第1話【決済】それは未来を切り売りする行為
「……あと、五百円か」
神城透は、コンビニの自動ドアの前で立ち止まり、古いスマートフォンの画面を見つめていた。銀行残高ではない。そこにあるのは、この都市の住民すべてが背負わされた『生存与信スコア』だ。
この街では、現金はとうの昔に廃れている。喉を潤す水も、身を守るための護身術も、すべてはカード一枚の「決済」で発動する『クレジット・スキル』によって供給される。
「一回払いで……頼む」
透は震える手で、つい先日発行されたばかりの真っ白なプラスチックカード——『ユニオン・スタンダード・ホワイト』を、入店ゲートの読み取り機にかざした。
『ピッ——決済を承認しました。残高:3,200/100,000』
電子音が響くと同時に、透の身体にわずかな熱が宿る。低ランクスキル『フィジカル・ブースト(小)』。一時間だけ、空腹を忘れ、足取りが軽くなる程度の強化だ。 だが、その代償は重い。透のような「低スコア」の人間にとって、数千円の利用は明日の食事を削ることを意味する。
「おい、そこのドブネズミ」
背後から、低く、威圧的な声が響いた。 振り返ると、そこには黒いスーツを纏った二人組の男たちが立っていた。胸元には、巨大な「U」の文字を象ったバッジ。この都市の支配者、カード会社連合『ユニオン・オブ・イシュア』の執行部隊だ。
「神城透だな。お前の親父が遺した『負債』……利息の支払いが一日遅れている。規約通り、回収を実行する」
「……っ、親父の借金は、俺には関係ないはずだ!」
「信用は血筋だ。お前の家系スコアはマイナス。よって、お前の『枠』を物理的に没収する」
男の一人が、金色のカードを空中にスワイプした。 瞬間、男の右腕が機械の重火器へと変貌する。 【決済:Aグレードスキル『ハイドロ・キャノン』。利用額:45,000円】
凄まじい水圧の弾丸が、透の脇腹をかすめた。衝撃だけで、透の身体は路地裏のゴミ溜めまで吹き飛ばされる。
「ぐっ、あああ!」
「安心しろ。死なせはしない。ただ、お前の人生の『利用価値』がゼロになるまで、その身を削るだけだ」
男たちがじりじりと近づいてくる。 透は地面に這いつくばりながら、胸元のカードを握りしめた。 今の自分に使える残高は、あと三万弱。この程度の金額で出せるスキルでは、あの重武装には到底太刀打ちできない。
(……ここで終わるのか? 俺の人生、まだ何も買ってないのに……!)
その時だった。 透の網膜に、ノイズ混じりの赤いシステムメッセージが浮かび上がった。
『——異常な信用変動を検知。特約条項:【背水の陣】が解放されました』 『警告:これより先は、あなたの存在そのものを担保(担保価値:測定不能)として決済を行います。実行しますか?』
「……担保が、俺の存在……?」
透は笑った。どうせ、このまま捕まれば一生、ユニオンの強制労働施設で数字だけの奴隷だ。そんな存在に、価値なんてあるのか。
「ああ、やってやるよ……。全額、ぶち込んでやる!」
透は叫びながら、カードを宙に突き出した。 普段の電子音とは違う、雷鳴のような轟音が路地裏に響き渡る。
『決済承認:オーバー・クレジット。スキル:【断罪の銀剣】発動——』
『利用額:500,000円(※限度額を40万超過)』
「なっ、なんだその出力は!? ガキのカードで出せる威力じゃ……!」
「……切るぞ、お前の『信用』」
透の手の中に、眩いばかりの光り輝く剣が形成される。それは、透の未来を、命を、強引に前借りして生み出した、破滅的な美しさを持つ刃だった。
一閃。 水圧の弾丸を真っ二つに割り、透の剣は執行官の金色のカードを——その与信の源を、根こそぎ「決済」した。
「ぎゃああああ! 俺の、俺のプラチナ枠が、ゼロに……!?」
執行官が崩れ落ちる。 だが、勝った透の顔に余裕はない。 視界の端で、数字が狂ったように点滅していた。
【警告:神城透。現在の利用可能残高:マイナス468,300円】 【信用崩壊まで、あと残り時間:168時間(次回の引落日まで)】
「……はは、なんだこれ。一週間で、五十万稼げってことか……?」
膝をつく透の前に、カツン、カツンと上品な靴音が近づいてきた。 見上げると、そこには漆黒のドレスに身を包んだ、冷徹な瞳の美少女が立っていた。
「見事な博打ね、無一文のヒーローさん」
彼女は御影璃子。この街の支配層、御影家の令嬢。 彼女は倒れた透を見下ろし、残酷な事実を告げた。
「でも、残念。あなたのそのカード……もう『不正利用』の疑いで凍結されてるわよ」
路地の奥から、さらなる追手のサイレンが響き始める。 透の戦いは、始まった瞬間に詰んでいた。
現在のステータス: 神城 透
残高:-468,300円(超過・凍結中)
信用スコア:Gランク(社会的ゴミ)
現在の所持品:真っ白なカード(凍結)
第2話へ続く:【凍結】美しき参謀の、甘い融資の罠




