第8話:推しと食事、そして
「本当に美味しいね、このパスタ!」
天音さんは幸せそうに微笑みながらフォークをくるくると回し、パスタを口に運んだ。その表情があまりにも楽しそうで、俺は自然と頬が緩むのを感じた。
(推しが、目の前で、こんなに美味しそうにご飯を食べている……尊すぎる……)
俺は必死に意識を保ちながら、自分のパスタを一口食べる。確かに美味しい。でも、それ以上に目の前の光景が美味しすぎた。
「こういうお店、仕事で誰かと行くことはあっても、プライベートではなかなか来ないんだよね」
「そうなんですね。確かに、お仕事での食事だとゆっくりはできなさそうですね」
「うん、どうしてもスタッフさんとかと一緒だと、仕事の話になっちゃうし」
そう言いながら天音さんは、ふっと柔らかい笑みを浮かべた。
「でも、今日はすごく気楽で楽しいな」
(……え?)
心臓が一瞬、跳ねる。
「えっと……その……そう言ってもらえると、俺も嬉しいです!」
俺は必死に平静を装いながらも、心の中ではパニック状態だった。
(推しに「楽しい」って言われた……!? 俺といる時間が「気楽」って……!?)
オタクとして推しを応援してきた。それだけで幸せだったはずなのに、今こうして本人と食事をして、しかも「楽しい」なんて言ってもらえるなんて――。
(……俺、生きててよかった……)
しみじみと噛み締めていると、天音さんがふと顔を上げた。
「そういえばさ、今度またどこか行かない?」
「……え?」
「お仕事とかで忙しくなっちゃうと、なかなか会えなくなっちゃうかもしれないし……時間があるうちに、もう少し話したいなって」
俺の脳が理解を拒んだ。
(いや、待て。これは、つまり――)
「わ、俺と……ですか?」
「うん!」
天音さんは当たり前のように頷いた。
「せっかく知り合えたんだし、また色々話したいなって思ってるんだけど……迷惑じゃない?」
そんなことを聞かれて、迷惑なわけがあるか!!
「ぜ、ぜひ!」
反射的に答えた俺に、天音さんはぱぁっと嬉しそうに微笑んだ。
「やった! じゃあ、また予定合わせようね!」
その笑顔がまぶしくて、俺はまたしても心臓がどうにかなりそうだった。
***
食事を終え、店を出る頃にはすっかり夕方になっていた。
「今日は本当にありがとう! 美味しかったし、楽しかったよ!」
「俺も楽しかったです!」
「また連絡するね!」
そう言って天音さんは手を振り、軽やかな足取りで去っていった。
俺はその背中をしばらく見つめた後、ふと自分のスマホを開いた。
そこには、天音しおりという名前が表示されたトーク画面。
そして、「また行こうね!」という彼女のメッセージが、新たに追加されていた。
(……これ、本当に夢じゃないよな……?)
何度も画面を見返して、そのたびに実感が押し寄せる。
俺は、推しと――「次の約束」を交わしたのだ。
胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じながら、俺はそっとスマホを握りしめた。