第15話 酒ハラはノーテンキューで脳天きゅ~
どうやってこの状況を回避するか?
酔っ払って暴れ出したとしても、この部屋が破壊される心配はない事が判明している。
暴れる音に関しても、掲示板が出た瞬間から外部からの環境音がカットされているようだから、近所迷惑になることはないので安心だ。
けど、俺の場合は一体どうなるの?
あんなぶっとい腕とか、ちょっと小突かれただけでも大怪我必至だよ。
だからと言って、酒を断るのも危険だと思う。
出てくる作品にもよるけど、確かドワーフ族って、自らが振る舞う酒を断られる事が最大の侮辱だとか聞いた事があるし。
俺がやっているゲームでも、その設定なのかは不明だ。
そもそもゲーム内でのドワーフ族は好感度システム対象外なので、親しくなるイベントも無いから圧倒的情報不足なんだよな。
けど、あんなに嬉しそうに酒を取り出そうとしてるんだから、最大侮辱設定で行動したほうが良いだろう。
「おい、お前さん。酒を入れる杯はあるか?」
リュックから取り出した金属製と思われる鈍く光る大きな樽の取っ手を片手に、おっさんがそう尋ねてきた。
形状はパッと見で、こっちの世界でもちょっと大きな酒屋とかでよく見る、ステンレス製の縦置きビール樽みたいな感じ。
大きさも5Lサイズの物とほぼ同じくらいかな。
いや、そのリュックの中にそんなでかいのが入ってたの?
サイズ的にそれしか入ってないレベルじゃん。
さすが酒好きのドワーフだ、酒だけ有れば十分ってことだろうか?
これは確実に断ればアウトっぽい。
「え~と、このコップでいいですか?」
最後の抵抗として、小さめのコップを2つ差し出した。
俺が如何にシラフでいられるかが生死を分かつポイントだ。
俺まで酔っ払って判断力が低下すると、攻撃を躱すこともままならないしね。
最初の一杯さえ乗り切れば、後はあれやこれやで言い訳をして逃げ切ってやる。
冷蔵庫に入れている、昨日買った惣菜の残りとかを振る舞えば機嫌も良くなるでしょ
「コップとは、その小さな杯の事か? おいおい、折角儂が貴重な酒を勧めてるんだ。こんな事滅多に無いぞ? もっと大きな杯を持って来い」
うわ~最後の抵抗が一瞬で消え去ったよ。
それでも諦めずに、俺は順番にちょっとずつ大きなコップをちら見せしていったが、ドワーフは首を振って拒否する。
とうとう俺の部屋で一番大きなコップを見せたが、それも大きな溜息を吐かれた。
やばい、かなり苛ついてるぞ?
これはアレだな? 会社の飲み会で上司から無理矢理飲まされる酒ハラってやつと同じだ。
くそ~会社なら出るとこ出て訴えればなんとかなるけど、異世界人からのハラスメントは何処に訴えたら良いんだ?
「おっ! 良い器が有るじゃねぇか。それに注いでやる」
「え? これっすか?」
なにか良い物がないかと台所の戸棚を開けて探していると、おっさんがエライ物を指さしやがった。
それは大きなガラスのボウルで、多分一リットルは優に入りそうな大きさだ。
ちょっと待ってくれ~! これなら一人用の土鍋にしとけば良かったじゃないか~!
あれならこのボウルの半分ぐらいの容量なのに……。
おっさんは手を出してボウルを要求している。
なんかもうこのボウルが決定事項みたい。
「このボウルは一個しか無いんですよ~。 他には……この小さな鍋しか有りません。あなたがこのボウルを使って下さい。私はこの鍋で……」
「ん? 儂はこれで十分じゃわい」
そう言って、被ってる鉄兜を脱いで俺に見せつけた。
おっふっ……、それ今おっさんが直で被っていたやつじゃん。
なんか汗やら髪にこびり付いてる油でめっちゃ臭そうなんだけど……。
そうっすか、ドワーフはそんな細かいこと気にしませんか。
……もしかして、このボウルが無ければ、痺れ切らしたおっさんが、兜で回し飲みしようとか言い出していたかもしれん、ゾゾゾ~。
こうなったら仕方無いか……。
命が掛かってんだ背に腹は代えられない。
どうせ明日は休みだ。
酒をかっくらって速攻で寝落ちしてやるぞ。
酔い潰れてる奴にちょっかい掛けるような悪い輩じゃないと信じたい。
おっさんの言葉からすると、なんかすぐあっちの世界に帰るっぽいし、目が覚めたらもう居ないだろうしな。
「分かりました! これに注いで下さい!」
覚悟を決めた俺はボールをおっさんに突き出した。
そして互いの器に注がれるお酒。
色は琥珀色をしたウィスキーにそっくりだ。
匂いもそれに似てはいるんだけど、もうその臭気だけで酔ってしまいそうな程度数が高い事が伺える。
昔冗談で飲んでみたスピリタスも、こんな臭気だったような気がするな。
それをこの量飲むのか……急性アルコール中毒で倒れたりしないだろうか。
そんな心配をよそに、おっさんが杯にした兜を掲げ乾杯の音頭を取る。
「異なる世界同士が出会った奇跡を信じて、カンパーーイ!」
「か、かんぱーーい……」
ええぃ! ままよ!
俺はボウル一杯に注がれた酒をイッキした。




