表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『限度額ゼロの俺が最強なんだが、使うたび人生終わるんだが?』  作者: 比呂石 凪


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/36

第27話【境界】黄金の門と、砂漠の沈黙

隔離壁——それは「ユニオン」という温室を守る最後の殻であり、同時にそこに住む者たちが外の世界を認識することを拒むための拒絶の境界線だった。


第十四区の果て、物理的な行き止まりであるはずの巨大なコンクリートの壁が、今は黄金の蜘蛛たちが放つ熱線によって赤く融解し、巨大な「傷口」を晒している。


「……信じられない。壁の向こうに、道があるなんて」


ナギが声を震わせながら、モニター代わりに持ち出した旧式の双眼鏡で外を覗く。 壁の向こう側に広がっていたのは、ユニオンのデジタルな夜景とは対極にある、乾いた「静寂」だった。


どこまでも続く赤茶けた砂漠。 ユニオンが謳っていた「資源の枯渇した地獄」ではなく、ただ、あまりにも広く、あまりにも何も描かれていない空白の地平。そしてその砂漠を、黄金の巡礼者——機械蜘蛛たちが、隊列を組んで黙々と行進していた。


「地獄の底まで続く散歩道かよ。……透、本当に行くのか?」


ガモンが影を足元に集め、警戒を強めながら問いかける。 透は答えなかった。ただ、銀色の義手がかつてないほど熱く、父・健一のチップが一定の周期で「心臓の鼓動」を刻んでいるのを感じていた。


(扉を開け……一京円の向こう側には、まだ「貸し」がある)


父の声。それは幻聴にしてはあまりにも鮮明だった。 透は溶け落ちた壁の隙間に足をかける。その瞬間、一歩踏み出しただけで、ユニオンのシステムが発していた独特の「電子的な羽音」が完全に途絶えた。


「……あ」


璃子が短く息を呑む。 壁を一歩越えた瞬間、彼女の胸元の痣が、淡く白い光を放ち始めたのだ。 それは痛みを伴うものではなく、まるで長い間眠っていた細胞が「呼吸」を始めたかのような、清涼な感覚。


「神城くん……。ここ、ユニオンの規約が届いてないわ。私の痣が……凪いでいる」


「……ああ。ここじゃ、誰も俺たちを『査定』しない」


透は砂漠の風を肺の奥まで吸い込んだ。 砂混じりの、鉄錆の匂いがする風。 だが、その平穏はすぐに、砂を蹴立てる複数の足音によって破られた。


「——止まれ、迷いロストチャイルドども」


前方、砂丘の影から現れたのは、黄金の蜘蛛ではなかった。 それは、ボロボロの布を幾重にも纏い、顔をガスマスクのような防塵具で覆った「人間」の集団だった。彼らの背中には、ユニオンの住人が見たこともないような物理的な「大剣」や「ボウガン」が背負われている。


略奪者(黒須たち)とは違う。彼らの身のこなしには、この過酷な環境を当然の前提として生きる、洗練された静かな威圧感があった。


「ユニオンの殻が割れたと思えば、這い出してきたのはガキ共か」


リーダー格と思われる小柄な影が、防塵具を外した。 現れたのは、褐色の肌に鮮やかな青い刺青を彫った少女だった。その瞳は、ユニオンの市民が持っているような「カードの残高」に支配された濁りがなく、野生の猛禽類のように鋭い。


「……あんたたちは、外の住人か?」


透が義手を構えずに問う。 少女は透の銀色の義手を見て、一瞬だけ瞳を細めた。


「その腕……『不渡り』の臭いがするな。……それを持っていれば、黄金の蜘蛛セフィロトから逃げられるとでも思ったか?」


「逃げるつもりはない。……俺は、父さんに会いに来た。神城健一に」


「……!」


少女の名前はまだ分からない。だが、「健一」という名が出た瞬間、彼女の背後に控えていた戦士たちの間に、明確な動揺が走った。 少女は槍を透の喉元に突きつけ、低く呟いた。


「『一京の心臓』の息子か。……天利がよこした刺客か、それとも……」


「刺客なんかじゃない。俺は……」


「黙れ。証拠はそっちの義手が持っている。……ついて来い。お前が本物なら、我らがあるじ……『死に損ないの賢者』が判断するだろう」


少女は身を翻し、砂漠の奥へと歩き始めた。 透たちは顔を見合わせたが、戻るべき場所はもうどこにもない。 黄金の巡礼者たちが目指す先、砂漠の地平線の彼方に、蜃気楼のように揺らめく「巨大な塔」が見えていた。


「……行こう」


透が歩き出す。 その足跡が砂に刻まれるたび、ユニオンという巨大な嘘が、遠い過去の出来事のように薄れていく。 だが、ナギが背後を振り返った時、彼は見てしまった。


自分たちが通り抜けたばかりの隔離壁の「傷口」を、黄金の蜘蛛たちが、自分たちの身体を溶かして「修復」し始めているのを。 それは、都市を再び閉じ込めるためではない。 この外の世界から、都市の中にいる「何か」を逃がさないための、完全な封印。


「……ねえ、透。……僕たち、本当に出ちゃって良かったのかな」


ナギの不安な声は、吹き抜ける砂嵐にかき消された。 透は、右手の義手が奏でる新しいリズムを頼りに、一歩、また一歩と、父が遺した「貸し」を回収するための荒野を突き進む。



【世界の違和感:メモ】

砂漠の民: ユニオンの外で、数字に頼らず独自の文明(あるいは原始への回帰)を築いている人々。

死に損ないの賢者: 少女たちの主。健一の行方を知っている、あるいは健一本人である可能性。

ユニオンの封印: セフィロトは都市を攻撃しているのではなく、透たちが「持ち出した何か」を警戒して壁を塞いだのか。


現在のステータス: 神城 透

残高:設定不能(「価値」の概念が変容中)

信用スコア:【対象外】

状態:義手が砂漠の「環境情報」を吸収し、新たな形状へ微細変化中

同行者:璃子(痣の活性化)、サキ、ナギ、ガモン


第28話へ続く:【賢者】錆びた塔の主と、失われた三十年

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ