第2章:虚飾の金庫(ユニオン・コア) 第13話【残高不足】絶望の朝と、新たな同行者
太陽の光さえも「有料」なのではないかと思わせるほど、上層区の朝は残酷に明るかった。 キャッシュ派の隠れ家で目を覚ました透を襲ったのは、これまでとは比較にならない全身の「軋み」だった。
「……あ、が……っ」
喉の奥からせり上がるのは、鉄の味とデジタルな不協和音。 胸元の『与信崩壊』の痣が、服の上からでも判るほどに鈍い黒光りを放っている。 視界の端には、逃れようのない「死の家計簿」が常に表示されていた。
『——リボ決済継続中。生命力徴収:0.1%……完了』 『特別審査・引落確定日まで:残り45時間02分』 『現在の総負債:8,000,000円』
「起きたか。……最悪の目覚めだろ」
サキが、古いオイルの匂いが染み付いたマグカップを透に差し出した。中身は泥のように苦いコーヒーだが、この「ゼロの場所」ではそれが最もマシな栄養源だった。 ナギは徹夜だったのか、充血した目で複数の骨董品モニターと格闘している。
「……璃子は。御影はどうなった」
「最悪だよ。御影グループの株価は大暴落。璃子の個人資産はすべて『証拠金』として没収された。今、彼女は上層区の『中央銀行・ユニオンコア』の最深部……通称『独房金庫』に送られたって情報が入ってる」
ナギが画面を指差す。そこには、都市の象徴である巨大な直方体のビル、ユニオンコアが映し出されていた。窓が一つもない、文字通り「価値の墓場」だ。
「……あそこに、八百万を持って乗り込めってのか。今の俺に、一円だって稼がせないように街中が網を張ってるのに」
「だから、稼ぐんじゃない。……『引き出す』のよ」
サキがテーブルに一枚の、古びた地図を広げた。それは電子データではなく、物理的な羊皮紙に書かれた銀行の設計図だった。
「健一が失踪する直前、私にこう言ったわ。『もし透がカードの"裏側"に触れたら、銀行の地下三階、指定外貸金庫"404"へ行け』って」
「404……存在しないはずの番号か」
「そこには、ユニオンが誕生する前に預けられた『原始与信』が眠っている。……あるいは、天利が最も恐れている『世界の負債』そのものかもね」
透はコーヒーを飲み干し、立ち上がった。 ふらつく足元を、ナギが慌てて支える。その時、隠れ家の入り口にある旧式のセンサーが、激しい警告音を鳴らした。
「——誰だ! 回収局か!?」 サキが即座に銃を構える。
だが、入り口のハッチを蹴破って現れたのは、白いコートの執行官でも、黒須の私兵でもなかった。
「……よぉ。随分と景気の悪そうな面構えだな、バグ持ちの少年」
現れたのは、かつて闇市で透の残高を掠め取ろうとした男、ガモンだった。 だが、その豪奢だった毛皮は焼け焦げ、片腕には痛々しい包帯が巻かれている。
「ガモン……! 生きていたのか」
「ああ、九十九の野郎にカードを半分焼かれたがな。……おかげで俺のスコアも『マイナス』に転落だ。今や立派な不履行者だよ」
ガモンは自嘲気味に笑い、欠けた自分のカードをテーブルに放り出した。
「天利の野郎、俺のマーケットを『清算』しやがった。……俺は金は好きだが、あいつのやり方はもっと嫌いだ。……神城。俺を雇え。あんたの負債でな」
「あんたを? 何のメリットがある」
「銀行の『裏口』と『裏帳簿』の読み方は、泥棒の俺が一番詳しい。……それに、あんたのその痣。……それは『負債を物理的な力に変換する』ための変換回路だ。使い方も知らねえだろ?」
透はガモンの瞳を見た。そこにあるのは、金への執着ではなく、自分を数字として切り捨てたシステムへの、剥き出しの復讐心だった。
「……いいだろう。ただし、報酬は……俺が生きて八百万を返した時だ」
「ケッ、出世払いかよ。……乗ったぜ。その『無価値な約束』」
透のカードが、ガモンの承諾に反応して微かに熱を帯びた。 新たな同行者。だが、透の身体は刻一刻と、リボ払いの利息によって透過を強めている。
「出発だ。……ユニオンコアへ。璃子を……本当の『価値』を奪い返しに行く」
隠れ家を出た透の視界に、灰色の雨がまた降り始めていた。 だが、その雨粒の一つ一つが、今はなぜか、システムが数え忘れた「誰かの涙」のように見えていた。
【世界の違和感:メモ】
中央銀行の地下三階: 規約上、銀行は「地下二階」までしか存在しないことになっている。
ガモンの変貌: カードを焼かれたことで、彼は「システムの目」から外れた存在になっている。
現在のステータス: 神城 透
残高:-8,000,120円(※移動中の呼吸、心拍により微増)
信用スコア:【計測不能】
同行者:ナギ(技師)、サキ(案内役)、ガモン(交渉/戦闘補助)
状態:生命力持続減少、右足に「ノイズ」による痺れが発生
第14話へ続く:【無効】銀行の門番と、物理的な暴力




