人を殴らない。そうやって、一つ一つ大事なことを学んでいこう」
「な、何者だよこいつ……」
ニコリと笑いかける川村から椅子を受け取り、木村は自分の席に戻っていった。
「あっ、先生! うちは東大行きたい!」
金髪に染めた女子の明るい声に周囲から失笑が漏れる。
「万年赤点の明美には無理だって」
「一年の時からずっと言ってるけど、明美ってバカじゃん」
「また出たよ明美の大言壮語! そういうのは幼少期から特殊な環境で勉強してるやつだけが行けるんだよ」
そんな風に馬鹿にされるも、明美と呼ばれた女子生徒は「本気だもん」と両手で拳を作っていた。
川村は手を叩き、その流れを断ち切る。
「福田さんだね。福田明美さん、素晴らしい夢じゃないか。何事も始めるのに遅すぎることはない。この二年間、全力でサポートするよ」
「えへへ、やったー。絶対東大に受かってみせるんだから」
その言葉にまた周囲からヤジが飛ぶが、川村には分っていた。福田の声音から冗談ではないということを。そして、おどけて笑う内面では、小さな炎が聖火台に燃え移ったことも見えていた。
(異世界で魔王討伐を果たした仲間の回復術師を見ているみたいだ。あの子も最初は臆病で弱くて、みんなから馬鹿にされていた。だけど、最終的には英雄として名を残すほどに成長を果たしたんだ)
いつの間にか、生徒たちの間では弛緩した雰囲気が流れている。
この教師なら安心できる。信頼しても大丈夫かもしれない。そんな空気が形成されていた。
(沢村君と木村君がこのクラスを仕切っていたようだな)
沢村は目をつぶり場の成り行きに身をゆだねている。対して木村は不服そうな顔をしながらも、それ以上の抵抗は見られない。
「それじゃ、さっそくホームルームを始めようと思う」
川村が手を叩いた時だった。
床から太陽でも出現したように眩しく光り出し、教室中を包み込んだ。
「きゃああああ」
「なんだよこれ!」
生徒たちの悲鳴に川村の額に汗がにじむ。
(この光景……まさかっ!)
浮遊感に襲われて意識が寸断し、目を覚ますと、見知らぬ大聖堂でローブを着た人たちに囲まれていた。
川村が立ち上がり、教室にいた生徒全員が制服姿で横たわっているのを確認する。すでに何名かは意識を取り戻しているようだ。
「召喚成功です……っ!」
一人の男がそういうと、王冠を被り金の刺繍が入った赤い服を着た白髪の老人が満足げに頷く。
「ようこそ、異世界の勇者たちよ」
王冠をかぶった白髪の老人が杖を片手に笑顔を浮かべていた。
「君たちには魔王を討伐するために協力してもらいたい、もちろん、報酬は約束しよう」
生徒たちを見ているようで、誰も見ていないような視線に川村は眉をしかめる。
(怪しいな。読心術スキル起動……)
川村の脳内に言葉がシャボン玉のように浮かんでは消えていく。
『くくく、これで我が国も便利な奴隷を手に入れた』
『魔王とかいう人畜無害な輩の名前を出せば何でも従ってくれるらしいからのう』
『使えない奴は奴隷商人にでも売ってやればいい、異世界人は高く売れるからな』
川村はため息をついて、首を振った。そして軽く腕をほぐす。
「やれやれ、そういうことですか」
「なんだね君は。王様に向かって失礼だぞ」
護衛の騎士が剣を引き抜いて、切っ先を向ける。
「では、僕は教師として生徒たちを守らせてもらおう」
「何を言っておる」
相変わらず人のよさそうな笑みを浮かべた王様の言葉を無視して片手を頭上に上げる。
「魔法陣展開……範囲指定……完了」
生徒全員を囲う様に大理石の上に魔法陣が出現。
「こ、この魔力量は一体……っ!」
「この男は危険じゃ! 即刻排除しろ!」
ようやく慌てだした側近たちに、ついに表情を崩した王様は抹殺命令を出し、ローブを着た男たちが一斉に呪文を唱え始めるが、
「もう、遅い……エクスッ、プロオオオオジョン!」
川村のエコーがかった声と同時に魔法陣の外側が爆発。黒煙が視界を遮った。
「何が起こったの……?」
突然の突風に福田が金髪を押さえながら呆然とつぶやくと、煙が晴れる。
大聖堂は瓦礫と化しており、丘の上からは赤レンガ屋根が軒を連ねている風景。
「さてと、全員起きたな? 突然だが野外授業を始める。今から一人一人能力を確認するから出席番号順に並ぶように」
川村はスーツに付いた埃を払って、何でもないように背伸びをした。
そうして、教師として二度目の異世界生活が幕を開けたのだった。




