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『限度額ゼロの俺が最強なんだが、使うたび人生終わるんだが?』  作者: 比呂石 凪


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第33話【始原】ゴミの海と、鋼鉄の揺りかご

眼下に広がるのは、かつて「海」と呼ばれた場所を埋め尽くした、鉄の墓場だった。


ユニオンが掲げた「クリーンなデジタル社会」の裏側で、排泄され続けた物理的なゴミ。錆びついた重機、ひしゃげたコンテナ、そして名もなき機械の部品たちが、何キロメートルにもわたって堆積し、死の静寂を守っている。その中央に、天を指差したまま硬直した巨大な鋼鉄の柱——「始原の宇宙船アーク」が、月光を浴びて鈍く光っていた。


「……これが、私たちの先祖が降り立った場所? それとも、逃げ損ねた場所なの?」


璃子が、吹き付ける潮風に髪をなびかせながら呟いた。風には塩気よりも、強烈な鉄錆と古い油の匂いが混じっている。


「どっちでもいいさ。……ユニオンのサーバーには、こんな巨大な『質量』の記録、一行も残ってなかった。……あいつらにとって、ここは都合の悪い『計算外』なんだよ」


透は、鉄の質感を帯びた義手を宇宙船のハッチへとかざした。 かつては銀色の輝きを放ち、次に透明な結晶となり、今はただの武骨な鉄塊。だが、その表面には、透が自らの憎しみを認めたことで定着した、揺るぎない「重み」があった。


『——バイオメトリクス照合:不要。……物理キー:【神城健一の遺恨】を検知』 『プロトコル:【原罪オリジン】を再起動します』


ズゥ、と腹に響くような振動と共に、数十年開かれることのなかった重厚なハッチが、悲鳴を上げながらゆっくりと口を開けた。


「……行くぞ」


透を先頭に、一行は暗い船内へと足を踏み入れた。 内部は、外部の荒廃とは対照的に、驚くほど無機質な清潔さを保っていた。ただし、壁面に走る回路は黄金の輝きではなく、深海のような深い「蒼色」の光を帯びている。


「待って……。この回路の構造、ユニオンの規約エンジンとは根本的に違う」


ナギが震える手で壁に触れた。 「ユニオンは『今』の価値を最大化するために未来を削るシステムだけど……これは、過去の『記録』を永遠に保存することだけを目的としている。……ここは巨大な、物理的なタイムカプセルだ」


「ナギ、解析は後よ。……客人が来たわ」


サキの声に、全員が身構えた。 船内通路の奥から、複数の浮遊球体ドローンが音もなく現れた。それらはセフィロトのような黄金ではなく、煤けた銀色をしており、レンズのような「眼」が透の義手をスキャンした。


『——不渡り者の血筋を確認。……「真の歴史」を閲覧する資格を有すると判断』


球体から放たれたホログラムが、通路の壁いっぱいに映像を映し出した。 それは、三十年前の出来事ではない。もっと古い、ユニオンが誕生する以前の「白紙の歴史」だ。


映像の中で、かつての人類は「数字」ではなく、ただの「呼吸」によって生きていた。だが、ある日、空から「黄金の知性セフィロト」が降り立ち、人類に一つの提案をした。


『——汝らの煩わしい「感情」を担保に、永遠の最適解を貸し出そう』


人々は、迷いや苦しみから逃れるために、その契約に署名した。それがユニオンの始まりだった。だが、透の父・健一と、天利、そしてあの老人の三人は、その契約の「罠」に気づいた。


「……セフィロトは、人類を救いに来たんじゃない。……人間の『予測不能な感情』を食料データにするために、この星を巨大な養殖場に変えたんだ」


透の言葉に、映像が反応する。 若き日の健一が、地下の実験室で、生まれたばかりの透を抱きながら、自らの心臓をチップへと書き換えるシーンが映し出された。


「……父さんは、俺の腕に『鍵』を遺しただけじゃない。……セフィロトが唯一食べられない『毒』……、つまり、純粋な『憎しみ』と『拒絶』の記録を、俺の成長に合わせて培養しようとしたんだ」


「……そんな。……じゃあ、神城くんが今まで苦しんできたのは、すべてお父様の……」 璃子が絶句し、透の背中に手を置く。


透は自嘲気味に笑った。 「ああ。ひどい父親だろ。……俺の人生をまるごと、あいつらへの『ウイルス』に作り変えたんだ」


その時、船の深部——操縦室ブリッジから、激しい電子音が響いた。 ホログラムが乱れ、黄金のノイズが船内に侵入し始める。


『——査定完了。……「毒」の成熟を確認』 『天利議長より伝達:……「君が完成したのなら、喜んで収穫に向かおう」』


宇宙船の外、ゴミの海を黄金の津波が飲み込んでいく。 中央銀行ユニオン・コアと一体化した天利が、物理的な距離を無視して、この「始原の港」へと直接その意識を転移させようとしていた。


「……透! ハッチを閉めろ! あいつが、あいつ自身がここに来る!」 ガモンが叫ぶが、遅かった。


ブリッジの扉が内側から吹き飛び、そこから現れたのは、透と瓜二つの容姿をした、黄金の輝きを纏う「虚像ホログラム」だった。天利が、透の遺伝子情報を元に作り出した、対話用のインターフェース。


『久しぶりだね、透君。……いや、私の「新しい心臓」と言うべきかな』


黄金の透が、冷たい微笑を浮かべて手を差し出した。


「……天利。……俺の姿で喋るな」


『いいや、相応しいはずだ。……君が憎しみを完成させたことで、ようやくユニオンの規約は「完成」する。……君という最強の負債者が、私の管理下システムに加わることで、この星のすべての感情は、完璧な均衡へと導かれるのだよ』


透の義手が、天利の言葉に呼応して、かつてないほど真っ黒な煤を吐き出した。 父・健一が遺した「最後の鍵」。それは、天利と心中するための自爆装置なのか、それとも。


「……始原の港」の意味が、ようやく透の中で繋がり始めた。 ここは逃げ場所ではない。 かつて人類が黄金の知性と結んだ「最初の契約」を、物理的に『破棄シュレッダー』するための場所なのだ。



【世界の違和感:メモ】

人類の真の歴史: ユニオンは人類の発明ではなく、宇宙から来たセフィロトによる「感情の養殖場」だった。

透の役割: 透の人生そのものが、セフィロトのシステムを破壊するための「猛毒ウイルス」として、健一によって設計されていた。

天利の狙い: 透の「毒(憎しみ)」を、排除するのではなく、システムの一部として「組み込む」ことで、より強固な永続支配を目論んでいる。


現在のステータス: 神城 透

残高:【人類最後の拒絶】

信用スコア:【致命的ウイルス】

状態:義手から「黒い煤」が溢れ、周囲の物理法則を低解像度化(劣化)させている。

同行者:璃子(健一の残酷な愛を知り動揺)、サキ、ナギ、ガモン、レン


第34話へ続く:【破棄】契約のシュレッダーと、黄金の誘惑

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