第2話【凍結】美しき参謀の、甘い融資の罠
「……凍結、だと?」
透の指先で、白銀に輝いていた剣が霧のように霧散した。 同時に、全身を襲うのは凄まじい疲労感と、心臓を直接掴まれるような不快な拍動だ。 『限度額超過』。 本来、一介の学生に許されるはずのない禁忌の決済。その代償は、単なる借金に留まらない。透の視界が急速に色を失い、世界の解像度が落ちていく。まるで自分という存在の輪郭が、社会から消しゴムで消され始めているかのような感覚。
「当然でしょう? あなたの身の丈に合わない出力をしたのだから。不正利用を疑われるのはシステムの自衛本能よ」
コツン、とヒールの音が止まる。 御影璃子は、ゴミ溜めに座り込む透のすぐ傍らに立ち、その冷徹な瞳で見下ろした。 彼女の背後では、先ほどまで透を追い詰めていた回収官たちが、まるで魂を抜かれたかのように呆然と立ち尽くしている。彼らのカードは、透の一撃によって「決済不能」——すなわち社会的な死を宣告されたのだ。
「……助けてくれるのか? あんた、御影の人間なんだろ」
「助ける? いいえ、これは『投資』よ。あるいは……そうね、一時的な『リボ払い』への切り替え提案、と言っておきましょうか」
璃子が細い指先で空中に触れると、ホログラムのウィンドウが展開された。 そこには、赤字で点滅する透の負債総額が刻まれている。
【現在の負債:468,300円】 【支払期限:167時間42分後】
「一週間後にその額を支払えなければ、あなたの信用スコアは恒久的にマイナスとなり、この都市の最下層……『非居住区』へ強制送還される。そこがどんな場所か、知っているかしら?」
透は奥歯を噛み締めた。知っている。そこは、名前も、戸籍も、生命維持のためのクレジットさえも剥奪された、透明な人間たちが住む墓場だ。
「……条件は」
「話が早くて助かるわ。私の『保証』があれば、あなたのカードの凍結は一時的に解除できる。ただし、条件は二つ」
璃子は人差し指を立てた。
「一つ、私の指示する『依頼』をこなし、期限までに完済すること。二つ……あなたのそのカード、なぜ限度額を無視して発現したのか、その理由を私に解析させること」
「解析……?」
「『ユニオン・スタンダード・ホワイト』。それは本来、最も低機能で、最も制限の厳しいはずのカードよ。それが一瞬でもプラチナ級の出力を出した。……興味があるの。このシステムの『バグ』なのか、それとも……」
璃子の瞳の奥に、一瞬だけ、計算高い令嬢とは別の、飢えたような光が宿ったのを透は見逃さなかった。 だが、透に選択肢はない。遠くから聞こえる執行部隊の増援のサイレンが、着実に近づいている。
「わかった。……乗るよ、その契約」
「交渉成立ね。じゃあ、まずは第一歩——最低限の『身だしなみ』を整えましょうか。その汚れた信用では、私の隣を歩くことも許されないもの」
璃子が自身の黒いカード『ブラック・ヴィーナス』を端末にかざすと、透のカードに青い光が転送された。
『一時的与信供与を承認。保証人:MIKAGE_R_001』 『カードの凍結を一部解除します。残高:10,000円(※暫定枠)』
「一万円……。たったこれだけかよ」
「身の程を知りなさい。今のあなたは、死人に一万円貸してもらえる以上の奇跡の中にいるのだから」
璃子は背を向け、悠然と歩き出す。 透はふらつく足取りで立ち上がった。手の中の白いカードは、先ほどまでの熱を失い、どこか不気味なほど冷たくなっている。
ふと、透は足元に落ちていた「何か」に気づいた。 それは、彼が斬り伏せた執行官のカードの破片だった。本来なら粉々になって消えるはずのデータの残滓が、物理的な煤のように地面を汚している。
(……切ったはずなのに、消えてない?)
その違和感を口にする暇もなく、璃子が振り返った。
「急いで。次のお客様……いえ、『取り立て屋』が来るわよ。今のあなたに、リボ払いの金利を払う余裕はないはずでしょう?」
透はカードをポケットにねじ込み、彼女の背中を追った。 空を見上げれば、巨大なユニオンのタワーが、街のすべてを見下ろすように冷たくそびえ立っている。
この時、透はまだ知らなかった。 璃子が与えた「一万円」という枠が、単なる慈悲などではなく、彼をさらなる巨大な陰謀の渦中へと引きずり込むための「呼び水」に過ぎないということを。
そして、彼の心臓の鼓動が、決済のたびにわずかに「デジタル音」を混じらせ始めていることにも。
現在のステータス: 神城 透
残高:10,000円(暫定枠 / 負債:468,300円)
信用スコア:Gランク(保証人付)
状態:身体的疲労(中)、与信ノイズ発生中
第3話へ続く:【分割】3回払いの代償と、最初の依頼




