出発
悪竜討伐で陣頭指揮をとることになったアレックスは、出発前の最終確認をしていた。
彼がいる場所には次々と人が入れ替わりながら報告をしてくる。
悪竜討伐には精鋭部隊が編成されているが、それだけで討伐をするわけではない。
悪竜に辿り着くまでに、瘴気を浴びて魔物となった敵を倒さなくてはいけない。それまでの戦闘に参加する部隊も編成されている。それらすべてを管理し指揮するのもアレックスの役目だった。
「全部隊の準備が完了したな」
「いよいよ出発だな」
近くにいた王国騎士団所属のワイルダー=ビーシスが腕を組みながら周囲を見回している。
彼は騎士団の中で剣の腕が一番の実力を持ったエースと言われている。今回その腕を買われて悪竜討伐の精鋭部隊に抜擢されていた。
アレックスも何度か手合わせしたことがあったが、勝敗がいつもつかなかった。アレックス自身も相当な腕を持っているが、ワイルダーも強い。2人の騎士を討伐に投入するのだから、国自体がどれほど気合を入れているのかわかるはずだ。
「各貴族からの献上品の受け入れもできたようだな」
悪竜討伐に参加しない貴族たちは、自分達が貢献していることをアピールするために様々な品物を討伐部隊に提供してくれていた。そうすることで討伐が無事に成し遂げられた後、討伐した者たちの名前が国中に知れ渡るのと一緒に、貢献した貴族たちもその存在を知らしめることができる。自分たちの立場を強くするための投資とも言える。
それでも、善意で貴重な品を提供してくれる貴族もいるのだから、すべてが自分達の立場を誇示するためだと考えてはいけないこともアレックスはわかっていた。それに、献上品は一度提供してしまったら国の物になるので貴族たちに戻ることはない。この討伐で使える物は思いっきり使うことも考えていた。
「後はアレックスの出発の合図を待つだけだろう」
何度も剣を合わせているワイルダーはアレックスを名前で呼ぶほどの仲だ。ここでは悪竜を討伐する仲間なのだから気さくに対応してくれた方がアレックスとしても良かった。
「そうだな」
返事はしたものの、アレックスは人を待っていた。彼女の姿をまだ見ていないのだ。
自分にできることをすると言っていたシルヴィアがまだ来ていなかった。出発の時間は決まっているのでそれよりも前に来ると思っていたが、時間が迫ってきてもそれらしい姿さえ見つけることができていなかった。
シルヴィアが凄腕の魔法石職人であることをアレックスも知っている。それに公爵家も密かに彼女に魔法石を提供してほしいと依頼して、魔石の準備もしたのだ。彼女なら強力な魔法石を作ってきてくれると信じていた。
男爵令嬢がアレックスに直接会いに来ると、周りから不審に思われるかもしれないため、姿を見つけたらどこか人気のないところで魔法石をもらうつもりでいたのだが、シルヴィアが来なければ魔法石さえもらえない。
それ以外にもアレックス個人として、出発前に彼女の姿をしっかり見ておきたかった。
「誰か待ってるのか?」
アレックスの気持ちなど知るはずのないワイルダーだが、なんとなくの雰囲気でそう感じたらしい。
気付かれるということは、アレックスも気を揉んでいたようだ。
そんな自分に苦笑していると、門の近くで兵士と何かを話している1人の男性が目に入った。
「あれは・・・」
少しぼさぼさの茶髪に、焦げ茶色の瞳は力がないのか意志をあまり感じない。全体的に気だるげというか、疲れ切った雰囲気が漂っている。それは門番の兵士にも伝わっているようで、彼が話しかけても追い払うような仕草をしていた。これから討伐隊の出発式なのに、正気のない人間が近くにいては士気が下がると思って対応しているようだった。
その場をワイルダーに任せて、アレックスはすぐに駆け出した。門番に追い返される前にその疲れ切った男に声を掛ける。
「デイビット」
「・・・リーンハルトの公子様。大事な届け物があったのに門前払いされて帰ろうかと思っていたところですよ」
声を掛けられた魔法石店の店主デイビットは、ほっとした顔をしながら軽く文句を言ってきた。声に張りがなくても軽口を叩けるだけまだ元気なようだった。
「彼は知り合いだ。届け物を頼んでいたから通してくれ」
門番にそう言ったが、あまりにも気だるげなデイビットは不審者にしか見えないようで、門番は不審そうにデイビットを上から下まで眺めてから仕方なく通してくれた。
「俺が一生懸命作ったせっかくの魔法石、無駄にするところでしたよ」
歩きながらデイビットは肩を竦める。
「頼んだものは用意出来たのか?」
「・・・たぶん」
彼が来たということはシルヴィアがデイビットにも協力してもらって魔法石を用意したことはすぐに想像がついた。彼は依頼された分の魔法石を届けてくれたのだ。デイビットからの貢献品ではなく、リーンハルト公爵家からの提供ということになる。
曖昧な表現をしているが、彼も凄腕の魔法石職人だ。魔法石には期待できる。
話をしながらアレックスはワイルダーのところへ戻るのではなく人気のない場所へとデイビットを誘導していった。
「彼女からの物はあるか?」
名前は言わないし、依頼した物も曖昧な表現にする。シルヴィア=へイネスという最強魔法石職人の存在は知られてはいけない。彼女が作った魔法石が優れていることも世の中から伏せられている。
人気がなくても誰かの耳に入らないとも限らないため、アレックスは短い言葉でデイビットの反応を窺った。
シルヴィアがここに来ていないことから、デイビットにすべて託した可能性があったからだ。
するとデイビットは困った顔をした。
「何を作ったのか詳しいことを俺は知りません」
そう前置きをしてから2つの袋を両手にそれぞれ持って掲げた。
「公爵家に品物を届けたらお嬢がまだ来てないと聞いてお嬢のところを訪ねました。そしたら玄関で品物を渡されただけで会ってないです。ただ、精魂尽き果てるまで作業をしていたようなので、おそらく休ませることを優先しているようでした」
「え?」
魔力量が相当あると言われているシルヴィアが動けなくなるまで作り上げた魔法石に興味はあったが、それよりも動けなくなっているというシルヴィアのことが気になった。デイビットも会っていないというが、彼の雰囲気から危険な状態にあるとは聞かされていないのだろう。
「心配しなくても魔力と気力と体力を使いすぎて動けないだけですよ。ゆっくり休めば回復しますし、公子様は悪竜討伐の事だけ考えてください」
シルヴィアが作った魔法石も一緒に公爵家を訪ねると、今度はすべての魔法石を討伐隊に届けるように言われてデイビットはここへやって来た。
同じ魔法石職人なので、シルヴィアの状況は想像がつくのだろう。アレックスのように心配している様子はない。
「せっかく作った魔法石です。しっかり使って来てくださいよ」
そう言って2つの袋をアレックスに押し付けるように渡してきた。
それを受け取ると、1つは量が入っているようで石のぶつかる音と、ずっしりとした重さを感じた。こちらがデイビットが大量生産してくれた魔法石のようだ。
もう1つは公爵家からシルヴィアに依頼した貴重な魔法石のようで、数個が入っている袋だった。
「中に説明が入っているらしいので、後で確認してください。俺のは普通に使う魔法石ばかりなので説明はいらないでしょう」
「わかった。ありがとう。請求は公爵家に頼む」
「・・・会いたかったと思いますよ」
礼を言うと、デイビットがぽつりと言葉を零した。誰がとは言わなくてもアレックスには伝わる。アレックスも会いたかった。
「心身削って作ったんですから、絶対に悪竜を倒して無事に戻ってきてくださいよ」
「・・・わかった」
会えなくても無事に戻ってくることがシルヴィアが頑張ってくれたことへの報いとなるはずだ。
「花を買って帰れ」
アレックスはそう言いながら金貨を一枚デイビットに渡した。
「まさか金貨一枚分買えということではないでしょう?」
「できるだけたくさん。綺麗な物を選ぶように。それ以外な手間賃として受け取っておけばいい」
それだけ言うと彼に背を向けて討伐隊がいる場所へと戻っていく。振り返りはしなくてもデイビットはきっと大きな花屋で持ち切れるかどうかの花束を買ってくれるはずだ。口は悪いが、魔法石の職人としての腕は確かだし、律儀な人間だとも思っている。
会いたかった人には会えなかったことが心残りだが、それは悪竜を討伐して戻って来た時に取っておくことにする。だから今は彼女が作ってくれた魔法石が入っている袋を愛おしそうに抱きかかえて、アレックスは悪竜討伐へと意識を切り替えるのだった。