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『限度額ゼロの俺が最強なんだが、使うたび人生終わるんだが?』  作者: 比呂石 凪


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第15話【凍結】通帳の真実と、存在の清算

「カードとは、今この瞬間の利便性を売る『点』の契約。対してこれは、積み上げられた人生という名の『線』の記録だ」


黒い僧衣を纏った老人——ユニオンコアの門番は、手にした「古い通帳」をゆっくりと開いた。 瞬間、集積所に充満していた空気が凍りついたように重くなる。浮遊する差し押さえ品……誰かが愛用していたはずのピアノや古びた玩具が、老人の放つ威圧感に呼応して、不気味に震え始めた。


「……通帳だと? そんな古臭い記録媒体、博物館ミュージアムにだって置いてねえぞ」 ガモンが忌々しげに吐き捨て、欠けたカードを構える。だが、その指先はわずかに震えていた。ハイエナとして生きてきた彼の直感が、目の前の老人が「格」の違う存在であることを告げていた。


「神城透。君の父親、健一君はかつてこの通帳を求めた。……ユニオンが世界のすべてを数値化し、カードという名の『断片』に分断する前の、連続した時間の証明をね」


老人が通帳の頁をめくる。 『——記帳:過去の執着。……対象の運動エネルギーを「一時保留ホールド」します』


「なっ……身体が!?」 ナギが叫ぶ。透たちの足元の重力が、物理的な法則を無視して増大した。あたかも、これまでの人生で踏みしめてきた一歩一歩の「重み」を今この瞬間に突きつけられているかのような錯覚。


透は『負債の鉄槌』を繰り出した右腕を上げようとしたが、鉛を流し込まれたように動かない。 視界の端で、リボ払いの通知が絶え間なく明滅する。 『警告:外部要因による徴収遅延。利息が「存在の質量」を担保に再計算されます』


「……ぐ、あああぁ……ッ!」 透の胸の痣が、今までになく激しく脈打った。 心臓を直接掴まれているような激痛。それと同時に、透の脳内に、自分のものではない「記憶」の奔流が流れ込んできた。


——それは、このユニオンコアが建てられる前。 人々がカードではなく、互いの顔を見て、紙の通帳に記された数字の重みを信じていた時代の、泥臭くも温かい記憶。


「……これが、親父の求めていたものか……?」 透の瞳から、意思とは無関係に一筋の涙がこぼれた。


「そうだ。だが、天利議長はその『重み』を不要とした。人生は、切り売りできる薄いプラスチックに収まるべきだとね。……さあ、清算の時間だ。君の人生に、この通帳の重さに耐えうるだけの『価値』はあるかな?」


老人が通帳を閉じ、それを杖のように床へ突いた。 衝撃波が走り、浮遊していた差し押さえ品が、一斉に質量兵器となって透たちへ襲いかかる。


「透! ぼーっとすんな! 死ぬぞ!」 サキが透の襟首を掴んで引き寄せ、飛来する名画の額縁を銃撃で弾く。


「……サキさん、ガモン……。この爺さん、俺たちの『カードの理屈』で戦ってない。……自分の中に溜め込んだ、他人の『未完の人生』をぶつけてきてるんだ」


透は右腕の透過を見つめた。 今、この腕は実体を失いつつある。しかし、それは「消える」のではなく、この世界の「数字」という枠組みから解き放たれようとしているのではないか。


「ガモン……言ったよな。『絶望に値段をつけろ』って」


「あ? ああ、言ったがよ……今のあんたの絶望は、一国の予算でも買い取れねえほど膨れ上がってるぜ」


「なら……全部叩きつける。……利息じゃなく、俺という人生の『元金(全記録)』をだ!」


透は、あえて『断罪の銀剣』を捨てた。 そして、左手に握っていた父のチップを、右手の「透過した部位」へと強引に押し込んだ。 バグとバグが、負債と記憶が、透の肉体という回路の中で火花を散らしながら融合する。


『規約違反:未登録データの強制インポート』 『——エラー。……エラー。……認識不能な「署名」を検知』 『出力方向を固定:……全負債、一括放出』


「……おおおおおぉぉぉ!!」


透が大地を叩く。 それはスキルでも暴力でもない。 ユニオンが切り捨てた「過去の重み」を、現代のシステムに無理やり強制決済させる、魂の叫びだった。


老人の通帳が、激しくページをめくられながら発火した。 「……ほう。……カードを媒体にしながら、通帳の『質量』を再現するか。……神城健一よ、君の息子は……」


老人の言葉が、光の爆発に飲み込まれる。 集積所を埋め尽くしていた差し押さえ品が、一瞬で砂のように崩れ落ち、無機質なデータのチリへと還っていった。


光が収まった時、そこにはもう老人の姿はなかった。 あるのは、地下深くへと続く、重厚な鉛の扉——「地下三階」への入り口だけだ。


「……ハァ、ハァ……。……今の、何だったんだ……」 ナギが呆然と立ち尽くす。


透は、完全に透き通って見えなくなった右腕を、左手で静かに抑えた。 痛みはない。ただ、そこにあるはずの「自分の一部」が、この世界のどこにも存在しないような、奇妙な喪失感だけがあった。


扉の横に、古い刻印スタンプが押されている。 そこには、父の筆跡でこう記されていた。


『404号室:ここにあるのは、誰の物でもない「未来」だ』


「……行こう。……璃子が、待ってる」


透が扉に手をかけた瞬間、カードからこれまでにない、静かな電子音が響いた。 それは警告でも決済音でもない。 まるで、誰かが到着を歓迎して、拍手をしているような音だった。


【世界の違和感:メモ】


銀行の門番と通帳: ユニオン以前の「価値の概念」を守る者が、なぜユニオンの中央銀行に存在するのか。


透の右腕: 完全に透過し、「存在しないが力を持つ」という矛盾した状態へ移行。



現在のステータス: 神城 透

残高:-8,150,000円(※最大出力の代償として負債が急増)

信用スコア:【ERROR: NULL-POINTER】

状態:右腕の完全透過(不可視化)、痣の沈静化(黒から深い紫へ)、心拍数低下

同行者:ナギ、サキ、ガモン


第16話へ続く:【404】存在しない金庫と、最初の契約書

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