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『限度額ゼロの俺が最強なんだが、使うたび人生終わるんだが?』  作者: 比呂石 凪


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第30話【種子】荒野の収穫祭と、動き出す天利

黄金の騎士が霧散した後の静寂は、かえって耳をつんざくほどに鋭かった。 塔の広場に倒れ込んだ透の全身からは、湯気のような淡い光が立ち上っている。それは義手から逆流した「感情の預金」が、彼の肉体の境界を曖昧にしようとしている証だった。


「透……しっかりして。目を開けて!」 璃子の声が、遠い水底から響くように聞こえる。 透は重い瞼を持ち上げた。視界には、自分を覗き込む仲間たちの顔と、そしてその背後に広がる「異様な色彩」が映っていた。


透が感情を解放した際、放たれたエネルギーの余波は、塔の無機質な鉄骨を侵食していた。 錆びた金属の表面には、あり得ないはずの極彩色の花々が、データノイズの火花を散らしながら咲き乱れている。それは美しく、そして何よりも不気味な「生のバグ」だった。


「……これが、『種子』の力か」 老人が、車椅子の肘掛けを強く握りしめた。 「健一が三十年かけて集めた、行き場のない『想い』。それは既存の物理法則さえ書き換える。透君、君は今、世界を再定義するペンを手に入れたのだよ」


「ペン……なんて、そんな格好いいもんじゃない」 透は璃子の肩を借りて、ふらつきながら立ち上がった。 「ただ、吐き気がするほど……みんなの声が聞こえるんだ。……死にたくない、愛されたい、お腹が空いた。……そんな当たり前の端数が、俺の右腕の中で暴れてる」


その時、塔の入り口を守っていたレンが、厳しい表情でこちらを振り返った。 「感傷に浸っている暇はない。……見て、空を」


レンが指差す先。ユニオンの都市を囲んでいた「隔離壁」のさらに上空。 雲を割り、そこへ巨大な「黄金の光の柱」が降り注いでいた。 その場所は——かつて透たちが命懸けで登った、中央銀行ユニオン・コアの最上階。


「……天利、か」 サキが銃のシリンダーを確認しながら低く呟く。


「……あいつ、まだ生きてたのね。でも、あの柱は何?」 璃子の問いに答えたのは、コンソールを解析していたナギだった。


「最悪だよ……。天利は『ユニオン』というシステムを完全に放棄したんだ。……いや、違う。彼はシステムを『セフィロト』に売り渡したんだ。……自分自身の『信用』を担保にして、外側の支配者と、新しい契約を結ぼうとしてる……!」


「自分を売ったってのか。……あの議長サマが?」 ガモンが鼻で笑ったが、その瞳には隠しきれない戦慄が走っていた。


老人がモニターを操作すると、ユニオン・コアの現在の様子が映し出された。 そこには、かつて優雅にワインを嗜んでいた天利議長の姿があった。だが、彼の身体の半分はすでに黄金の結晶に呑み込まれ、空に浮かぶ「巨大な眼」と無数の光の糸で繋がっている。


『——聞け、迷える債務者たちよ』 天利の声明が、旧式のモニターを通じて砂漠の塔にも響き渡る。 『ユニオンは、不渡り(デフォルト)によって死んだ。……だが、絶望する必要はない。私は新しい規約プロトコルを締結した。……これより、全人類は「黄金の恩寵」のもと、個としての苦悩を捨て、一つの完全なるデータへと統合される……』


「……統合? それって、全員あいつの部品になるってことじゃない!」 ナギが悲鳴を上げる。


『神城健一の遺児、透君。……君が抱えている「汚れた感情の残骸」をこちらへ渡しなさい。……そうすれば、君だけは「永遠の配当」を約束しよう……』


天利の視線が、次元を超えて透を射抜いた気がした。 透は銀色から「灰色」へと沈んだ義手を握りしめる。


「……ふざけるな、天利。……俺たちは、数字になるために生きてるんじゃない」


「よく言った、透君」 老人が、透の手に一枚の古びた記録媒体メモリチップを握らせた。 「それが、かつて私と健一が夢見た、本当の世界の地図だ。……砂漠を越え、北にある『始原の港』へ向かえ。そこには、セフィロトが干渉できない唯一の『空白地帯』がある」


「始原の港……」


「天利がセフィロトと完全に同化し、全人類を『回収』しきる前に、そこへ辿り着くのだ。……レン、この者たちを案内しろ。これが、我ら『オールドワン』の最後の支払いだ」


レンは無言で胸に手を当て、透たちに歩み寄った。 「……死ぬ気でついて来なさい。砂漠の夜は、黄金の死神たちが歌う時間よ」


透は塔の外へと一歩踏み出した。 背後で、錆びた塔がゆっくりと沈み始める。老人は、天利の追跡を少しでも遅らせるため、塔の全エネルギーを使って「偽の信号」を出し続けるつもりなのだ。


「……じいさん、あんたは……」 透が振り返ろうとすると、老人は背中で語った。


「……行きなさい。……私の人生は、とっくに清算済みだ」


夜の砂漠。 遠くで黄金の蜘蛛たちが一斉に咆哮を上げた。 空に浮かぶ眼が、かつてない強欲な光を放ち、地上の「感情」を一つ残らず吸い取ろうとしている。


透たちは走り出した。 義手の中で、三十年分の誰かの記憶が、静かに、しかし熱く脈打っていた。 それは、重荷ローンではない。 荒野を切り拓くための、新しい「価値」の脈動だった。



【世界の違和感:メモ】

天利の変質: 彼は世界を救うために自分を犠牲にしたのか、それとも死をも超えた「永遠の支配」を望んだのか。

始原の港: ユニオンが作られる以前から存在する場所。なぜそこだけがセフィロトの干渉を受けないのか。

物理的な花: 透の「種子」が放ったエネルギーで咲いた花。これが世界の環境を再び変えていく予兆か。


現在のステータス: 神城 透

残高:【遺産:始原の地図】

信用スコア:【全次元追跡対象】

状態:右腕の「灰色」化。過負荷により五感の一部が過敏、あるいは麻痺する兆候。

同行者:璃子、サキ、ナギ、ガモン、レン(新ガイド)


第4章:【再起】始原の港と、裏切りの価値へ続く

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