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魔法石の依頼

ディールに先導されるように執務室に向かうと、そこには書類を抱えた白髪が目立ってきた茶色の髪にそれよりも濃い色の瞳の執事長と執務机に地図を広げている騎士服の男性がいた。

「資料は揃っているか?」

「はい」

執事長のサイクスが返事をするとシルヴィアにも軽く会釈をしてくれる。顔見知りだし、シルヴィアの事情を知っている人だ。

サイクスとは対照的に見たことのない騎士の男性はシルヴィアをじっと見てきた。騎士なのはわかるが知らない男性に見つめられてたじろいでしまう。すると、それに気が付いたサイクスが書類を机に置いてから静かに男性に向かってシルヴィアを紹介してくれた。

「ラジーム騎士団長。こちらはシルヴィア=へイネス男爵令嬢です。公爵様の相談相手になります」

紹介の仕方がおかしい気もしたけれど、詳しいことを話せないので相談相手ということにしておこうとしたのだろう。だが、どう見ても親子の年の差がわかる。怪しまれる方が先のような気がしてしまった。

「シルヴィア嬢。こちらはリーンハルト公爵家の騎士団長を務めているジル=ラジーム卿です」

サイクスは全く気にすることなくジルを紹介してきた。シルヴィアとしては立場を聞き流してくれた方が都合がいいのですぐに挨拶をした。

「へイネス男爵家のシルヴィア=へイネスです」

「・・・・・ジル=ラジームです」

ジルは奥歯にものが挟まったかのような顔を一瞬したけれど、場の雰囲気を察したのかシルヴィアについて問いただすようなことをしなかった。主人であるディールが何も言わないのだから自分が口を挟むことではないと判断したのだ。

「さっそくだが、地図を」

ディールの指示に机に広げられた地図を覗き込んだシルヴィアは、あまり馴染みのない地図に首を傾げた。

王都を中心とした国の地図は見たことがあるが、それよりももっと限定的な地図で地形などより詳しく描かれていた。

「これはリーンハルト領地の詳しい地図だ。中心にリーンハルトの屋敷がある都市があって、領地全体と隣接する領地まで描いている」

地図の中心にリーンハルトと文字がある。小さく街の絵もあるのでそこが領地の首都リーンハルトとなる。それを中心に東西に長い領地は点々と村や町の名前も所々にあった。

山や川もわかりやすく描かれていて、国全体で見ていた地図よりも詳しいため、シルヴィアは興味を覚えて真剣に地図を見ていた。

ヘイネス男爵領も地図は存在しているけれど、公爵領と比べると明らかに小さい領地で町や村の数も少ない。これほど詳しく描かれていないこともあって、細かい地図は見ていて楽しかった。魔法石に魔方陣を描くときも繊細で細かい作業を必要としている。それに似ているものを感じて興味が湧いたのだ。

じっと見つめていると、ジルにじっと見られていたことに気が付けなかった。

地図を見つめてから、シルヴィアは顔を上げる。領地の地図を見せてきたのには何か意味があるはずだ。

シルヴィアの視線に気が付いたディールは頷いてから地図の一か所を指さした。

「首都の近くに川が流れている。それなりに大きな川で、ここの水を利用して周辺の作物を育てるようにしているから、領地内の作物は比較的安定して収穫できている」

それは何よりも貴重な資源となる。

食糧問題はどこの領地にとっても重要なことだ。アーベスト王国は広大な平原が広がっていて、比較的作物を取れやすい。とはいえ雨がほとんど降らなかったりすれば作物が育たなくて食料を確保することが困難になる。そんな時領地内に水資源となる川がある場所は有利となる。逆に雨が多い時は洪水を招くことがあるため、川の管理はしっかりやらなければいけないが。

公爵領はしっかりと管理をしているようで、今まで川が氾濫したりすることはなく、治水工事もしっかりされているため、必要な分の水を畑に引き込める仕組みも整備されていた。

そんな説明を受けて、さすがリーンハルト公爵領だと感心してしまうシルヴィアだった。

ただ、そこがシルヴィアを呼んだ重要なことではないとも思っていた。

内心疑問に思いながら話を聞いていると、説明し終えたディールの表情が急に変わった。ここからが本題だとわかりシルヴィアも自然と気を引き締める。

「この川の周辺で実は魔物の目撃情報が発生している」

「え?」

魔物と言えば現在悪竜討伐が行われていることを思い出す。

空から降ってきた悪竜は、降り立った場所で瘴気をまき散らす。その瘴気を浴びた植物は枯れてしまい、動物たちは魔物へと変貌してしまうことは知られていた。もちろん人間にも悪影響が出る。魔物化することはほとんどないが、体に異常が起きたり精神的におかしくなったりすることがあるという。そのため悪竜が現れるとできるだけ早く討伐しなければいけない。

それに討伐隊にも影響が出る可能性もある。すぐには影響が出ないとはいえ討伐が長引けば心配される。

その瘴気に侵され魔物となった存在が公爵領に現れたというのだ。

「でも、悪竜が降り立った場所はもっと北側だったはずです。公爵領には影響がないと聞いていましたけど」

悪竜が発見されて討伐が行われることになると、悪竜の場所は国中に知らされていた。北側の平原に降り立った悪竜はしばらくその場でじっとしていたが、その間に瘴気をまき散らし、降り立たれた領地は魔物で溢れてその周辺の領地も被害を受け始めていた。そこから公爵領は離れているため魔物が現れる可能性は低いはずだった。

「我々も最初は特殊な動物でも発見したのかと思いました。しかし、確認しに行った騎士たちの報告では完全な魔物だったと。その場で討伐したので大きな被害は出なかったのですが、その後も魔物を目撃することがあって、今公爵領は厳戒態勢を取っています」

シルヴィアの疑問にジルが答えた。

「最初原因はわからなかったのだが、公爵領よりも北側の領地でも同じように魔物が目撃されていた。そのため詳しく調べてみた結果、どうやら川が原因になっているらしい」

そこで先ほど示していた川をもう一度トントンと指で叩いた。

「川ですか?」

川と魔物の関係性がさっぱりわからず首を傾げると、ディールは指で川の上流を辿っていった。

「この川は北から南に流れて海へと繋がっている。その北の領地にちょうど悪竜が降り立った場所があった」

地図には描かれていないさらに北上した場所が悪竜が現れた領地と繋がっている。しかも、悪竜はその領地の川の近くに降り立って居座っていたらしい。

「現在は領地内を移動して別の場所にいるという報告を受けているが、しばらく川の側にいたことで、どうやらそこで発生した瘴気が川を通して南へと運ばれてしまったらしい」

詳しいことはわかっていないようだが、その川が領地内にある場所で次々と魔物が目撃されていた。

瘴気自体を川が運んだのか、悪竜の側で魔物が発生して川を伝ってきているのかは不明だという。

ただ、悪竜が川から離れたにもかかわらず、未だに各領地で魔物が目撃されていた。

「魔法師たちによって川の水を調べたが、特に異常はないそうだ。作物にも影響が出ていない」

瘴気を含んだ植物は枯れてしまう。川の水で育った作物を人が食べても問題ないか調べていた。特に問題が発見されることはなく、川の周辺に魔物が発生しているという事実だけが残された。

「水自体には影響していないけれど、川を通して瘴気が運ばれている可能性は十分に考えられます。そのため公爵領は今も警戒を緩めることができません」

ジルはずっと公爵領で騎士団を率いている。魔物討伐も行っていたが、異常事態に王都にいるディールに直接話をするため足を運んでいたのだ。

騎士団長が抜けている間は副騎士団長が魔物討伐をしてくれていた。

話を聞いていてシルヴィアは自分がここに呼ばれた理由をなんとなく把握してきた。

「魔物討伐のための魔法石が必要ということですか?」

騎士たちで食い止めているとはいえ、魔物が減ってくる兆しが今はない。そのため騎士以外の戦力も欲しいと考えたのだろう。

だが、シルヴィアの考えにディールは首を横に振った。

「魔物は騎士たちで討伐可能になっている。今のところ新しい戦力は考えていない」

「でしたら・・・」

「それよりも川の周辺には首都もあるが村や町も点在している。討伐は騎士団に任せるが、領地民を守るための準備が必要だ」

そう言われて、何を要求されているのかはっきりした。

「魔物避けの魔法石ですね」

領地に点在している町や村に被害が及ばないように騎士団が動いてくれているが、それでも襲われる可能性は十分に考えられる。そこで、町や村自体を守るための結界を作りたいと考えているのだ。そのための魔法石をシルヴィアに依頼したいということらしい。

「魔物避けの魔法石は作ることは可能だと思います。ただ、範囲が広くなればそれだけ魔力が必要になりますし、魔石の質も良くないといけません」

長期で魔物避けの力を発揮してもらうためには純度の高い魔石が必要になる。

「魔石はこちらで用意しよう。魔法石を作ってもらえるのなら、どれくらいの期間必要だろうか?」

さすが公爵と言うべきか、魔石に関して心配する必要は何もなかった。

他の貴族ではきっと魔石を用意するだけで時間がかかってしまっていたはずだ。

「どれだけの魔法石を作るかによって変わってきます」

「領地全体だとそれなりに数が必要になるだろうが、川の近くだけに限定すれば3つ欲しいところだ。村が2つに、町が1つだ。主都も近いが今のところ魔物が接近している報告はないし、騎士たちが食い止められるから大丈夫だ」

村と言っても小さな集落のような場所と、町というには少し規模が小さい範囲だという説明も加えられる。それでも生活している人は多いようで、魔物が集落を襲ったら人的被害は多くなりそうだった。

「魔物避けの魔法石は魔法石店に行けば買えるだろうが、効力がどこまでなのかわからないし、長期的な物はおそらく貴重で売られていないだろう。他の領主たちもおそらく探しているはずだ」

それならシルヴィアに作ってもらった方が確実に魔物を退けられて長期間保てるものが手に入ると考えたようだった。

「そうですね。5日程頂ければ用意できると思います」

本当は2日もあれば完成させられるけれど、そんなことをしていると両親や使用人にばれたら倒れてしまうと心配されて怒られてしまうことが想像できた。そのため余裕をもって5日と答えておいた。できるだけ早い方が領地民のためにはなるのだが、そこは公爵家の騎士団に頑張ってもらうことにした。

「すぐに魔石の準備をしよう」

執事長に指示を出して魔石を取りに行かせる。その後、さらに領地内の状況を教えてもらい、他に別の魔法石が必要かどうかを頭の中で確認していく。2人が会話をしている間、黙っていたジルはずっとシルヴィアに視線を向けていた。

主人である公爵と魔法石の話をしている少女。一体彼女は誰なのかと疑わしい視線が突き刺さる。挨拶はしたけれど、シルヴィアの詳しい紹介をしなかったため、怪しまれてしまっていた。それでも何も言わないのはディールがシルヴィアに対して疑いや敵意を見せていないからだった。シルヴィアを信用していることが今の状況でわかるため、怪しいと思いながらも口を挟むことはしない。

それにシルヴィアは公爵家が招いた客人でもある

下手な態度を取ってはいけないことも理解しているようだった。

葛藤がジルの中にあったためか、無言の視線が圧力となってシルヴィアに突き刺さっていた。

シルヴィアは魔法石の職人であることを周囲に話していない。知っているのはそれほど多くない。魔法石の職人であることを公言しようと思えばできるのだが、その実力が桁違いであることは言えないことだった。

悪竜討伐で必要な高位魔法の魔法石をたった4日で完成させてしまったことはもちろん言うことはできないし、他にも国にとって極秘事項に関わるようなことを魔法石で解決していることもあったりするのだが、そんなことを吹聴するつもりは毛頭ない。

シルヴィアの能力は特殊であり危険だと自覚している。だからこそ利用されないために護られていることを理解していた。

そのことを知らないジルからの視線は話が終わるまでずっと続いていて、ディールとの今後のやり取りを話し終えると、やっとジルへと視線を向けられた。

「なにか?」

あまりにも刺さるような視線にシルヴィアが声を掛けると、ジルははっとしたように視線を逸らした。

「いえ・・・なにも」

明らかに見ていたし、警戒していたが反論してはいけないという葛藤があったのか、何も言わなかった。

騎士団長ならもっとはっきりと調べて追及してもいいのではないかと思ったシルヴィアだが、そこは公爵家内の事なので口出しできる立場でもない。

「帰りに魔石を受け取ってくれ」

シルヴィアがじっと見られていたことをディールも気が付いていたはずなのに、それを無視して話が進んでいく。魔石は3つ用意できることになった。

「わかりました。それと、他に個人で持つ魔物避けの魔法石が必要でしたら、魔法石店『青い翼』に依頼してください。そこの職人は腕が良いですから、良い物を売ってくれます」

集落を守るための魔法石は準備できるが個人向けの物まで用意するのは大変になってしまう。そこでデイビットの店で調達するように勧めておいた。当然公爵領にも魔法石を作れる職人はいるだろうが、せっかく王都にいるのだから彼の店を勧めておいて損はない。

話が終わったので、シルヴィアは帰ったら作ることになる魔法石の事を考えながら部屋を出て行った。

部屋が静かになって、残されたジルがディールに質問していた。

「あの男爵令嬢は何者ですか?」

普段は公爵領で騎士団長として領地を守っているジルはシルヴィアのことを知らない。いきなり部屋に連れてきて公爵領のことや魔物のことを話しても動じる姿を見せず、魔法石の話を簡単にしていた。魔法石を作れるということは会話から察することができても、シルヴィア=へイネスがどんな人物なのかわからなくてどう接したらいいのか戸惑っていたのだ。主人が信用しているのだから怪しくないと頭ではわかっていても心は警戒を解けていなかった。

「彼女は魔法石を作れる腕の良い職人だ。そして、公爵家にとってもとても大切な令嬢だ。今後会うこともあるだろうから、頭に入れておいてくれ」

本来ならシルヴィアのことをあまり周りに話さない方が彼女を守るためには必要なことだった。だが、騎士団長であるジルには今後のことも考えてシルヴィアの存在は知らせておく判断したのだ。まだ詳しい実力までは明かすつもりはないが、魔法石の職人としての実力を目の当たりにすれば自然とジルも彼女のことを認めていくと考えた。

そこまでディールが考えているとはシルヴィアは思っていなかったが、騎士団長の前で堂々と話すことに何か意味があることは理解していたため何も言わずに話を進めていた。

シルヴィアが去っていった扉を見つめてから、ジルはディールの言っている言葉のすべてを理解できていなくても、シルヴィアのことを警戒するのではなく、信用に値する人物になるのだと、それだけは心に留めることになった。


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