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『限度額ゼロの俺が最強なんだが、使うたび人生終わるんだが?』  作者: 比呂石 凪


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第29話【預金】溢れ出した三十年と、騎士の翼

「ぐ、ああああぁッ……!!」


銀色の義手を端子へ差し込んだ瞬間、透の視界から色が消えた。 脳髄を直接、高圧電流で焼き、冷水を流し込まれるような衝撃。父・健一のチップが限界を超えて発熱し、義手の隙間から溢れ出すのは、もはや黒い負債の霧でも、青い火花でもなかった。


それは、透き通った「光の奔流」だ。


『——一京円の負債。それは、回収できなかった「端数」の蓄積だ』 脳内に、父の静かな、しかしひどく疲弊した声が響く。 『ユニオンは、人々の夢や涙を「端数」として切り捨てた。……私はそれを三十年間、このチップの中へ、誰にも知られぬよう積み立ててきた。透、これがお前の本当の相続財産だ』


「……これ、が……全部……」


透の目から、不意に涙が溢れた。それは透自身の悲しみではない。 ユニオンの中で「無価値」と切り捨てられ、カードの履歴に残ることさえなかった数千万人の、ささやかな喜び、人知れぬ絶望、行き場を失った愛。それら莫大な「感情のリソース」が、三十年分の時間と共に、透というたった一つの器へ逆流してくる。


「透! 意識を保ちなさい!」 老人の叫びと同時に、塔の隔壁が黄金の閃光によって蒸発した。


現れたのは、黄金の騎士。 背中に光り輝く六枚の翼を持ち、その輪郭は常に高周波で震えている。九十九つくもという「個人」の武勇とは格が違う。それは、神の指先そのものが、不純物を排除するために実体化したような圧倒的な「正しさ」を纏っていた。


『——執行対象を確認。……コード:アノニマス。……直ちに「清算」を開始する』


黄金の騎士が、光の長剣を振り上げた。 その一振りで、この錆びた塔ごと、透の存在は世界の履歴から消去されるはずだった。


「……させない……ッ!!」


サキがリボルバーを連射する。ガモンが、この塔に溜まった濃密な「物理的な影」を網のように張り巡らせる。だが、黄金の騎士の翼が羽ばたくたび、影は光に焼かれ、弾丸は軌道を歪められて床を穿つのみだ。


「ナギ! 透を離して! 死んじゃうわ!」 「ダメだ、今離したら情報の逆流で、透の脳は完全に焼き切れる……! 耐えてくれ、透!」


ナギが血相を変えてコンソールを叩く。 黄金の騎士の剣が、透の喉元へ向けて突き出された。


その時だ。 透の義手が、カチリと「第三形態」へとシフトした。 銀色の外殻が弾け飛び、中から現れたのは、クリスタルのように透明で、かつてないほど多層的な輝きを放つ「結晶の腕」。


透は、突き出された黄金の長剣を、その透明な右手で掴み取った。


『——!? ……物理干渉を拒絶する「未定義データ」を確認。……査定不能』


騎士の声に、初めて戸惑いのノイズが混じる。


「……ああ、そうだ。あんたたちの物差しじゃ、これは計れない」


透は顔を上げた。鼻から血を流しながらも、その瞳には三十年分の「人間の熱」が宿っていた。 透が握りしめた黄金の剣。その接点から、黒いノイズではなく、鮮やかな「色彩」が騎士の腕へと侵食していく。


それは、黄金の単一的な秩序を拒む、雑多で、不規則で、泥臭い「生」のエネルギー。


「これを受け取れ。……あんたたちが捨てた、ゴミ(感情)の山だ!!」


透が義手を引き抜くと同時に、蓄積された「匿名預金」が黄金の騎士の中へと一気に払い出された。 騎士の黄金の身体が、赤、青、緑、あらゆる色彩に染まり、激しくスパークする。システムにとって、定義不能な感情の爆発は、致死量の猛毒と同じだった。


『——警告……。個体情報が……氾濫あふれて……私は……私は「誰」だ……?』


騎士の翼がボロボロと崩れ落ちる。 無敵を誇った執行体は、一人の人間が背負うにはあまりに重すぎる「全人類の端数」に耐えかね、その場に跪き、粒子となって霧散していった。


静寂が戻る。 透は糸が切れたように床に倒れ込み、激しく喘いだ。 義手は透明な輝きを失い、今は灰色の「沈黙」を保っている。


「……やった、のか?」 ガモンが、冷や汗を拭いながら呟いた。


「いや……。これは、ほんの数秒の猶予を稼いだに過ぎない」 老人が、モニターに映し出された外の景色を指差す。


そこには、一体の騎士を倒した喜びなど吹き飛ばすような絶望が待っていた。 地平線の彼方。数千、数万という「黄金の光点」が、一つの意志となってこの塔を包囲しようとしている。 そして空に浮かぶ「巨大な眼」は、より一層その輝きを増していた。


「……透君。君が開けたのは、パンドラの箱だ」 老人が、悲しげに目を細めた。 「君の義手には今、三十年分の『感情の種』が宿った。……セフィロトは、それを世界中にバラまかれることを何よりも恐れている」


「……種?」 透が、震える手で自分の義手を見つめる。


「ああ。それを育て、ユニオンに代わる『新しい署名』を世界に刻むか。あるいは、その重圧に潰されるか。……君はもう、一京円の負債者ですらない。……君は、この世界の『次の規約』そのものなんだよ」


璃子が透の肩を抱き寄せた。彼女の痣もまた、透の義手と呼応するように、微かに色彩を帯びて変質し始めている。


「……神城くん。行きましょう。……ここから先は、もう戻れない旅になる」


錆びた塔の外では、黄金の巡礼者たちの行進曲が、地鳴りのように響き始めていた。 透は、父が遺した「遺産」の重みを噛み締めながら、仲間の支えを借りて、ゆっくりと立ち上がった。



【世界の違和感:メモ】

匿名預金アノニマス: 武器としての力以上に、世界を「定義し直す」ための素材。透の義手はこれを受け取るための「財布」だった。

騎士の変質: 感情を流し込まれたことで「個」としての疑問を抱き始めた騎士。セフィロトが、単なる機械知能以上の存在である可能性。

璃子の痣の変化: 透が引き出した「感情」に璃子も共鳴している。彼女の痣もまた、ユニオンの規約外へと進化しつつある。


現在のステータス: 神城 透

残高:【匿名預金:開封済み】(中身は「数千万人分の感情データ」)

信用スコア:【NEW-GENESIS(新創世の種子)】

状態:精神的疲労が限界。義手が「結晶」と「金属」の間で不安定に変動。

同行者:璃子、サキ、ナギ、ガモン、老人(拠点に残るか同行するか……)


第30話へ続く:【種子】荒野の収穫祭と、動き出す天利

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