王命
あの夜会から帰宅した出迎えた家族は言葉を失っていた。
ドレスは乱れ、顔面は蒼白。
何が起き、公衆の面前で罵倒され婚約破棄さた経緯は憔悴しきっていた私の代わりに付き人から報告された。
「エミリア!」
兄が駆け寄り、崩れ落ちそうになる私を抱きとめた。
「お姉様…っ!」
弟と妹が、泣きながら私の足元に縋りついてくる。
父の執務室に通された後も、父であるメイフィールド侯爵の怒りは収まらなかった。 彼は顔を真っ赤にして、部屋の中を猛獣のように歩き回っていた。
「公衆の面前で…! 大切な我が娘を、そのような形で侮辱するとは! 王家の威光を盾に、なんという暴挙だ!」
「あなた、落ち着いて…血圧が…」
母が青ざめた顔で父をなだめているが、その手も怒りで震えている。
(やめて…)
(怒らないで、お父様)
家族が私のために怒ってくれる。その温かさが、今はただ辛かった。 私の「無能」が、この温かい場所を壊そうとしている。
「申し訳ありません…お父様、お母様…」
私は、震える声で謝罪した。
「私が、無能だったからです。クレイグ様は、間違っていないわ…」
「エミリア! お前までそんなことを言うな!」
父が、私にではなく、自分自身に怒るかのように叫んだ。
「お前が何だというんだ!お前のスキルが何だろうが、お前は私たちの自慢の娘だ! それを、モノのように捨ておって…!」
「そうだぞエミリア。俺たちは、お前がいてくれるだけでいいんだ」
兄が、私の肩を強く抱く。
父は、壁にかけられた剣を睨みつけた。
「許さん…! 明日、一番で王宮へ抗議に行く! 侯爵家の矜持にかけて、このままでは済ませない!」
その夜、メイフィールド家は眠れぬ夜を過ごした。
父の言葉通り、翌朝すぐに父は王宮へ向かった。
しかし、夕方に戻ってきた父の顔には、深い疲労と絶望が刻まれていた。
「…王との面会すら叶わなかった…」
父は力なく椅子に沈み込んだ。
「『国王陛下は多忙であられる』の一点張りだ。門前払いだよ。…あちらは、最初から聞く耳など持っていないのだ」
それから、丸一日。
屋敷は、まるで葬儀のような重苦しい静寂に包まれていた。
私たちは、ただ待つことしかできなかった。
王太子殿下の「恥」とまで公言された私に対する、さらなる「処分」を。
そして、運命の二日目の午後。
ついに、その時が来た。
「旦那様! 奥様! …王宮より、国王陛下の『王命』をお持ちした、使者様が…!」
執事が、血相を変えて応接室に飛び込んでくる。
父が「来たか…!」と唇を噛み、母が息をのむ。
応接室に入ってきた使者の顔は、まるで能面のように無表情だった。
彼は、泣きそうな顔で私を守ろうとする弟妹を一瞥すると、感情のこもらない声で、手に持った羊皮紙を広げた。
「――王命である」
家族全員が、息をのむ。
「エミリア・メイフィールドの処分について、国王陛下、第1王子クレイグ王太子殿下、第2王子殿下、第3王子殿下による御前会議にて、裁定が下された」
(処分…)
私は、自分の足が震えるのを感じた。
修道院への幽閉か、あるいは国外追放か。
使者は、まるで演劇のセリフのように、抑揚なく続ける。
「『期待外れの無能』にして、王太子殿下の名誉を著しく傷つけたエミリア・メイフィールドに、国王陛下の『慈悲』を以て、新たな嫁ぎ先を与える」
「新たな…嫁ぎ先?」
「エミリア・メイフィールドを、辺境伯カイル・ヴァイスハルトに嫁がせる。これは王命である。」
その瞬間、父の顔から血の気が引いた。母は「そんな…」と口元を押さえて崩れ落ち、兄は「何を馬鹿な!」と使者に掴みかかろうとした。
「カイル・ヴァイスハルト…!」
「ああ、『残虐非道』の…」
彼の噂を知らない貴族はいない。
王家の命令を無視し、逆らう者は一族郎党処刑する。
王都の視察官を事故に見せかけて殺害し、あろうことか王都で子供たちを誘拐し、奴隷として売りさばいている――。
王都の人間が、夜泣きする子供を黙らせるために使う、生きた悪魔。
「なぜ、あんな男のところに、エミリアを!」
父が、使者に掴みかかった。
「これは慈悲などではない! 処刑だ! 娘を殺す気か!」
「お手を、侯爵閣下」
使者は、冷たく父の手を振り払う。
「これは、第3王子殿下のご進言もあって決定された、正式な王命です。…まさか、メイフィールド侯爵家は、国王陛下のご決定に、異を唱えられると?」
父が、絶望に顔を歪ませる。
父は知っているのだ。王命に逆らえば、メイフィールド侯爵家がどうなるか。
「反逆者」として取り潰され、私だけでなく、この温かい家族全員が路頭に迷うことになる。
(だめ…お父様。これ以上、王家を怒らせては)
私のせいで、家族が不幸になることだけは耐えられない。 私は、震える弟妹の手をそっと離し、一歩前に出た。
「お父様、おやめください」
「エミリア!?」
私は、震える足を叱咤し、能面の使者の前で、ドレスの裾をつまんだ。
侯爵令嬢としての、最後の矜持だった。
「…謹んで、王命を、拝受いたします」
「エミリア!」
「お姉様!」
家族の悲痛な叫びが、背中に突き刺さる。
使者は、その光景を満足げに見つめると、冷ややかに告げた。
「賢明なご判断です、エミリア様。…なお、辺境伯領への出立は、明朝。王命により、メイフィールド家からの護衛、及び家族の同行は一切禁じられております。王家の公式護衛が迎えに来ますので、ご準備を」
二日間の猶予の末に告げられたのは、明朝の出発。
家族との別れすら、まともに許されない。
私は、愛する家族を守るために、すべてを諦めた。




