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『限度額ゼロの俺が最強なんだが、使うたび人生終わるんだが?』  作者: 比呂石 凪


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第5話【チャージバック】虚飾の商談と逆転の署名

第5話:【チャージバック】虚飾の商談と逆転の署名

「おいおい、そんなに怯えるなよ。俺はただ、この『マーケット』の入場料を正当に徴収しただけだぜ?」


毛皮を羽織った男が、椅子の背もたれに深く身を沈めながら、愉しげに肩を揺らした。男の名はガモン。この第十四区の闇市で「端数フラクション」を操り、信用を掠め取るハイエナたちの元締めだ。


「……五千円。俺の残りわずかな残高を、承諾もなしに……!」


透が怒りに声を震わせると、視界の隅で赤いログがまた一つ流れた。 『警告:強制利用料(追加)。残高:3,200円』


「呼吸するだけで金がかかる。さっき言っただろう? このマーケットの空気は俺が管理してる。吸いたきゃ払え。払えなきゃ、その背中の『リボ』に絡め取られて窒息するだけだ」


ガモンが指先で弄んでいる白いカードは、透のそれと酷似していた。だが、表面には無数の細かな傷が刻まれ、中央のICチップ部分が赤黒く変色している。


「ナギ! どこだ!」 透は周囲を見渡すが、先ほどまで隣にいたナギの姿は、喧騒の中に消えていた。 代わりに迫ってくるのは、マーケットの入り口を封鎖した回収局コレクターズの重圧だ。遠くから響く、組織化された足音。九十九の指揮下にある「規約の番人」たちが、容赦のない強制執行のために網を絞っている。


(クソ、どうすればいい……。戦えばリボの利息で自滅する。このままじゃ九十九に捕まるか、このガモンって男に吸い尽くされるかだ)


透の額に冷や汗が流れる。鼓動に混じる電子音が、次第に規則的な「決済待機音」へと変わっていく。 その時、耳の奥で微かなノイズが弾けた。


『……聞こえる? 神城くん。焦りは判断を鈍らせるわよ』


璃子の声だ。オフィスにいるはずの彼女の声が、カードの通信機能を通じて直接脳内に響く。


「……璃子! あんた、俺をリボ払いの実験台にしやがったな!」


『あら、人聞きの悪い。私はあなたの「延命」に最適なプランを提示しただけ。……それより、目の前の男を見て。彼は「スキミング・フィールド」を展開して、周囲の低ランクカードから端数を吸い上げているわ』


「わかってる! だからどうすればいいってんだよ。残高がなきゃスキルも使えない!」


『いいえ、あるはずよ。あなたが先ほど「斬った」ものの残滓が』


璃子の言葉に、透はハッとした。 第1話で、執行官のカードを斬った時に地面に残った「物理的な煤」。 そして今、このマーケットの空気中に漂っている、無数の人々から吸い上げられた「端数」のノイズ。


『ユニオンの規約、第十七条。……「身に覚えのない請求に対し、利用者は異議を申し立てる権利を有する」。……一回きりの逆転チャージバックよ。やりなさい』


「……規約……異議申し立て……」


透は目を閉じ、ガモンが放つ赤黒いオーラに意識を集中させた。 視界に映る、自分の残高からガモンのカードへと伸びる細い「送金の線」。 透は、右手に残る「断罪の銀剣ギルティ・ブレード」の鋭い感覚を呼び覚ます。


「ガモン……。その金、俺は『買った』覚えはない!」


「あぁ? 何を寝言を——」


透は懐のカードを抜き放ち、空中に浮かぶ自分の残高表示に向けて、逆方向にスワイプした。 それは攻撃ではない。システムの「正当性」への問いかけだ。


『——申請:チャージバック(不当決済の取消)』 『照合中……。対象者の合意なき強制決済を確認。ユニオン規約に基づき、全額を差し戻します』


「なっ……!?」


ガモンの手元で、赤黒く変色していたチップが激しく明滅した。 ガモンが周囲から吸い上げていた膨大な「端数」が、行き場を失ったデータとなって暴走を始める。


「返せ! それは俺の、俺たちが積み上げた信用なんだよ!」


「違う。それはあんたが盗んだ、誰かの未来だ!」


透のカードに、逆流した光が流れ込む。 『返還完了。残高:10,000円(暫定枠復元)』 『ボーナスチャージ:不当利得の没収分 +15,000円』 『現在残高:25,000円』


「二十五、……これならいける!」


透は一歩踏み出し、ガモンの目の前にあるハードディスクの山へ手を伸ばした。璃子が求めていた「チップ」は、そこにある。 だが、ガモンもタダでは転ばない。彼は狂ったように笑い、自身のカードを自らの胸に突き立てた。


「面白い……! ならば見せてやる。負債という名の『質量』をな!」


ガモンの背後で、マーケットに漂う汚れた情報の澱が凝集し、巨大な「影の怪物」を形作っていく。 同時に、マーケットの天井が爆砕された。


「——不適切な決済を検知。これより、本エリアを『債務不履行区』と指定し、一括清算を開始する」


頭上から降りてきたのは、漆黒のコートを翻す男、九十九。 その冷徹な瞳が、ガモンの怪物と、チップを掴み取ろうとする透を同時に捉えた。


「……神城透。お前の猶予(支払い)は、ここで終わりだ」


九十九が手にするのは、ユニオン回収局の証——純白のロングカード。 三つ巴の戦いが始まろうとしたその時、透はチップの中に、妙な違和感を感じた。 それは、璃子が欲しがっていたデータというよりは……まるで人の「記憶」のような、生温かい拍動だった。



現在のステータス: 神城 透

残高:25,000円(逆転による一時回復 / 負債:473,500円)

信用スコア:Gランク(チャージバック成功により一時保留)

状態:アドレナリン上昇、心拍数異常(ノイズ安定)、記憶の断片への接触


第6話へ続く:【キャッシング】命を前借りする戦場

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