お見舞い
「・・・さま。・・・・・嬢様。‥お嬢様」
その声にシルヴィアは意識を覚醒させた。
「エリン?」
声の主を確認するように言うと、途端に花の良い香りが漂ってきた。そこでようやく完全に目が覚めて、シルヴィアはベッドから起き上がった。
「目が覚めましたか?」
「エリン、その花は?」
前が見えているのかわからないくらいに抱えている花束は、色とりどりでとにかくいろいろな種類の花を詰め込んだような状態だった。綺麗ではあるけれど統一性がないため、本来花言葉などで相手から意図を予想できるのに、何を意味しているのかわからない。
エリンは器用に歩きながら机の上に花束を置いた。重かったのか腕を軽く回している。
「デイビットさんが届けに来ました」
「デイビットが?」
早朝、悪竜討伐の出発式が行われる前にアレックスに完成した魔法石を届ける予定だった。しかし、シルヴィアはぎりぎりまで魔法石の制作をして公爵家に持って行こうとして部屋で倒れてしまった。
制作期間4日。エリンに声を掛けてもらわなければ寝食を忘れて没頭していた魔法石製作。それはシルヴィアにとって楽しい時間でもあった。新しい魔法石を生み出せる喜びを感じていたけれど、それに比例するように魔力と気力、体力が削られていたのだ。
魔法石の完成でそのことを思い出したようにシルヴィアは倒れて動けなくなった。
幸い意識は保てていたので、駆け付けたエリンに事情を話して公爵家に届けてもらおうと思った。そこへ先に公爵家に魔法石を届けていたデイビットがシルヴィアが来ないことを不審に思って男爵家を訪ねてくれたのだ。
彼に魔法石を託して、シルヴィアはすぐに自室に運ばれて眠りについてしまった。
公爵家に魔法石を届けたはずのデイビットが、シルヴィアが眠っている間に再び来たようで、その時に大きな花束を持って来たらしい。
デイビットに花束という不可解な組み合わせに首を傾げると、エリンはおかしそうに笑った。
「私も最初は驚きました。どうしたのかと思ったんですが、花はアレックス様からの贈り物だそうですよ」
「アレックスの?」
そう言われても、統一性のない花にアレックスが贈ってきたとは思えなかった。
「詳しく言うと、アレックス様に魔法石を届けた際に花代をもらったようで、花を選んだのはデイビットさんです。どんな花がいいのかわからなくて、とにかく綺麗な花を組み合わせたらこうなったそうです」
アレックスの気持ちを代弁しようとできるだけ豪華にしたかったデイビットなのだが、花の知識がないため逆にごちゃごちゃしすぎて重くなっただけだった。
それを抱えて男爵家にやって来たそうだが、シルヴィアはまだ眠っていたので花だけ置いて店に帰ったようらしい。
「そうなの・・・アレックスの気持ちなら部屋に飾っておきましょう」
「選り分けて飾りますね」
そのままでは巨大な花瓶が必要になるし重いだけだ。統一性もないためごちゃごちゃしている。エリンが気を利かせて小分けにしてくれることになった。
「デイビットにも後でお礼をしないといけないわね」
シルヴィアが倒れたと聞いて呆れたかもしれないが、心配もしていただろう。元気になった姿で店に行ってお礼を言わなければと思った。
「そうですね。そのためにもしっかり休んで回復しないといけません」
腰に手を当ててエリンが言う。
「アレックスはもう王都を出たかしら・・・」
「もうお昼ですから、王都からは出ていると思います」
見送りをしたかったけれど、結局顔を合わせられなかった。彼も待っていてシルヴィアが来られないことにがっかりしたかもしれない。
寂しい気持ちもシルヴィアの中にはある。討伐には少なくても半年という時間が必要だと聞いていた。長ければ1年は戻ってこられない。
その間のことは風の噂程度にしかきっとわからないだろう。
大切な人が無事に戻ってくることをシルヴィアはただ祈ることしかできない。
「私にできることはここまで」
そう自分に言い聞かせて、シルヴィアは窓から空を見上げた。
同じ空を彼も見てくれていると信じながら。
「昼食はどうされますか?食べられるようでしたら食堂で旦那様と奥様に顔を見せてあげた方がいいですよ」
シルヴィアが倒れたと聞いて両親はひどく驚いたはずだ。魔力や体力の消耗で動けなくなっただけなのでゆっくり休めば回復することはわかっていてもきっと心配していたはずだ。
「食堂に行くわ」
「わかりました。準備が出来るまで少し時間がありますから、もう少しゆっくり休んでいてください」
時計を確認してエリンは花瓶を持ってくるため部屋を出た。
再びベッドに倒れ込んだシルヴィアはもう一度窓に視線を向けた。その角度では空しか見えない。晴天の青空に討伐隊の出発は盛大に見送られたのだろうと考える。
「どうか無事で」
シルヴィアができることはやった。魔法石はきっと彼らの助けになってくれる。
そのことを信じて大切な人が無事に王都へ戻ってくることを願ってシルヴィアは昼食に呼ばれるまで目を閉じて穏やかな時間を過ごすのだった。