第2話:信じられない現実
推しが、目の前にいる。
いやいや、そんなはずないだろ。俺は疲れて幻覚でも見てるのか? それとも、ただのそっくりさん? でも――
(どう見ても本物だよな、これ……!?)
フードの下から覗く大きな瞳、濡れた前髪が頬に張り付く様子、ほんのり震える唇。そして、聞き慣れた透明感のある声。俺が毎日アニメやラジオで聴いている、あの声にしか聞こえない。
――天音しおり。
圧倒的な演技力と甘く透き通る声で大人気の女性声優。キャラソンを歌えば爆売れ、ラジオでは飾らないトークでリスナーを笑わせ、たまに出る天然発言がまた可愛い。ファンを大切にすることで有名で、その優しさに救われた人も多い――もちろん俺もその一人だ。
そんな彼女が、今、俺の腕の中にいる。
「……え?」
俺が固まっている間に、天音さんも俺を見上げていた。いや、推しに見つめられるって破壊力やばくないか? 心臓が持たないんだが。
「えっと……?」
彼女が不思議そうに首を傾げる。まずい、このままだとただの不審者になる。
「す、すみません! なんか……びっくりしちゃって!」
とりあえず誤魔化す。いや、誤魔化せてない気がするけど! でも「あなたの大ファンです!」なんて、この状況で言えるわけない。
「……ううん、助けてくれてありがとう」
天音さんはふわりと微笑んだ。
(やばい、推しスマイルを至近距離で浴びるとこんな破壊力あるの……!?)
ダメだ、心臓の鼓動がやばい。叫びたい、けど叫べない。
「と、とにかく! 近くのベンチまで行きましょう!」
どうにか冷静を装いながら、俺は天音さんを支えてゆっくり歩き出した。
足を引きずる彼女の肩にそっと手を添える。ほんのり伝わる温もり。
――俺、今、推しに触れてる。
無理、心が持たない。