才能
「シルヴィア様。今日はいつもと違うことをしましょう」
そう声を掛けてきたシールズ=リッチに、シルヴィアは浮かない顔で首を傾げた。
「また魔法?」
もう諦めている魔法をシールズは何度も訪ねてきてシルヴィアに教えようとしていた。
魔力量は相当なもので、魔法が使えれば魔法師として活躍できる逸材と思われたが、シルヴィアは魔法を使う才能がなかった。
魔方陣を生み出して外に魔法を放つ。それがどうしてもできない。体内の魔力は宝の持ち腐れとなっていた。空回りする魔力に幼いシルヴィアはうんざりして投げやりになっていた。
「今日は魔法ではなくて、魔法石を作ってみようと思います」
「魔法石?」
今日はどんな魔法を試すのかと思っていると、シールズは小さな魔石と、魔石に魔方陣を描くためのペンを用意してきた。
「空間に魔方陣を生み出して魔法を発動させることができないのでしたら、魔法石の中に魔方陣を描いて魔法を閉じ込めてみるのはどうでしょう」
まったくやったことのないことにシルヴィアは首を傾げた。
今まで魔方陣を目の前に生み出して魔法を発動させる練習をしてきたが、一度も成功したことがなかった。そもそも空間に魔方陣を生み出すことができていなかった。魔力の制御も上手くいかず体内を魔力が空回っていたのだ。
シールズのおかげなのか、シルヴィアは魔力を感じ取ることはできるようになっていた。そこだけは感謝できることではあったが、肝心の魔法は全く使えていない。
「まず私がお手本を見せますので、シルヴィア様は真似をしてみてください」
そう言ってシールズは持っていたペンに魔力を集中させると魔石の中に魔方陣を描き始めた。
ペン先は石の中に吸い込まれて魔力で魔方陣が描かれていく。魔力の小さな輝きが石の中で動く光景はシルヴィアにとってキラキラしていた。
「わぁ」
魔法に飽き飽きしていたシルヴィアだが、いつもと違う光景に興味が湧く。
やがて魔石の中に魔方陣が完成した。
これで魔法石へと変わったのだ。
「今は光を生み出す魔方陣を描きました。これで、魔力を少し込めれば明かりがつきます」
そう説明してからシールズは手のひらに魔法石を置いてシルヴィアの目の前で魔法石を光へと変えた。
「今のは魔力を流すことで発動させられるようにしていますが、魔力がなくても発動させられる工夫をすれば誰でも明り取りが使えるようになります。色々と工夫することで魔法石には使い方が広がっていきます」
「私にもできますか?」
俄然興味が湧いたシルヴィアは目を輝かせてシールズに尋ねた。その反応が魔法に失敗して落ち込んでいた少女とは思えない変わりぶりにシールズは内心嬉しさがあった。
「魔法石を作るのは魔法を放つのとは違う工程になりますから、シルヴィア様でもできるかもしれません。早速やってみましょうか」
魔方陣を空間に生み出して魔法を放つのとは違い、魔法石を作るには魔力をペン先に集中させて魔石の中に魔方陣を描いていく。これならシルヴィアでもできるかもしれないとシールズは希望を持って試すことにしたのだ。
「ペン先に魔力を集中させてみてください」
ペンを渡して魔力を込めることから訓練が始まる。
魔力操作が皆無のシルヴィアがまず越えなければいけない問題でもある。
魔石に魔方陣を描く前にまず試すべき事だったが、ここで失敗してしまうと魔法石を作ることさえできない。
シールズは少し緊張しながら見守ると、シルヴィアはペン先をじっと見つめて魔力を集中させていた。
「・・・・・できました」
僅かな沈黙の後、シルヴィアが顔を上げてペン先をシールズに見せる。
わずかではあるがペン先に淡い光が宿っていた。
まだ不安定なところはあるが、魔力を宿すことに成功したのだ。
「できましたね・・・・・」
失敗するかもしれないと思っていたのだが、予想に反してシルヴィアは魔力操作に問題がなかった。
魔法は仕えないのに、ペンに魔力を集中させられる。
不思議なことが起こっていると思いながらも、シールズは小さな魔石をシルヴィアに手渡した。
「この中にペン先を入れて魔方陣を描いてみましょう。私が描いた魔方陣を真似してください」
「はい」
渡された魔石をじっと見つめてからシルヴィアはペンを魔石へと差し込んだ。
描く魔方陣のお手本を見ることなく描いていく。
魔法の訓練をする中で何度も魔方陣を教えてきた。そのため魔法が使えなくても魔方陣は頭に叩き込まれていたのだ。
そのため何の迷いもなくシルヴィアはペンを動かしていく。
その姿にシールズは息を飲むしかなかった。
物凄い集中力でシルヴィアが魔石を魔法石へと変えていくのがわかった。
淡い光を放った線が綺麗に描かれていき、魔力が込められていくのがわかる。
空間に魔方陣を生み出すことができなかったシルヴィアが、魔石の中に魔方陣を生み出しているのだ。
「できました」
魔方陣を描き終わるとシルヴィアが笑顔で魔法石をシールズに見せてきた。
受け取って出来栄えを確認する。
「・・・まさか」
そう言葉が漏れるほど、始めて作った魔法石の出来栄えはシールズが作ったものより優れているのがわかってしまったのだ。
発動させたら長時間安定的に光り続けそうだ。
「・・・駄目ですか?」
シールズの反応にシルヴィアは不安に思ったらしく上目遣いに様子を見てくる。
魔法が使えない落ちこぼれとなっているシルヴィアは魔法石も作ることができないとなれば、魔法に関することは全て諦めるしかなかった。
いつもと違うことをすることで興味が湧いて行動してしまったが、幼い少女は後悔しそうになっていた。
「大丈夫ですよ。なにも問題ありません」
不安がっているシルヴィアにシールズは目線を合わせると笑顔を向けた。
予想以上の出来栄えに、これならシルヴィアが魔法に関わっていけると確信が持てた瞬間だった。
「本当?」
「本当ですよ。魔法は無理でも、魔法石ならシルヴィア様の魔力を存分に発揮できる可能性があります」
宝の持ち腐れにならず、シルヴィアも持て余している魔力を使える。
「これから魔法石に関して勉強していきましょう」
シールズの言葉に今までにない笑顔を見せたシルヴィアは嬉しそうに頷くのだった。
その後、シルヴィア=ヘイネスの魔法石を生み出す力が、想定をはるかに超えた代物であることを知ったシールズはヘイネス男爵夫妻と相談して、彼女が魔法石を作れること。その魔法石の力が強すぎることを周囲に知らせないようにしながらシルヴィアが成長していくのを見守ることになるのだった。