第壱章 蒼の空間
この話は、一部実話を元にした作品です。
フィクションを混ぜていますが、楽しんでいただけると幸いです。
本作主人公、有海浩太は死んだ。異世界への転生ではなく、有海浩太として二周目の人生をやり直す事となった。
彼は前世で多くの後悔があり、理想と現実の違いに嫌気がさしていた。
何度も人生をやり直したいと願い続け、やり直しの機会を得る事となった。
しかし、それは悲劇の始まりでもあった。
彼はどのような結末を迎えるのであろうか。
未経験の初執筆を堪能してください。
1
二〇七七年
「…ここは。」
どうやらしばらく気を失っていたようだ。
「有海さーん。点滴変えますねー。」
若い女性の声が微かに聴こえた。身体を動かそうとするが、思うように動けない。
かろうじて首は動かせるが、視界がボヤけてるせいかよく分からない。
ここ最近の記憶が全く無いのは何故だろう。
「有海さん?有海さん?」
何だよ、うるさいな。こちとら身体が重たいんだ。それにそんな大声で呼ばなくても聴こえてるって。
…返事をしたつもりだったが全く発声できていない。
それだけで無く、眠気が強くなってきた。
「先生!先生、有海さんをお願いします!」
女の人が何か焦っているのだけは感じ取れた。
これだけの時間をかけてようやく記憶が戻った。
そう。私、有海浩太は寿命を全うしようとしている。寝たきりの八十代は記憶力が乏しく、状況を思い出すまで数十分かかってしまった。
日によっては早く思い出せるのだが、今日は特に調子が悪いようだ。三半規管が異変を訴えているのが分かる程に。
看護師が焦っているのもそのせいであろうか。
「有海さん!しっかり!今奥様が来ますよ!」
そうだ、私には最愛の妻がいた。思い返すと昨日も見舞いに来ていた。私としてはもう思い残す事は何も無いが、妻はそうもいかないのであろう。何せ、五十年以上苦楽を共にしてきたのだから。
「貴方ッ!貴方ッ!」
…妻、来るの早いな。
いや、私の時間感覚が狂い始めているという事であろうか。
色々思い出すまでどれだけの時間が経ったのだろう。
今分かる事は、眠れば二度と起きる事はないであろうということ。
しかし、思っていた程の苦痛はなく、楽に天国に逝けそうだ。
「…貴方、今までありがとうね。私、幸せでしたよ。」
恐らくこの台詞が出るという事は、私もいよいよ死が目の前なのだろうか。
妻が来て何分経ったのだろうか、そろそろ眠気の限界だ。
私は別れの挨拶をしようと最後の力を振り絞った。
意識が朦朧とする中、首をあげ口を動かした。
「…貴方!?…どうしたの?」
妻が私を支えながら声を聞き取ろうと口元に耳を近づける。
「は…い…かと。は…い…して…う。」
「ありがとう。愛してる。」と言ったつもりだが、これが限界だ。
我が妻なら聞き取ってくれただろう。
「…え、何?配下と廃シティに行く?」
いや、言ってない言ってない。うそぉん、わからないのか?会話の流れってものがあるでしょうよ。何となく伝わるだろ。そもそも配下と廃シティって何だよ。
「奥様、もしかしたらお礼を言ったのかも。」
「…あら、そうなの?やだちょっと早く言ってよ♡」
ほんとやだわぁ。看護師さんの方が分かってるじゃない。こんなツッコミできる私もまだまだ若いのぉ。
しかし、再び視界がぼやけ始める。
どうやらここまでのようだ。
意識が無くなれば、魂だけ抜けて自分の葬儀を見る事になるのだろうか。
それともこれから門番に会って、天国か地獄か決まるのが先か。
どちらにせよこの身体ともおさらばか。
今思えば色々な事があった。
可能であれば同じ人生を納得いくまでやり直したい気持ちもある。
これが走馬灯というやつなのだろうか。
もう誰の声も届かなくなった。
私は1人。妻も1人。
良い人生だったと思おう。
死に際に思い返した記憶は2つ。
看護師は凄いという事。
そして最愛の妻が少しばかり馬鹿だったのかもしれないと気づいた事だった。
2
ここはどこだろう。
私は死んだのか?
辺りを見渡すと黄色のキラキラとした空間が広がっている。周囲には誰もいないようだ。
私がここに浮いているということは、これは魂というやつかもしれない。
恐らく身体は既に消滅してしまっているのだろう。つまり、帰る所がないのだ。
もしかするとこれから転生というのをするのかもしれないが、転生には時間が掛かるというのを聞いたことがある。
「…私は此処で何をすれば。」
ここで私はある事に気付く。
「…この空間は。」
そう、気づいてしまったのだ。
この空間にいると何だかムラムラするではないか。私もまだまだ若い、老いぼれにも性欲はあるわい。
そしてこのタイミングで更に気付いたことがある。
「…ち○こが…ない。」
なんということでしょう。私には光る玉が1つしかありません。これでは自家発電も出来ません。
「クゥッ、クククククク、クッコロ。」
表記上は↑このように再現するしかないが、今私は噛みちぎりそうな程に唇を噛み締めている。
そんなこんなでかなりの時間が経ったように感じる。
賢者超えてパオン状態の私はただの黄色空間を見つめていた。
私の腹時計上食事の時間なのは確かだが、果たしてどの時間帯だろうか。
時計が無いので考えて分かるはずもなく、無情にも時間は過ぎていく。
すると、突然私の、たった一つのタマタマが光輝き始めたではないか。
もしかするとこれが転生なのかもしれない…多分。
「行くぞ逝くぞ?イクッーーー!!!!!」
タマが空間全体を光で覆った。
3
爽やかな風を感じ取ると同時に目を開いた先には、どこか懐かしく感じる木造建築の空間だった。
風の正体は換気をしている窓からだった。
私は床に倒れているようだ。
「…いった。」
どうやら後頭部を打ったらしい。
私はゆっくりと身体を起こした。
痛みを感じると同時に、何処からか懐かしい匂いも風に乗ってくるではないか。
「この匂いは、肉じゃが…。」
色んな事に頭を悩まされてる中、何故肉じゃがなのだろうか。
ふと見ると台所には予想外の人物が立っていたのだ。
「ええええええええええええッ!」
「何!?どうしたのよ!」
「…マ、ママ?」
この人は確かに私の母だ。若い!若すぎるッ。
私はふと我に返る。
懐かしいと思ったら、ここはかつてのお婆ちゃんの家ではないか。
という事は祖母も生きているという事だ。
つまり、状況を簡単に整理すると、ここは私の故郷だ。
どうやら私は異世界ではなく、二度目の現実世界に戻ってしまったらしい。
「…あんた、大丈夫?」
「大丈夫じゃねぇよ!また一からやり直すのかよ…。」
私のママは終始頭の上に?を浮かべている表情だ。
それもそのはず、会話の噛み合わない息子が延々に叫んでいるのだから。
ここで私はある事を思い出した。
「…そういえば!」
私はすぐにズボンの中を見た。
「…あ、あるぅ!」
私は軽い身体で何度も飛び跳ねた。
なんという身体の軽さでしょう。ふわふわ飛んでいる気分だ。
ふと視線をママに向けると、重症な子を見つめるような視線のレーザービームを食らった。
「グッはぁぁッ!」
有海 浩太は、再び有海 浩太に生まれ変わったのであった。
4
拝啓、有海浩太様。
ご機嫌麗しゅうございます。私は有海浩太。いえ、初代有海浩太と名乗っておきましょう。
私は今、二代目になりました。
あれから色々探りを入れながら状況を整理した。
まずここは北海道の留邦市という田舎、私の故郷だ。
北海道という事もあり、海鮮には名を挙げる町だ。
昔から漁業も盛んで、鰜やら数の子が有名だ。
水産加工場も何件かあり、たらこや数の子を販売しているとか。
そんな留邦市の沖美町という町で私は生まれたのだ。
どうやら私、有海浩太は現在六歳らしい。
沖美保育園に通っている生意気園児だ。
今は九月の中旬。北海道の九月中旬は、隙間風の寒くなる時期だ。
十一月にもなると辺り一面雪に染まってしまう。
マイナス気温が当たり前のこの地域で、雪を喜ぶのは子供くらいのものだ。
それが北海道のメリットであり、デメリットでもある。
「浩太ー!行くよー!」
「…どこに?」
「学力検査!あんた来年小学生なんだよ?」
もうそんな時期だったのか。確か市の文化センターという所で行われる学力検査の事であろう。
要は発達が遅れてたら特別学級とかなんとかっていう扱いになるあれだ。
一周目の私は難無くクリア、それどころか賢い子とまで評価されていたはずだ。
母に連れられ、家の外に向かう。
この年齢では中々用事がないと外出は出来ない。
よくアニメの五歳児なんかは、平気で遊びに出掛けたりしているがうちには縁のない話。
特に私の母は過保護気味であった為、友達の家で遊ぶなんて概念は無かったのだ。
「早くしなってぇ、とろくさいね。」
こちらの田舎っぺ丸出しの不機嫌ババは私の祖母、赤木龍子が運転を担当する。
仕事後なのに、すぐ運転手にされる辺りは記憶上変わっていないようだ。
一週間前、私は祖母と再会を果たした。姿を見た時は、涙が止まらなかった。最後に会ったのは何年も前で、その時は葬式だったからな。嬉しさのあまりこの精神年齢八十台も泣いてしまったよ。それだけ、私はおばあちゃん子であったのだろう。
よくよく考えると、今の私は祖母よりも歳上なのだ。まああなたより早死んだ事実もあるのだが、今回は伏せておくとしよう。
赤の軽自動車に乗り込むも僅かに残っている記憶が懐かしさを味わせる。
祖母は慣れた手つきでエンジンをかけるが、今にも壊れそうな音が響き渡る。
「そろそろ変え時かね。」
「一回見てもらった方がいいべさ。」
一周目では気にしなかった会話も二周目となると大人目線で聴けるから面白い。
私は二人に質問をしてみる事にした。
「今、税金何%よ?車検通るんか?」
二人は驚いたように目を見開いていた。
北海道独特のなまりではなく、内容に驚いたのだろう。
「…あんたどこで税金とか車検なんて覚えたの?」
思ったよりも刺激が強かったようだ。また頭のおかしい子と思われては堪らない。
「あ、えっと、前なんか話してたよ。」
この言葉で二人は安心したのか肩の荷を下ろした。
壊れかけの軽自動車に乗って、私達三人は学力検査へと向かった。
道中、懐かしい景色が次々と現れる。
「…あの店懐かしいな。あぁ、ここにツルハはまだ無いんだ。」
ブツブツと独り言を言っている私を見て祖母の龍子は心配そうに見つめる。
「雪、浩太は普通の子なんでしょ?病気とか、そういうの大丈夫なのかい?」
今更にはなるが、雪とは私の母親。有海 雪 二十九歳。
「そっちは大丈夫だって。保育園で知らない内に頭打ったんだべか…。先生は何も言ってなかったけど。」
「一応言っておきなさいよ。心配だわ。」
誰が頭のおかしい子だよ。失礼しちゃうわ。
この学力検査でなまら賢い子だって見せつけちゃる。
ボロ車のエンジン音と共に気合十分で会場へと向かった。
5
そんなこんなでここは学力検査会場。
市内の文化センターなのだが、今回のように様々な行事で使われる事が多い。
会場には同年代の子供達が次々と訪れ、学力検査が行われる。
最終的に総合評価を申告されて帰るという流れだ。
「会場はこちらになりまーす!受付を済ませてお待ちくださーい!」
会場スタッフの声が響く中、私は母親と受付を済ませて待機中だ。
私も母も待たされるのが嫌な性格な為、貧乏ゆすりが止まらない。待ってる時の仕草まで一致してしまう。
「ママ、学力検査って何やるの?」
精神年齢八十代の私は子供を装い質問した。
「文字読めますか?とか書けますか?だと思うよ。」
「ふーん。」
ザワザワとする会場にイライラしながらも順番を待ち続けていた。
すると一人の男の子が目の前に来た。
「よっ!こーちゃん!」
眉間に皺を寄せて顔を上げるとそこには懐かしき友の姿があった。
「…じゅんや?」
「そうだよ?」
なんということでしょう。幼き彼はこんなにも美しかったのかと心の中でリピートアフターミーをしてしまっていた。
音川 淳也 現六歳。保育園からの腐れ縁で、社会人になってからも数年一緒であった。高校卒業後、二人で同じ看護学校に通い、看護師として同じ病院で勤務していたのだ。
「どうしたの?あ!お菓子食べる?」
「…。」
か、かわえええええええええええええっ!
しかも声たっかッ!何なんだこの純粋なぽっちゃり小僧!ほっぺすりすりしたくなるわ!
「いや、今はいらないかな。」
「そぉ?じゃ、またねー。」
そう言って去って行く後ろ姿は、どこか寂しく感じた。
「じゅ、淳也!」
「ん?なにー?」
私は彼の手を掴み、引き止めてしまった。
「…また、明日遊ぼうな。」
「うん!」
私と彼が笑みを交わすのはいつ以来であろうか。
彼と最後に会ったのは約五十年前。
ーーーーー
前世 有海 浩太 二十六歳。
大雨の中、俺は森の中にいる。
道案内の看板には「ベゴバン」と記されているこの森は自殺の名所としても有名だ。
森の中での事故も多発しやすく、噂では神隠し通りとも言われているそうだ。
決して俺が死を決めて此処にいる訳では無い。不幸な知らせを聞いたのだ。
「ベゴバン」の看板を通り過ぎると徐々に森の中へと入り、道が狭くなっていく。道の奥まで行くとそこは通行止め、噂では異世界への入口があるとかないとか。
そんな危険な場所で、今日車が崖に落下したらしい。
そう彼、音川淳也の車であった。
近所の老人の通報があり、警察から俺に連絡が入った。彼の緊急連絡先は家族と俺だったそうだ。
しかし、不思議な事に事故現場や車内に彼の姿はなかった。近辺も探したが、彼の姿はなかった。
大事故になった事で逃げ出した可能性も考えた。
その後も「事故によるベゴバン神隠し」と新聞に取り上げられた。山や川、可能性のある所は全て探した。家族だけでなく知り合い全員で捜索を協力した。
だが、彼が見つかる事はなかった。
結果、警察も捜査を中断。最終的には事故死として片付けられた。
享年26歳、遺体のない葬儀ほど苦痛なものはない。
彼の両親の悲しむ顔を未だに忘れられない。
ーーーーー
「…た、うた…浩太!」
おっと、つい過去の事を思い出して我を忘れてしまっていた。
「ごめん、ボケっとしてた。」
「呼ばれたから行くよ。」
私がこの世界に戻ってきたのはそういうことなのかもしれない。
そう心の中で葛藤しながら、私は母に連れられ検査会場へと入って行った。
「はーい。こちらにどうぞー。」
スタッフのお姉さんの手招きと共に私と母は席に着く。
「はい、有海浩太君ね。早速ですが、まずは五十音順の読み書きです。」
スタッフのお姉さんは平仮名五十音の記載された用紙を取り出す。
「はーい、じゃあこれを1文字ずつ元気よく言ってみようね♪」
スタッフのお姉さんは遊園地のお姉さんのようにハッピースマイルを配っていた。
私は全力でお姉さんの期待に応える事とした。
「あー!いー!うー!えー!おー!…」
見ての通りだが、険しい表情を添えて、五十音全て大声で言ったのであった。
当然のように母とお姉さんは目を見開き、耳に手を当ててドン引いている。
「あ、は、はーい。上手に出来ましたー。」
すまないねお姉さん、気合いが入りすぎたようだ。
「お、お母さん、息子さん賢いのかもしれませんよ。小学校入学前の子にしては発音が完璧です。」
「は、はぁ。」
長々と説明はあったが、結局の所六歳の発音力では無いって事らしい。
「確かにこの子、変に大人びてるんですよ。」
そりゃあそうですよ、中身は八十歳超えてるんですから。
ご存知ですかお母様。あなたよりは長生きしてるんですよ。
「将来有望ですね♪」
お姉さん、誤魔化すの下手すぎだって。
その後、文字を書かされたが…
「六歳にしては綺麗な字ですね。何か習い事などを?」
「いいえ、でも勉強が好きみたいで…」
「あーなるほど。」
流石に自重したのであった。
しりとり式の問題や果物を使った計算など子供向きの学力検査を一通り行った。
当然のように私は難無くこなすのであった。
「はーい。これで検査は終了です。これから何組かに別れてテストを実施しまーす。」
どうやら実際にテストを行い、現時点での読解力なんかを調べるらしい。
「今ここにいる子達はぞうさんチームです♪ぞうさんの皆さーん!お勉強の森へ行ってみよう♪」
私以外の子供達は「おー!」と意気込んでいる。
一度同じ人生を送ってるからだろうか、この会場の子供達を社会貢献の卵と感じてしまった。
一つの部屋に二十名の子供達が集められた。
前には黒板、教卓。我々の使うこの木の机に木の椅子、まるで小学校の教室のようだ。
「はーい♪それではテスト用紙を配りまーす♪」
次々と問題文と解答欄が一緒になったテスト用紙が配られていく。
「制限時間は二十分!全ての問題を解いてこの部屋から脱出するのだ!準備は良いかー!」
おうおうおう、さっきとテンション違くねぇかい?
ツッコミどころ満載だが、私以外の子供達は「おー!」とノリノリな様子だ。
「レディ…ゴー!」
私はため息混じりに問題を解き始めた。
第一問
次の文字を正しい順番に並び変えなさい。
あえおいう
あいうえお
第二問
さとしくんはリンゴを五個持っています。二個食べてしまいました。さとしくんのリンゴはあと何個でしょう。
三個
第三問
三つの絵の名前をひらがなで書いてください。
きょうりゅう、さる、ながれぼし
…というような問題が全部で十問あり、全てスムーズに答えを埋めていった。
簡単すぎてつまらないとはこの事である。
少なくとも六年間はこんな状況が続くのかと思うと先が思いやられる。
二十分後。
「はーい、お疲れ様でした♪それじゃあお母さんの所に帰っていいですよー♪」
やれやれ、ようやく解放された。
子供達は各々の母の元へと帰って行った。
この会場には約三百名程の子供がいるらしく、総合評価上位十名には特別賞があるらしい。
特に期待もせず会場で待機していると、前のステージ上に年配の女性が現れた。
「それではこれから総合評価上位十名を発表します。名前を呼ばれた方は大きな声で返事をして、前に来てください。」
表彰式みたいで懐かしいと感じた。
「総合評価第一位!有海浩太くん!」
ですよね。
約三百の子供と大人の視線には流石の私も応えた。
そして、特別賞は箱ティッシュ一つであった。
6
さて、ここで問題です。
学力検査の後、私は音川淳也君と遊んだでしょうか?
答えは…。
「君はいつの話をしてるんだい?」
「えーざっと八年前とかでしょうか。」
「覚えとらんわ。」
「遊んでやっただろうが。」
中学校の屋上で数年前の昔話に耽っているのは、十四歳の私と音川淳也だ。
あの後私は保育園を卒園。
その後、留邦市内の小学校へと入学した。
小学校では成績順位などないので通知表でしか自慢は出来ないのだが、当然大変よく出来ましたばかりだ。
小学校四年生になってから部活との両立に慣れておきたい為、一周目でもやっていた野球を始めた。
一周目では六年生から始めた為、基本ベンチが多かった。未経験ではないものの、二周目でもあまりセンスは感じられなかった。
しかし、私はせっかくの二周目の人生なので努力してみる事にした。
努力の末、三番キャッチャーという立ち位置を確保した。本当は二塁手や遊撃手などやりたかったが、周りの子達が小柄で素早い為止むを得ず捕手で収まった。
四番になれなかった理由としては、四番の子の野球センスがずば抜けていたからだ。ましてやその四番の子は、四番ショートだったのだ。
羨ましいという言葉しか見つからない。
キーンコーンカーンコーン
「教室戻んぞ〜。」
淳也に続き、屋上を後にした。
「で、あるからして。これは大切なもろだったんです。なっ?」
今は五時間目、坂広先生による歴史の授業だ。
この人の口癖はナ行が弱い事となっ?と確認する事だ。
以前数えた事もあるが、四十五分の授業で二十八回も言っていた。
話を戻すが、そんな私は中学でも野球部に所属している。丁度一ヶ月前、中体連という最後の夏の大会が終わった所だ。お世話になった先輩達があっさり負けたので、正直呆気なかった。
留邦市には小学校が五つある。在籍校や現住所で大凡の中学が決まるのだが、中学は二校しかない。
なので当然私の小学校の友達は全員、南港中学校に進学した。
小学校の野球少年団から中学でも野球を続けたのは七人。その内、私と同じチームだったのは五人だ。今回はその七人を紹介しようと思う。
キーンコーンカーンコーン
「はい、本日はここまれー。」
放課後になると野球部は更衣室で着替えに向かう。
「浩太〜着替え行くべ〜。」
「うい〜。」
丁度良いので野球部の一人目を紹介しよう。
ソフトモヒカンで落ち着きのない猿のような彼は、林原 仁也。彼は小学校からの友人でチームメイト、南港中学野球部のエースだ。
球速は百三十キロで管内でも三本指に入る投手らしい。
「今日から新チームだからなぁ。打順どうなるべ。」
「仁也は先輩達いる中でもクリーンナップだったんだから、三~五番には入るだろ。」
そう、所謂こいつは天才なのである。
以前話した四番ショートの子とは別だが、仁也も野球センスはピカイチだった。何故かは不明だが、小学校の頃は二番ピッチャーであった。
「仁也、かっつは?」
「赤点で呼び出しだと。」
このタイミングで二人目を紹介しよう。
つり目でツンツン頭のチンチクリン。おまけに頭も悪い不良男。彼も野球部で、名は縦外 克幸という。あだ名はかっつ、小学校からのチームメイトだ。赤点やらサボりやらでスタメンとベンチを行き来している外野手だ。
そんなこんなで更衣室に着くと、既に四人の野球部員が着替えていた。
「おつかれーい!」
「うぃー。」
「なんだなんだ!浩太君!眠いのかい!」
「うるせぇな。新キャプテンで張り切ってんのか?」
「おう!」
先にうちのキャプテンを紹介しておきます。
「自己紹介して」
「押忍!井野 将吾言います!ポジションはサード!好きな食べ物はカレー!宜しくっす!」
シーンッ。
「どこ向かって話してんだーyo!」
今ツッコミを入れたKYな野郎は四人目の野球部です。
「Yo!山本 剛紀だyo!Yoろしくだyo!ポジションはセンターだyo!」
鬱陶しいが彼も小学からのチームメイトだ。
「えへ、えっへっへっへっへ。」
豊満ボディの変態が登場しました。御下品で申し分けない限りです。
彼は五人目の野球部、飯田 航平。そこまで大事な人物じゃないから今回はこの辺で。
「酷くない!?あはは!」
「…。」
はい!皆さんお待ちかね!無口で黙々と着替えてる小柄な彼!彼こそが小学生時代に四番ショートを勤めていた、遅平 琉 (ちへい りゅう)君でーす!
「…あ、おつかれ〜♪」
琉君は基本無口ですが、普段はノリもいいしヤンチャです。今はショートやらセカンドやら守ってます。
以上、私を含めたこの七人が新しい野球部を支え始めようとしています。
「…つーか馴れ馴れしく話しかけんな。」
「は?この前謝ったyo。」
「あれは謝った内に入らねんだよ。」
この新チーム、二年生を筆頭にしている野球部の問題点。
それはキャプテンと仲の悪い人がいること。
というより、井野と剛紀が特に仲が悪いのだ。最近言い合いの喧嘩をしてから仲が悪くなったらしいが…。
二人は口喧嘩を終えると各々グラウンドへと向かった。ボロボロのドアが壊れるのではないかと心配になる強さでドアを閉めて行った。
「あいつら何プリプリしとんだ?」
同時に赤点王子の縦外が遅れて登場した。
「はぁ…なぁ、あいつらの喧嘩いつ終わんの?」
呆れたように仁也が質問する。
「さぁ?そもそも剛紀が悪いんでしょ?」
「確かね。井野をからかったんだったかな?」
からかって喧嘩とは。よっぽどの事を言ったのだと思った私は仁也に問い掛ける。
「なんてからかったの?」
「おっぱい星人って。」
「しょうもなっ。」
いや、確かに少し前までしょうもない小学生だったよ?だったけどさ!
「…そんなんで怒ってる井野も井野だね♪」
「…琉君、サラッと正論言うよね。」
残りの五人も着替えが終わり、授業の疲労を貯めたままグラウンドへと足を運んだ。
7
ーーーーー
「…ここは」
目を覚ますと見覚えのある黄色い空間にいた。
「確か…一周目で死んだ後来たムラムラ空間だ。」
頭がクラクラする。
「あれ?さっきまで二周目の世界で野球を…。」
「ここは君の意識の中の世界まり。」
後ろに何者かの気配を感じた。
振り返るとそこには、黒い小型犬が妖精のように宙を舞っていた。
「やぁ♪私はマーリッテ、よろしくまり♪」
日本人のように話し、手を上げた時の肉球は傷だらけだった。苦労しているのだろうかと考えさせられた。
「私になにか?」
私は警戒を隠さずに問いかけた。
「あはは、そんなに警戒するなまり。さっきも言ったけど、ここは君の意識の中。君はさっき軟式ボールが頭に当たったまりよ。今は気を失っているからここに居る。目が覚めれば元の世界に戻れるまり。」
私とマーリッテは微妙な距離感を保ったまま話を進めた。
「…それで?ここにはあなたが呼び出したのですか?」
犬の見た目だが、笑顔でうなづいた事だけは理解出来た。
「悪いが、この二周目の世界は私にとってとても大切なんです。一周目では出来なかった事をやり遂げています。周りからチヤホヤされたり期待されたりで実に心地が良い。時間が惜しい、要件を言って早く元に戻して下さい。」
マーリッテは溜息を吐いて口を開いた。
「あなたがこの世界に来たのは、後悔の念が非常に強かったからまり。」
後悔の念というものはよくわからない。だが、一周目で後悔が多かったのは事実だ。
保育園からの天才児扱い、神童とまで呼ばれた学習能力。前世の記憶によって不安や動揺もない。自信に溢れ、鍛えられた心。私が過去に望んだ展開だった。
野球もベンチからスタメンへ。勉強と部活の両立、出木杉的存在。女子からの高い好感度。
前世の有海浩太とは正反対であり、理想を叶え、後悔を現実にした。それが今の二周目だ。
「…それがなんです?私は理想を叶えているんです。後悔しないように生きる、何も悪い事はないでしょう?」
「確かに、あなたは次々と願いを叶えていたまり。前世とは比べ物にならない程の差があるまり。相当努力したまりね。」
私はマーリッテが何を言いたいのかよく分からなかった。
しかし、私の願いはまだまだ先の未来にもある事は確かだったのだ。
「…まだまだ先なんです。私の願いが完全に叶えられるのは。」
マーリッテは私に背を向けて話を再開した。
「そうですね。音川 淳也の事故を止めれば、ようやくスタート地点という所でしょうか。」
「ん?ちょっと待てください。淳也の事故止めてスタート地点?私にはそんなに後悔があるというんですか?私の記憶上では、私の後悔は殆ど三十代までだ。」
マーリッテは驚いた表情で振り返る。
「…あなた、覚えていないまりか?」
「なにがですか。」
私はマーリッテが語る事実に驚きが隠せなかった。
「あなたがいる今の世界は、三周目の世界まりよ。今のあなたの記憶にあるのは、二周目の世界まり。」
「…今が三周目?まさか。では、私は一周目の後悔が強いという事なんですか?」
マーリッテは無言で頷いた。
「あなた、有海浩太の一周目の世界。それは酷く、悲惨なものだったまり。」
私は唾を飲み込むだけで、言葉が出なかった。
この真実を聴いて、私は何かが変わるのであろうか。
一周目の後悔で二周目を過ごしていたのだとしたら、まだ後悔があって三周目に突入したということなのだろうか。
全てが謎に包まれたまま、黄色の空間は蒼く変わっていったのだった。
次回
第弐章 タイムリーパー