第24話【物々交換】泥水の値段と、死に損ないの王
「——おい、そこの『神様』。随分と安そうなツラで歩いてるじゃねえか」
瓦礫の山から響いた野太い声に、透の足が止まった。 かつては「第十区」と呼ばれた、高級商業施設が建ち並んでいたエリア。今やそこは、電力を失い黒く煤けた廃墟の骸が晒される、ただの墓標の群れだ。
「……黒須」
透が睨みつけた先、折れ曲がった街灯の上に、一人の男が腰掛けていた。 かつて第十四区の「徴収人」として透を追い詰めた男。だが今の彼は、統一感のない重厚なプロテクターを継ぎ接ぎし、手には電磁機能を失った代わりに、巨大なノコギリのような刃を溶接した異形の武器を抱えている。
その背後から、影が這い出すように数十人の略奪者が現れた。 彼らの首には、もはや機能していないはずの「カード」が、魔除けの首飾りのようにいくつもぶら下げられている。
「今の世界に『神城透』の名前を出してみろ。誰もが感謝の代わりに、その喉笛を欲しがるぜ。……おかげで俺たちのカードはただのゴミだ。パン一つ買うのにも、相手の頭を叩き割らなきゃならねえ」
黒須が飛び降り、透の数メートル手前で着地する。 透の銀色の義手が、微かに駆動音を鳴らした。父・健一のチップが、周囲に満ちる「殺意」を、与信ログではなく「物理的な圧力」として検知している。
「……カードが使えなくて困ってるなら、物々交換だ。……道を開けろ。代わりに、これをやる」
透は懐から、第11話でサキから受け取ったままになっていた「十円硬貨」を放り投げた。 鈍い銅色の光を放つそれは、黒須の手のひらで、チャリンと乾いた音を立てた。
「……何だ、この汚ねえ金属片は」
「『金』だよ。……数字でもデータでもない、昔の人間が使っていた価値の塊だ。……今、その街で何よりも役に立つはずだ。偽装も、サーバーダウンも関係ない」
黒須は硬貨をまじまじと見つめ、それから低く笑い始めた。 その笑いは次第に大きくなり、狂気を帯びて周囲に伝播していく。
「ハハハ! 傑作だ! 世界を壊した張本人が、泥臭い金属を握らせて許しを乞うか! ……だがな、透。今の俺たちが欲しがってるのは、そんな記念メダルじゃねえ」
黒須の瞳が、透の背後に立つ璃子へと向けられた。
「……御影の令嬢。そして、その透き通った右腕だ。……『システムが止まっても動く義手』。それがどれだけの価値になるか、分かってねえのか?」
略奪者たちが一斉に武器を構える。 サキが素早くリボルバーを抜き放ち、ガモンが影を凝縮させようとした。だが——。
「——待て。ガモン、サキさん。……ここは俺がやる」
透が二人を制し、一歩前に出た。 右手の銀色の義手が、カチリと音を立てて「変形」を開始する。 指先が収納され、掌の噴射口から、青白いプラズマではなく「超圧縮された空気」の渦が噴き出した。
「……黒須。あんた、さっき言ったな。『パン一つ買うのにも頭を叩き割らなきゃならない』って」
「ああ、そうだ。それがこの『デフォルト・ランド』のルールだぜ!」
「……だったら、あんたたちのそのルール……。俺が全部『買い叩いて』やる」
透が地面を蹴った。 与信ブーストではない。義手から放出される物理的な圧力による、爆発的な突進。 黒須は巨大な刃を振り下ろしたが、透はそれを銀色の左腕……ではなく、剥き出しの義手で真っ向から受け止めた。
火花が散る。金属が軋む悲鳴。 だが、透の義手は傷一つつかない。それどころか、黒須の武器に触れた瞬間、義手の隙間から「黒いノイズ」が再び微かに漏れ出した。
(……!? 止まったはずの負債が、黒須の『意志』を喰ってる……?)
「ぐ、ああ……!? 腕が……力が吸われる……ッ!」
黒須が叫び、武器を放り出した。 透の義手に触れた部分から、黒須のプロテクターが、そして彼が誇っていた「略奪者の覇気」さえもが、砂のように崩れていく。
「……これは、与信の徴収じゃない。……あんたの中にある『奪うという覚悟』を、俺が肩代わりしてやってるんだ」
透の言葉は、冷酷な宣告のように響いた。 黒須は膝をつき、荒い息をつきながら自分の震える手を見つめた。彼の中から、他人を傷つけてでも生きようとする「生存本能」という名の担保が、一時的に奪い取られていた。
略奪者たちは、自分たちの「王」が無惨に無力化された光景を見て、恐慌に陥り、次々と瓦礫の影へと逃げ去っていった。
「……殺さないのか?」 サキが銃を下ろさずに尋ねる。
「……殺しても、負債は消えない。……行くぞ。第十四区の通信施設は、もうすぐだ」
透は背を向け、歩き出した。 だが、透の脳内では、チップが不気味なメッセージを静かに吐き出し続けていた。
『——徴収完了:不当利得者の「闘争心」。……一時的な仮想担保として蓄積します』 『警告:現在の世界には、正当な「清算先」が存在しません。……蓄積されたエネルギーは、所有者自身の精神を汚染する恐れがあります』
(……俺が奪ったものは、どこへ行くんだ?)
透の不安を裏付けるように、遠くの地平線に浮かぶ「黄金のノイズ」が、より鮮明な形を成し始めていた。 それは、まるで巨大な「蜘蛛の巣」が、機能を失った都市を再び包囲しようとしているかのようだった。
そして一行が第十四区の境界線に辿り着いた時。 ナギが立ち止まり、震える指で空を指差した。
「……ねえ。見て。……あれ、ユニオンの電波じゃない。……もっと、古い……でも、もっと『凶悪な』何かが、世界をスキャンしてる……」
透が視線を上げた先。 雲の裂け目から、巨大な「眼」のような紋章が、一瞬だけ黄金に輝いて消えた。
【世界の違和感:メモ】
意志の徴収: 透の義手は、もはや数字ではなく、人間の「感情」や「覚悟」をエネルギーとして奪い取る機能を持ち始めている。
黄金の眼: ユニオンのシステムが停止した隙間から現れた、より上位、あるいは「古の世界」の監視者の存在。
現在のステータス: 神城 透
残高:【無効】
信用スコア:【計測不能】
状態:右腕の「感情吸収」による副作用(微かな頭痛)、父のチップが警告音を発信中
同行者:璃子、サキ、ナギ、ガモン(※黒須から奪った「闘争心」が、ガモンの影を微かに肥大させている)
第25話へ続く:【再起動】旧式アンテナと、虚空からの返信




