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『限度額ゼロの俺が最強なんだが、使うたび人生終わるんだが?』  作者: 比呂石 凪


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第3章:不履行の荒野(デフォルト・ランド)第23話【機能不全】価値の消えた朝

空を覆っていた電子的なテクスチャが剥がれ落ちてから、三日が過ぎた。 かつて「上層区」と呼ばれた場所から見上げる空は、偽りの青ではなく、煤けた機械の歯車と鈍色の雲が混ざり合う、不気味な「素顔」を晒している。


「……あーあ、本当におしまいだ。見てよ、これ」


ナギが、自身の最高傑作だったホログラム・デバイスを虚しく振った。かつては数百万の与信を演算していた光の回路は、今やただの「光る粗大ゴミ」と化している。画面には、死を宣告されたかのような文字列が延々とループしていた。


『——システム応答なし。与信サーバーとの接続がタイムアウトしました』 『規約エンジン:停止。現在の通貨価値:0.00……』


「文句を言うな、ナギ。生きてるだけで『黒字』だと思え」


サキが、動かなくなった自動拳銃オートを分解し、手慣れた手つきで「物理的な火薬」を使用する旧式の回転式拳銃リボルバーへ組み直している。 世界中のカードが沈黙したあの日、文明の利器の九割がその機能を失った。電気も、水道も、そして人の命を査定していた「数字」も、すべてが凍りついたのだ。


透は、路地裏のコンクリートに腰を下ろし、自分の「右腕」を見つめていた。 ノイズの塊だったはずの腕は、今や鈍い銀色の輝きを放つ義手へと変わっている。父・健一のチップが心臓のように脈打つたびに、義手の指先が微かに熱を帯びる。


(……俺が『署名』した。だから、こうなった)


透が左手で右の義手を握りしめる。 あの瞬間、世界から負債を消し去る代わりに、透は世界を支えていた「ルール」そのものを破壊したのだ。


「……神城くん」


背後から声をかけられ、透は振り返った。 そこには、汚れたドレスの裾を大胆に切り捨て、動きやすい服装に着替えた璃子が立っていた。彼女の胸元の痣は、あの日以来、静かな灰色の紋様となって定着している。


「お父様の会社……御影グループの保有していた食糧倉庫が、暴徒に襲撃されたわ。……カードが使えない以上、人々は『奪う』ことでしか支払いができない」


「……あいつらは、まだ諦めてないのか。天利はどうした」


「行方不明よ。中央銀行の最上階は、あの日以来『物理的に侵入不可能』なデータノイズの嵐に包まれているわ。まるで、世界が再起動するのを待っているみたいに」


璃子の言葉には、冷徹な響きがあった。彼女はすでに、この「デフォルト・ランド」で生き抜くための覚悟を決めているようだった。


その時、路地の入り口で警戒していたガモンが、低く鋭い指笛を鳴らした。


「……おい、お喋りは終わりだ。招かれざる『取立人コレクター』のお出ましだぜ」


ガモンが指差す先、廃墟と化した大通りを、数十人の武装集団が練り歩いていた。 彼らはもはや執行官の制服を着ていない。だが、その手には、電力を失ったはずの決済ブレードを「物理的な鉈」として研ぎ澄ませた凶器が握られていた。


「カードをよこせ! 磁気記録が残ってりゃ、再起動した時に『資産』になるんだよ!」 「神城透を出せ! あいつが全部壊したんだ! あいつを差し出せば、システムが元に戻るって噂だぞ!」


狂気に満ちた叫び声。 人々は、自由になったのではない。価値の基準モノサシを失い、より深く「数字」の亡霊に囚われていた。


「……透、どうする。あいつら、本気で殺しに来るわよ」 サキが銃を構える。


透は立ち上がった。銀色の右腕が、周囲の音を吸い込むように静かに駆動する。 チップを通じて、透の脳内に新しい「ログ」が流れ込んできた。


『——プロトコル:【不履行者の行進】を承認』 『物理干渉モード:起動。……この腕は、数字ではなく「意志」で回せ』


「……逃げない。……俺が壊したなら、俺がこの無秩序の『責任者』だ」


透が右手を握りしめると、義手の隙間から青白い放電が漏れ出した。 それは決済の光ではない。人間が本来持っていた、泥臭い「生きるための力」の奔流だった。


だが、透たちはまだ気づいていなかった。 都市の地下深く、停止したはずのユニオンのメインサーバーの中で、一つのプログラムが、透の「署名」を糧にして、より巨大で歪な『新規規約』を自動生成し始めていることに。


「……第十四区へ向かう。そこにある『旧式の通信施設』をナギに直させる。……まずは、この世界の本当の現状を、全員に知らせるんだ」


透の宣言と共に、一行は走り出した。 灰色の雨が激しさを増す中、遠くの地平線では、剥がれ落ちた空の隙間から、見たこともない「黄金のノイズ」が昇り始めていた。



【世界の違和感:メモ】

黄金のノイズ: システムが停止したはずなのに、何かが「自動修復」を超えた進化を始めている。

物理的な奪い合い: 数字という歯止めを失ったことで、人間性はより原始的な暴力へと退行している。


現在のステータス: 神城 透

残高:【無効】(物々交換のみ可能)

信用スコア:【計測不能】

装備:銀色の義手(父の遺した物理干渉用端末)、白いカード(再起動の兆候あり)

同行者:璃子、サキ、ナギ、ガモン


第24話へ続く:【物々交換】泥水の値段と、死に損ないの王

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