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不要な夫は差し上げます

「はぁー」


思わずため息をついてしまった。

これが夫の前であったら直ぐに張り倒されていた。

しかし、どう足掻いても赤い字が消えない家計簿を見続けていたら思わずため息が出てしまった。

しかも、今月だけでなく三ヶ月続けてこのような状態なのだからため息の一つくらい許して欲しい。


最初はこんな生活になるとは思いもしなかった。

私の夫はオーウッド男爵家嫡男で王宮で文官として務めていた。

私も同じく男爵家の生まれであったが、五人兄弟の三女であるため、貴族に嫁げるなど奇跡に近かった。

結婚して三年、子供も男の子と女の子を授かり、幸せな暮らしを送れていた。


だが、不幸は突然訪れた。

王宮で文官として働いていた夫がクビになったのだ。

夫はリストラにあったと言っていたが、夫はまだ二十代前半と言う若さだ。

しかも結婚して三年程しか経っていない。

そんな人物がリストラの対象になるとは考えにくい。

夫が何らかの不祥事を起こしたか、皆に嫌われていたかと思われるが、そんな事を言ったりすれば暴力を振るわれるだけであった。


夫は働かず酒を飲む日々であった。。

オーウッド男爵は小さいながらも領地を持っている。

その領地の税収でどうにか質素であるが生活が出来るのだけど、夫と夫の両親はその質素な生活が出来ず、家計簿が赤く染まって行った。


「奥様、どうにか旦那様方の生活習慣を変えられないでしょうか?」


私に話し掛けてきたのは執事のセバスである。

この家には私達の他に執事のセバスとメイドのメイの二人しかいない。

いや、二人しか雇用する事が出来なくなった。


「お願いしてみたのですが聞き入れて貰えませんでした。取り敢えず私が持ってきたドレスと宝飾品がまだありますので、それを売って今月の赤字を埋めましょう」


私の実家もお金に余裕はない。

その余裕がない中で用意してくれたドレスや宝石を売るしかなかった。

家族が必死に用意してくれたドレスや宝石を手放したくはない。しかし、このままでは子供達を養っていく事が難しい。

そんな思いを悟られないように私はドレスと装飾品をセバスに差し出した。

しかし、その心配も今月まで。

今月からスズキ子爵のところで侍女として働けるようになった。


スズキ子爵は転移者で色々は発明により子爵位を譲位された。

突然の爵位により使用人の募集をすると言う情報が耳に入り、いの一番に駆け付け見事採用された。

私は明日からスズキ子爵邸で住込みで働く事になり、給任服と通勤用の自転車を貸して頂いた。

自転車とは馬なしで走れる馬車である。

素人が乗りこなすのは難しいため補助輪というものが着いた自転車を貸して頂いた。


「うお~い、帰ったぞ~」


どうやら夫が帰ってきた。

夫は毎晩酔っぱらって帰ってくる。

私は何処の店で飲んで来たのか聞かなければならない。

「うるさい!」と叩かれるが諦める訳にはいかない。

夫はお金を払わずツケで飲んできているに違いない。

ツケはその都度精算しないと大事になってしまうため、どうにかして聞き出さないといけない。

やっとの思いで飲んできた店を聞き出せた時には口から血が流れていた。



次の日、私はスズキ子爵邸へ向かった。

自転車とは便利なものであった。

馬や馬車よりは遅いが走るより楽であり速い。

週6日住込みで働き、週末はオーウッド男爵邸に戻り領地の経営オーウッド家の家計を整理していた。


「セレネさんおはよー」


「おはよーございます」


半年程、このような生活を繰り返すと街の人達と親しくなっていった。

毎週すれ違う老婆や朝早いパン屋の女将さん、衛兵詰所の衛兵さん達と挨拶を交わすのが通勤の楽しみとなっていた。

しかし、人と挨拶をかわすのが楽しみとなった通勤もある路地では未だに人とすれ違った事がなかった。

しかし、この時の私はそのような事を気にも止めず、オーウッド男爵邸からスズキ子爵邸への往き来に専念していた。



トラブルと言うものは突然に訪れるものだ。

スズキ子爵邸で働き出して一年が経とうとしていた時、私がスズキ子爵から借りていた自転車がなくなってしまっていた。

スズキ子爵に言われる通りチェーンでロックをしていたが意味がなかったみたい。

子爵は王宮に出ていて不在であったため、私は仕方がなく歩いて帰る事にした。


「どうしましたか?」


私に話し掛けて来たのは若く可愛らしい女性であった。

今まで誰ともすれ違った事がなかった路地で初めて人と出会えた事に驚いてしまった。

しかし、まさか「どうかしましたか」と話しかけられるとは思わなかった。人から心配される程に顔に出ていたのかと思ったら恥ずかしくなり顔を赤らめてしまった。

私は彼女に事情を説明した。

何故に私は彼女に話してしているのか不思議に思う。

彼女は私の事情を知ると「私も帰り道一緒だから」と衛兵詰所まで一緒に付き添ってくれる事になった。


女性の名はセーラ・ハーネル。

ハーネル子爵家のご令嬢らしい。

不思議なことに彼女とは初めてあったと言うのに、彼女と話すと心が軽くなって行くように思え、知らず知らずのうちに夫や義父母の愚痴まで話してしまっていた。


「あれ、セレネさん。いつも自転車に乗っていたと思うけどどうかしましたか?」


私は衛兵の方に自転車が盗まれた事を話す。自転車はスズキ子爵から借りている物で弁償しなくてはならないなど切実に話すと、衛兵の男性が「あそこなら・・・」と呟いた。


あそこ?

もしかして解るの?


「自転車の場所が解るのですか?」


「あっ!」


私の問いに衛兵の男性は慌てて口を押さえるが、時既に遅しと困惑したかのように頭を掻きむしる。

それでも私は諦めずに彼に詰め寄った。


「解りました。ですが、お願いがあります。自転車が見つかりましたら速やかに帰る事を誓って下さい。いいですね?」


「は、はい」


どう言う意味かこの時はまだ理解出来ていなかったが、自転車が見つかるなら細かい事は気にしないようにした。

衛兵の馬に乗せてもらう。

向かった先はセーラと出会った路地裏だった。

一件の大きな邸に入って行く。

門はあるが開かれており門番はいなかった。

建物も窓や玄関の扉などが全て開かれている。

しかし、人らしい気配が感じられない。


「あれではないですか?」


衛兵が指差す方を見ると一台の自転車が停めてあった。

私の自転車だ。

自転車にある番号や取り付けてあるチェーンが持っているキーでロックが解除出来た。

この家の人が盗んだのかしら?


「本当に貴女の自転車ですね?嘘ついて盗もうとしてませんよね?」


衛兵が私の事を疑っている。

失礼なと、私はチェーンのロックが持っている鍵で解除出来た事や自転車に書いてある番号が同じである事を衛兵に説明した。


「貴女のでしたら大丈夫です。もし、違っていたら囚われる事になりますが大丈夫そうですね。それでは、変な気を起こさないうちにここから出ましょう」


「えっ!敷地内にあったのですから事情聴取した方が良いのではないのですか?」


「こちらお宅が盗む事はありません。約束しましたよね、見つかったら直ぐに帰ると。まぁ貴女がここに残りたいと言うならば好きにして下さい。私は先に失礼します」


「えっ!ちょっと・・・」


衛兵は私の引き留める手を無視して馬で走り去って行った。

どういう事だろう?

振り返り全ての窓や扉が開かれた邸を見上げる。


「何だか薄気味悪い感じがしませんか?私達も早くここから立ち去りませんか?」 


セーラの意見に同意し邸から去ることにした。

セーラは徒歩のため、私は自転車を押しながらセーラと共に邸に向かう。

自転車で30分ほど掛かる道を徒歩で帰るのだから、化なり時間がかかったかと思うが、セーラと話しながらだと時間が経つのが早く感じられた。


「あっ!私の家はここよ。セレネさんの所と結構近いでしょ。今度、一緒にお茶でもしましょ」


セーラの邸はオーウッド家の邸よりも遥かに大きい。

が、何か違和感を感じる。

しかし、この時はその違和感に気付くことなく、セーラとお茶会が出来る日を楽しみにして、セーラと別れを告げた。


今日は不思議な1日であった。

自転車を盗まれたが、そもそもチェーンロックを解除しないで、どうやって盗む事が出来たのだろうか?

壊したのならチェーンがロックされたまま見付かる訳がない。

また、衛兵はどうして自転車が置いてある場所が解ったのか?

犯人は衛兵?

そう考えれば、あの邸から逃げるように去っていった理由が解る。

しかし、犯人ならわざわざ私をあそこまで案内するかしら?

答えの出ない疑問に考え込むが歩き疲れたのか、この日は何の答えも出せずにそのまま眠りに着いた。


あれからスズキ子爵邸での仕事とオーウッド男爵の領地経営と家計とで忙しい日々を過ごす事となり、セーラとお茶会を行う時間を設ける事が出来なかった。

そして、不思議なのがあの邸であった。

あれからあの邸の前を通る時は意識して通るようになったのだけど、いつ通っても窓と玄関が全開に開いていた。

そして、人がいる気配がない。


あの出来事から半年ほど経ち、オーウッド男爵邸に帰ると夫が珍しく邸にいる。

夕方に友人が遊びに来るらしい。

セレネは唯一残っているドレスに着替え、皆と夕食を共にする。


「セレネ婦人はあの変わり者子爵の邸で働いているそうですが、働き始めて何か変わった事でもありましたか?」


夫の友人がスズキ子爵の事を知りたいらしい。

しかし、そこで侍女として働く者として、働き先の情報を漏らす訳にはいかない。

私は話を剃らすため、あの不思議な邸の話をした。


「ほぉー、それは無用心な。門番の者もいないのですか?」


「そうなんです。しかも自転車を取りに庭に入りましたが、どなたも出て来られなかったのです」


オーウッド家も払うお金がなく門番がいないから当たり前に思っていたけど、よくよく考えれば、あれだけの大きい邸に門番がいないのは考えられない。

オーウッド家のようにお金に余裕がないにしては庭の手入れがしっかりされていた。


あれ?


そう言えば、門番がいない邸がもう一つあったような・・・

どこだったか思い出せない。

何故?


この時、私は夫が不適な笑みを浮かべていたことに気付かなかった。

翌週、再びオーウッド男爵邸に帰ると邸の前に馬車が一台停まっていた。

誰か来られたのだろうか?

邸内に入ると夫と義父母が何故か私の帰りを待ち構えていた。


「旦那様、表に馬車が停まっておりましたが、何方が来られたのですか?」


「あれは、これから出かけるために借りた馬車だ」


借りた?

また、余計なお金が・・・

いや、今はそれどころではない。これから出掛けるって事は更にお金を使われる可能性がある。


「旦那様、何処に出掛けられるのですか?」


「お前が話した例の邸だ」


例の邸に?

嫌な予感しかしないが、ノーと言えば暴力を振るわれるだけであるので、私は例の邸に夫と義父母を案内した。

邸は今日も全開に窓や玄関と開けられたままであった。

三人は門が開かれている事を良いことにズカズカと邸内に入ると、私も彼らの後を追うように邸内に入った。


「誰かいないか?以前、妻の自転車が邸内にあった件で話がしたい」


夫が邸のエントランスでで声を上げるが誰も出てこない。

家主どころか使用人一人も姿を露す事がない。

すると、夫が「失礼する」と言って邸の2階に上がろうとしていた。

夫だけではない。

一緒に来ていた義父母も勝手に邸の中を徘徊し始めた。


「何をしているのですか!」


「うるさい!この邸の者に自転車を盗まれたのだ。迷惑料くらい貰わんとな」


「何を言っているのですか!これは犯罪ですよ」


「うるさい!」


引き留めようとする私は夫に叩かれた。

そして、義父に蹴飛ばされ玄関の外に追い出された。


「役立たずな嫁のクセに文句ばかり言っているんじゃない!案内が済めばお前など用はない邸に帰ってろ!」


もうこの人達は駄目だ。

もうオーウッド男爵家は爵位を返上しなければならない。

私は邸を後にしようと門まで向かった。


〖コツン!〗


背中に何かが当たった。

何が当たったのかと周囲を見回すと綺麗な石が転がっていた。

思わず綺麗な石を拾い上げる。


「どうかしたの?」


突然に後ろから声を掛けられ私は慌てて綺麗な小石をポケットにしまう。

声を掛けて来たのはセーラであった。

私はセーラに事情を説明し馬車で衛兵の詰所へ向かう事にした。

衛兵の詰所には前回、自転車を見付けて頂いた男性がいた。


「あっ、先日はどうも・・・」


衛兵の男性は先に帰ってしまったせいか気まずいように挨拶をしてきた。

これから更に気まずくなる話をしなくてはならないかと思うと気が重い。

私は夫と義父母について話し出すと、衛兵の顔は青ざめ始めた。


「駄目だ。失くなったものは返して貰えるが、盗んでは駄目だ。直ぐに返さないと・・・」


衛兵はブツブツと呟くように語ったかと思うと、数名の仲間に声を掛け例の邸に向かった。

私は置いてきぼりにされてしまった。

他の衛兵の視線が重い。


「私はどうしたら良いでしょうか?」


先程まで重い視線を向けていた衛兵が一斉に視線を背ける。

私に関わりたくないようであった。

寧ろ、私ではなくあの邸にかもしれない。

だけど、このままではどうしたら良いのか解らない。


「もし良かったら私の家で休まない?」


悩んでいたところ、声を掛けてくれたのはセーラであった。

私は残っている衛兵に自身の待機場所を告げ詰所を後にした。


「大丈夫よ。貴女は何も盗ってないのでしょ?」


「ええ、だけど・・・」


「なら安心していいわ。貴女が連れ去られる事はないから」


連れ去られる?

どういう事?

いや、それよりも何故にセーラが知っているの?

私の疑問はセーラの邸に入りより大きく膨らんだ。


「セーラ、貴女・・・」


「私達家族はあの邸に連れ去られたの」


今更だけど、セーラへの違和感が次から次へと頭の中を駆け巡る。

初めて出会った時、セーラは帰りが同じ道と言ったが何故私の邸の事を知っていたのだろうか?

衛兵と馬であの邸に向かった時、セーラは乗っていない。

にも関わらず、あの邸でセーラと再び出会った。


自転車の盗難の説明をした時、衛兵の人にお茶を出して貰ったが、お茶は私だけであった。

馬車から降りる時、御者は私が降りると直ぐに扉を閉めていた。

私一人しかいなかった・・・!?

彼らにはセーラが存在していなかったのだ。

そして、この邸である。

門番がいない邸はセーラの邸であった。

邸内も人の気配が消えて長い時間が経っているようであった。


「五年前、シルバって言うワンちゃんを飼っていたのだけど、行方不明になってしまって家族皆で探していたらあの邸にいたの。シルバは邸の中に入ってしまい私達は慌てて邸内に入ったわ。声を掛けても誰も出てこない。シルバが何処に行ったのか解らないまま私達は喉が渇き水を飲んでしまったの。そして私達はあの邸に囚われてしまったわ」


「貴女は死んでしまったの?」


私の質問に彼女は首を振る。


「違うと思う。私達はこの世とあの世の境目に連れ去られたの。貴女が私の姿が見えるのは物凄く波長が合ったからなのかもしれない」


〖ドン!ドン!ドン!〗


それは突然鳴り響いた。

誰かが玄関の扉を強く叩いている。

すると、邸のあらゆる窓や壁から叩かれる音が鳴り始める。


「貴女、もしかして、あの邸から何か持って来てしまったの?」


邸から?

私は邸の玄関までしか入っていないし、何かを盗った記憶はない。

すると、ドアを叩く音はより大きくなり、徐々に私達に近付いて来ているようであった。


「早く返さないと貴女も連れ去られるわ!」


そう言われても思い当たるものがない。

玄関から出てセーラに声を掛けられ・・・

いや、声を掛けられる前に・・・


「あっ!」


私はポケットに入っている綺麗な石を邸の外に脱げ捨てた。

すると、邸は嘘のように静まり返る。


「セーラありが・・・」


私はセーラの方へ向くがセーラの姿はそこにはなかった。

セーラの名前を連呼しながら邸内を探すが邸の何処にもいなかった。

私は誰もいない邸を後にして衛兵詰所に向かった。

詰所には先程の衛兵が戻っていたが、夫と義父母の姿はなかったらしい。

私も犯罪者として捕まるのか聞いたが、あの邸から被害届けが出ることはないらしい。

そもそも、あの邸は盗まれたものは必ず回収するから被害すら遭わない。

衛兵があの邸について教えて貰った。


あの邸から窃盗被害の届けが出ていた物が見付かるケースが多々あった。

衛兵が事情聴取をと度々訪れるも住人に合うことが出来なかった。

仕方なく、衛兵は一人残し住人が帰って来るのを待ったのだが、今度はその衛兵が姿を消してしまった。

衛兵数人で邸内を捜索したが行方を消した衛兵を見付ける事が出来なかった。

そして今度は邸内を捜索した数名が姿を消した。

捜索した仲間の証言で姿を消した者は邸の水を飲んだりしていたらしい。

最初に行方不明となった衛兵は手癖が悪かったと言う証言が出てきた。

そんなある日、あの邸から盗みを働いた者を捕まえ、地下牢に入れていたが、次の日その者の姿も消えてしまった。

その者が盗んだとされる証拠品も一緒に。

そして衛兵はのの邸にルールを設け近付く事を禁止した。


ルール①

 失われたものは願えば返して貰える。

ルール②

 あの邸から決して盗んではいけない


衛兵により帰宅の許可を貰い私はオーウッド邸に戻った。

オーウッド男爵領は領主が行方不明となり王命で子供が成人するまで私が領主代理として務める事となった。

あの日以来、全てが上手くいっている。

無駄な出費が大幅になくなった事により家計も安定した。

今では使用人の数も増やす事が出来て門番も雇うことが出来た。


少しして、夫の親友が訪ねて来られたので夫がリストラされた件を訪ねて見た。

夫はパワハラで新人イビリをしたり、王宮の品を私物化したりと評価が悪かった所、同僚の財布から現金を盗んでいた所を見つかりクビにされたと言う。


もう働く必要がないので、スズキ子爵邸での仕事を辞めようとしたが、スズキ子爵から直接引き留められた。

どうやら使用人が一人夜逃げしたらしい。

残され人達が可哀想なので暫くは週4日でスズキ子爵邸で働く事にした。


『失われたものは願えば返ってくる』


何もかも安定した今、失われた者を返して貰おうかと久しぶりに例の邸に訪れた。

邸は相変わらず全開に解放状態であり、エントランスで呼び掛けようが誰も出てこない。

それでも私は諦めなかった。

私は失った者が返ってくるのを待つ事にした。


「セレネ、ありがとう」


振り向くとセーラ泣きながら立っていた。

ああ、嬉しい。

本当に願った者が返ってきたのね。

セレネは夫と義父母がこの邸に連れ去られ失った。

しかし、返して欲しいと願ったのはセーラの家族であった。

失われた者と願う者が違うが、等価交換が可能なのではと思った私は邸に訪れた。

私の思惑は成功した。


折角、順調に運営する事が出来たのに無駄な出費はいらない。

無事にセーラの両親も返して貰えたので、もうこの邸に来ることはないと思う。

衛兵はこの邸の事を恐れているが私は違う。

この邸はいらない者を引き取って貰い、願った者を返して下さった。

私にとっては神に等しい存在。


セーラは両親と共に邸に戻る事が出来たが、長い間不在となっていたため、現在の領地は領主不在により王家預かりとなっていた。

貴族会は大騒ぎとなった。

男爵家が行方不明になったかと思えば、五年間行方不明となっていた子爵が突然に戻って来たからだ。

王家の質問に正直に答えるが誰も納得しない。

しかし、子爵が嘘を着いているようには思えなかった王家は子爵達が何者かに囚われていたが救出された事にして領地が無事に返して貰える事になった。

ただ、手続きに暫し時間が掛かる。

でも大丈夫、それまで私が援助する。

その為にスズキ子爵邸で働いているのだから。


そして、念願のセーラとのお茶会。

あの出来事が嘘のよう。


「ねぇセレネ、旦那の事は本当に良かったの?」


セーラは優しい。

未だに罪悪感を抱いている。

だからセーラを心配させないように正直に話した。


「不要な夫は差し上げます(ついでに義父母も)」
















※※※余談(夜逃げした使用人)※※※


本当に気に食わない。

セレネは私と同じ時期に採用されたのに私より給金が多い。

セレネはスズキ子爵領の運営のサポートをするなど仕事量が違うのは解っているが、面白くないものは面白くない。

私はあの女に嫌がらせをしようと、スズキ子爵邸からチェーンカッターを借りあの女の自転車を盗み川に捨てた。

あの女が困るのが楽しみね。


・・・


どういう事。

何故、あの女が自転車に乗って通勤してきたの?

私は確かに川に捨てたはず。

怪しい。

あの女何か隠しているはず。

あの女の後を尾行する事にした。

何回か尾行していたら、馬車で出掛けるところを目撃した。


(くそっ!)


追い掛けるも馬車のスピードに間に合う訳がない。

諦めてスズキ子爵邸に戻ろうとしたら、あの女が乗っていた馬車があった。

私は運がいい。

何をしているのか覗き込むと、あの女と一緒にいた者達が邸内に入って行くのが見えた。

あの女だけ帰ろうとしていた。

近くにあった綺麗な石をあの女目掛けて投げたら見事的中。


ああ、面白い。

それよりも残っている者は何やら邸内を物色している。

なるほど。

あの女、この邸から金目の物を盗んで新しい自転車を買ったのね。

私は閃く。

私もバレないように邸の物を盗み、全ての罪をあの女に押し付ければいい。

私ってなんて運がいいのかしら。

今回は転移者を主人公にするのではなく、転移者の周囲にいる普通の人に起きた不思議な出来事を視点にしてみました。


実はこの話・・・夢で見た話なんです。

いやぁ、変な夢を見てしまいましたが、折角なので小説として書いて見ました。



※次の短編は王様を主役としたシリアスで少し残虐な描写がある話を考えております。

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