第12話【リボ】保釈金と、裏切りの令嬢
ブラウン管のモニターが放つ不気味な青白い光が、キャッシュ派の隠れ家を冷たく照らしていた。画面の中で拘束された璃子の姿は、これまでの彼女からは想像もつかないほどに脆く、そして美しい。
「……八百万。天利の野郎、計算が早すぎるぜ」
透は自分の胸に浮かび上がった『与信崩壊』の痣を、無意識に手で覆った。ドクン、ドクンと、鼓動に合わせて痣が赤黒く拍動している。その振動は、先ほどから耳の奥で鳴り止まない「電子音」と完全に同期していた。
「透、これ以上は無理だよ。あいつ、御影璃子を人質に取っただけじゃない。ユニオンの全リソースを使って、あんたを『負債の特異点』に仕立て上げようとしてるんだ」
ナギがコンソールを叩く。画面に映し出されたのは、透を中心とした信用のネットワーク図。透と関わったナギ、サキ、そして璃子のIDが、赤黒い「負債の蔓」によって連結され、一箇所に吸い込まれていた。
「……璃子が言ってた通りだわ。彼女はあなたに賭けすぎて、御影グループの防壁を内側から壊しちゃったのよ」
サキは古い銃のメンテナンスをしながら、冷徹な現実を突きつけた。
「今の璃子は、御影の令嬢じゃない。グループの負債を一身に背負わされた『不良資産』。彼女を買い戻すには、ユニオンの提示した五百万だけじゃ足りない。……彼女が失った『信用』そのものを、あなたが肩代わりしなきゃいけない」
「俺が……肩代わりする?」
「そうよ。……『リボ払い』の真の機能。返済額を固定する代わりに、支払い期間を『無限』に設定し、利息の対象を金銭から『魂』へと移行する……。あなたは、彼女の罪まで全部背負って、永遠に走り続ける奴隷になる覚悟があるかって聞いてるの」
透は沈黙した。 璃子には利用された。リボ払いの罠に嵌められ、実験台にされた。 だが、九十九の光に飲み込まれそうになった時、彼女は自分の全与信を投げ打って透を救った。あの時、彼女は確かに「手遅れだ」と笑ったのだ。
(……俺は、あいつに何も返してない)
その時、透の白いカードが独りでに光を放った。カード表面の「署名」が、血を吸ったかのように鮮やかに赤く染まる。
『——接続待機:御影璃子の負債アカウント。……一括承継しますか?』 『警告:承継後の利息は、毎分「最大HPの0.1%」を徴収します』
「透、やめろ! それを承認したら、あんたの体は本当に持たない!」
ナギが透の腕を掴む。だが、透の目は真っ直ぐにモニターの中の、天利の冷笑を捉えていた。
「……天利。あんたの言った『特別審査』、受けてやるよ。ただし、条件を上乗せだ。三日後の引落日、俺が八百万を用意できなかったら……俺の『鍵』も、命も、全部あんたにやる」
『ほう? ……面白い。実に面白いよ、神城透』
天利のホログラムが、満足げに目を細める。
『では、商談成立だ。……二日目の舞台は、上層区の「中央銀行・ユニオンコア」。そこで、君自身の価値を証明してみせたまえ。……期待しているよ、健一君の息子』
通信が切れた瞬間、透は激しい吐血と共に膝をついた。
『負債承継、完了。……残高:マイナス 8,000,000円』 『リボ設定:アクティブ。……引落周期:常時』
「……あ、が……っ」
透の視界が急速に色褪せていく。 世界のすべてが「支払い対象」に見える。吸う空気、踏む地面、感じる熱。そのすべてに「課金」が発生し、痣を通じて透の生命力を削り取っていく。
「……ナギ、サキさん。……明日、中央銀行に行く。あそこに、親父の言ってた『本当の署名』の続きがあるはずだ」
「……わかったよ。あたしたちも、最後まで付き合ってあげる。……もっとも、死ぬ時は一緒だけどね」
サキが不敵に笑い、ナギは泣きそうな顔で頷いた。
窓の外では、灰色の雨が止み、不気味に静まり返った夜が広がっている。 だが、その静寂は、明日から始まる「略奪の三日間」の序奏に過ぎなかった。
透は薄れゆく意識の中で、父の言葉を反芻していた。 『カードを切るな。……いや、切るなら「本当の署名」を見つけろ』
カードの裏側に刻まれた、肉筆のサイン。 それは、透の鼓動に合わせて、赤から黒へと……より深い「闇」の色に変色し始めていた。
第1章:マイナスからの決済 —— 第1クール完。
現在のステータス: 神城 透
残高:-8,000,000円(※御影璃子の負債を完全承継)
信用スコア:【計測不能:DEATH-REBTOR】
状態:リボ払いによる生命力持続減少、与信崩壊の痣(成熟度40%)
アイテム:父・健一のデータチップ(ロック状態)




