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魔法石店

カランとベルの音がして店主のデイビット=セクトはカウンターで作業していた手を止めて顔を上げた。

そして店に入ってきたローブ姿を目にした瞬間、嫌な予感が胸の奥に膨れ上がったのをはっきりと感じた。

「いらっしゃいませ」

心に反応するように声に活力がなくなる。

その声を聞いてローブのフードを目深にかぶっていた相手は、そのフードを取り去って苦笑した。

「お客様への対応が素っ気ないわね」

「お嬢が来たら、何かあるのは間違いないからな」

お嬢と呼ばれたシルヴィアはにこやかに微笑むと、デイビットの頬が引きつるのが見えた。

「魔法石を買いに来たというのでは駄目かしら」

「いやいや、自分で作れるのに買いに来ないだろう。それよりも頼み事だろう」

すべてをお見通しのデイビットは、少し嫌そうな顔をしながらも内心覚悟を決めていた。

「今日はどういったご注文ですか?」

これも仕事だ。お金もちゃんと支払ってくれるのだから手を抜くことはしない。もし手を抜いたとしても、すぐにシルヴィアにばれてしまうこともわかっている。そうなると今後の取引だってしてもらえない。シルヴィアは大事な顧客でもあるのだ。

「これだけの物を5日以内に仕上げてほしいの」

そう言いながらシルヴィアがびっしりと何かを書いたメモを渡してきた。

白い紙が黒い紙ではと思う程の文字に読む前からデイビットは嫌な予感しかしていなかった。

「待て待て、これ全部5日以内に完成させろっていうのかよ」

ざっと目を通してから、意識が遠くに行きそうになるのを堪えてシルヴィアにメモをひらひらさせながら訴えてみた。

「全部が無理なのはわかっているわ。でも、できるだけ用意してほしいから、上から必要性の高いものを並べておいたの。5日後までにリストに載せた物を作ってくれればいいわ」

すべてを求めているわけではなかった。それでも、できるだけ多くの魔法石を完成させてほしいという気持ちがびっしりと書かれた文字から伝わってくるようだった。

「5日後ってことは、悪竜討伐の出発日じゃないか。それに合わせて完成させるなら、あのお坊ちゃんに渡す物だよな」

デイビットも新聞は読んでいた。悪竜降臨と討伐隊が編成され、リーンハルト公爵家が中心となって5日後に出発する準備が始まったと書かれていた。

街中は今その話でもちきりになっていたし、必要な物資を調達するため、いろいろな店に貴族たちが押し寄せてきていた。彼らの目的は悪竜が襲ってきた時の備えではなく、討伐隊への支援物資を提供することだ。そうすることで少しでも貴族として貢献していることをアピールしているにすぎない。それをわかっているデイビットはその光景を傍観していた。

デイビットは魔法石店ではあるけれど、賑わっている街中ではなく奥まった人通りの少ない静かな場所に店を構えていた。そのため、討伐に必要な魔法石の注文に来る人はいなかった。目の前にいるシルヴィア以外は。

「そうよ。アレックスに渡すための魔法石を用意したいの」

「それなら自分で作ったものを直接渡せばいいだろう。俺が作ったものよりずっといい物ができるだろう」

デイビットは自分の力量を理解しているつもりだ。魔力量は魔塔に入れるだけの資格があるほどだったのだが、彼自身が魔法師ではなく魔法石の職人を目指したので魔塔には入らなかった。デイビットの父親も職人をしていて、父に憧れて職人になりたいと思っていた。この店も父から引き継いでいた。

魔法石の評価はよい方だし、それを理解しているお客がある程度確保できているので、ひっそりとお店を続けられていた。だが、シルヴィアが作る魔法石はデイビット以上の品質と、デイビットでは作り出せない複雑な魔法石も作ってしまう。

彼女は魔法石の職人として天才だと言っていい。

魔法師としての素質さえあれば、今頃魔塔に所属して大魔法師になっていたと思っている。

「もちろん私も作るわ」

別のことを考えていたデイビットに、シルヴィアは苦笑していた。

「ただ、手が足りないからデイビットにも協力してもらおうと思って」

どうやらシルヴィア自身も魔法石を用意するらしい。ただ、魔法石は込められる魔法によって魔石に刻む魔方陣が複雑化していく。

強力な魔法を込めたい時は時間が必要だけれど、気力と体力も相当使うことになる。根気強さも必要で集中力がないと魔方陣が乱れてしまい使い物にならない。

強い魔法石を作るためには、純度の高い魔石も必要になる。それはとても貴重で、失敗などできるはずもない。

「私は複雑な魔法石を作るつもりでいるから、デイビットには補助系の魔法石を頼みたいの」

討伐の遠征で必要になりそうな魔法石をデイビットに頼みたかった。メモの内容もそういった魔法石ばかりだった。ただ、数があまりにも多い。

とはいえ、命がけで悪竜討伐に行く者たちへ渡すのだから5日後までにできるだけ用意したかったシルヴィアの気持ちもわからないわけではなかった。

「できる限りで作るとしか言いようがないな」

「それで十分よ。出発日に来るから、それまでにお願いね」

「請求は男爵家でいいのか?」

作ってほしいとお願いされているだけではない。これもしっかりと代金が発生するものだ。その確認をしておかないと必死で作ったのにただ働きはさすがに嫌だと思っていた。

「請求は公爵家にお願い」

「なんだよ、これ全部公爵家からの注文だったのかよ」

シルヴィアが来たことでてっきり男爵家が用意した魔法石として公爵家に渡すと思っていたが、どうやら公爵家からの注文でシルヴィアが来ていただけだった。

「私も公爵家から魔石提供をしてもらう形で魔法石の制作を頼まれたの」

強力な魔法石を作るためには、純度の高い貴重な魔石が必要になる。男爵令嬢のシルヴィアでは魔石を用意するだけでも大変だが、公爵家の力ならそれほど苦労せずに準備できるらしい。それを提供する代わりにシルヴィアに魔法石を作ってほしいと依頼していたようだ。

「アレックスが討伐に参加するのだから、公爵家として全面的に支援したいと考えたのでしょうね。もちろん、製作者は不明にしてくれるから、私が関与したことは公にはならないわ」

「・・・お嬢がそれでいいなら、俺が意見することもないけど、その力を隠しておくのももったいない気もするよな」

魔法石の職人として天才と呼ぶべきシルヴィア=へイネス。だが、彼女は魔法石が作れることを公にはしない。自分の力が異常であることを彼女自身が理解していて、男爵家も娘を守るため口外してこなかった。貴族ではあるけれど男爵家だ。もっと上の貴族にいいように利用されてしまう可能性も考えて、ひっそりと、そしてこっそりと魔法石を作っていた。

ただ、彼女の能力を偶然公爵家に知られてしまったが、リーンハルト公爵家は事情を知ったうえでシルヴィアを保護してくれている。必要に応じて魔法石の制作を依頼しているようだが、無理やり作らせたり、シルヴィアの意思を無視するような行為はしていない。

そのことが同じ魔法石の職人として一番安心できていることではあった。

「お嬢も魔法石を作ることになっているなら、俺はそのサポートのようなものだな」

シルヴィアが彼女にしか作れない貴重な魔法石を作るのなら、デイビットは他に必要な魔法石を作って公爵家に提供するということのようだ。シルヴィアの魔法石は制作者不明だが、デイビットは製作者として名前を出すことはできるし、店の利益にもできる。そこは助かることでもあった。

「お嬢もこれから集中して作るだろう。討伐出発日に取りに来るのは大変だろうから、俺から公爵家に直接届けておくよ」

「そうしてくれるなら、私は自分の作った分だけ届けられて助かるわ」

魔法石を届けるくらいどうということはない。それに自分の作品をちゃんと納品できたときの嬉しさも味わえる。

「リスト全部はさすがに無理だが、できる限りの数は揃えておくよ」

メモをひらひらと動かすと、シルヴィアは満足したように頷いて店を後にした。

客は彼女だけだったので、誰もいなくなった店の中が急に静かになる。

デイビットはすぐに店を出ると扉にかけていたオープンの札をひっくり返してクローズにしてから扉の鍵をかけた。

もう一度メモに目を通すとため息が出そうなほどの注文内容に苦笑する。

それでもデイビットを頼ってきてくれたことは嬉しかった。それに応えるためにも討伐出発日までは作業部屋に缶詰めになりそうだとぼやいてから奥の部屋へと向かうのだった。

「在庫の魔石でできるだけいい物を使わないとな」

そんな呟きは誰にも聞かれることなく店の中で消えていった。


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