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襲撃

「今日は本当に楽しかったわ」

「泊まっていけたらよかったのにな」

両親の寂しそうな声にシルヴィアも1泊できたらと思ってしまう。だが、リーンハルト領へ向かう準備をしなければいけないため、今日は夕食を共にしたら帰る予定にしていた。

「また会えるわ」

「今度はリーンハルト領で会うことになるだろう」

「婚約式には必ず行くからね」

リーンハルトに到着すれば婚約式の準備となる。そして、式の数日前に両親も来てくれることになっていた。それまでしばしの別れとなる。

「公爵領は王都よりも北にあるから寒いでしょう。体を壊さないようにね」

アリアが抱きしめてくれる。名残惜しい気持ちはあるが、シルヴィアは母から離れて馬車に乗り込んだ。

扉が閉まり馬車が動き出しても、両親は屋敷の前で馬車が見えなくなるまで見送ってくれていた。

「また会えますよ」

窓から小さくなっていく両親の姿を見ているとエリンが励ますように言ってくれる。

ヘイネス家に戻ってからずっと姿を見なかったが、彼女も使用人たちと再会して楽しい時間を過ごしたに違いない。

「そうね」

「楽しい時間というのはあっという間に感じますから」

エリンの隣にはリーンハルト公爵家の騎士服に身を包んだ男性が座っていた。

今回の実家の帰省でアレックスが用意してくれた護衛騎士のロック=ザイールだ。

シルヴィアがヘイネス家にいる間は別室で待機してくれていた。

騎士団の中でも優秀な剣の腕前らしく、シルヴィアの護衛に適任だと判断されたのだ。

「次に会うのは婚約式の時になるわ。式の準備は公爵家でしてしまうから、両親は領地に来るだけになるわね」

相談事はすべて手紙でやり取りすることになる。直接会えるのは式の時になるのだ。

婚約式は盛大なものではないが、両親が安心してシルヴィアを公爵家に残していけるような式にしたいと思っていた。

少し寂しい気持ちはあるが、これが最後の別れではないのだからと自分に言い聞かせて、シルヴィアは気持ちを切り替えた。公爵家に戻ったらやらなければいけないことが沢山あるのだから。

「お嬢様は前向きでないと」

シルヴィアの雰囲気が変わったことにエリンはほっとして微笑む。

馬車の中が和やかになった瞬間、急に馬車が停まった。

突然の急停止にシルヴィアはバランスを崩して前のめりになるが、ロックが手を伸ばしてくれたことで迎えに座っているエリンに衝突することを免れた。

「お怪我は?」

慌てたようにロックが尋ねてくるが、急なことに返事が出来ず首を横に振るだけだった。

エリンは進行方向に背を向けていたため背中を軽く打ち付けた程度で、ただただ驚いた顔をしてシルヴィアを見ていた。

何が起こったのかわからず混乱していると、ロックがシルヴィアを椅子に座らせてくれる。

「ここを動かないでください。合図をするまで扉も開けてはいけません」

それだけ言うと、ロックはすぐに馬車を降りて行った。

「どうしたのでしょう?」

エリンが不安そうに窓のカーテンを閉めていく。中を覗かれない対策であるが、こちらからも外の様子を確認できなくなるため不安になる。

馬車の外で話声が聞こえてきた。

何を話しているのかはっきりとした内容まではわからないが、複数人がいることはわかった。

誰かが馬車を止めたのだろう。ただ、なぜ止めたのかわからない。

「エリン」

シルヴィアは迎えに座っているエリンを自分の隣に座り直させた。

「お嬢様。もしもの時は私が身を挺してお守りしますから」

そう言うエリンの肩が小さく震えている。

不安と恐怖で気丈に振舞っていても震えを止めることはできなかったらしい。

「大丈夫よ。この馬車は守りがあるから」

シルヴィアは不安があっても馬車が襲われることはないと思っていた。

この中にいれば大丈夫。

その確信があったからこそ、外に出て行ったロックの方が心配であった。

話声はいつの間にか聞こえなくなり、静かな時間が流れる。

馬車を止めていた誰かが退いてくれたのかと思った次の瞬間、金属の擦れ合う音が響いた。

「お嬢様」

エリンが強くシルヴィアを抱きしめる。ここは王都だ。夜遅くなってしまったが、人が行き交い馬車も通る場所である。

男爵家から公爵家まで治安の悪い道を通るはずがないのに、何故か外で金属のぶつかり合う音がしていた。それと同時に誰かが呻くような声も聞こえた。

誰かはわからなくても馬車の外で戦闘が始まったことだけは理解できた。

「ザイール卿は無事かしら?」

騎士団の中でも剣の腕を高く評価されているロックなら大丈夫だと思いたいが、シルヴィアは彼の実力を直に見たことがない。アレックスが任せた騎士なので、今は信じるしかなかった。

どれくらいエリンと抱き合っていたのかわからない。外で剣がぶつかり合う音を聞きながらじっとしていると、やがてその音も聞こえなくなった。

ロックが敵を退けたと信じたいが、彼が声を掛けてくる気配もない。

「終わったのかしら?」

シルヴィアの小さな呟きにエリンが少しだけ体を離した。

その瞬間、突然扉が乱暴に開かれた。

驚いた2人の視線が扉に向けられる。

そこには見たことのない覆面の男が馬車の中を覗き込んでいた。

大柄の体格に目が鋭くて、いかにも物騒な人間だと見た目が表している。

男はぎらついた眼でシルヴィアを確認すると、何も言わずに馬車の中に手を伸ばしてきた。

「ひっ」

エリンの引きつった声が聞こえたが、伸ばされた手は馬車の中に入る前に激しい衝撃音とともに、男を馬車からはじき飛ばしていた。

地面に倒れ込んだ男が痙攣したように体をのけ反らせて失神する。

「え?」

「勝手に馬車に入ろうとするから」

何が起きたのかわからないでぽかんとするエリンとは対照的に、シルヴィアは呆れたように倒れている男を見た。

馬車に取り付けておいた守護の魔法石がしっかり働いてくれたのだ。

アトリエをもらってから、シルヴィアは魔法石を少しずつ作っていた。その中に馬車の警護としての魔法石を作って取り付けてもらえるように頼んでいたのだ。

発動させた状態で勝手に馬車に乗り込もうとすれば弾かれて動けなくなる。そういう魔法にしておいた。これは賊対策だった。ロックが馬車を出た時にシルヴィア自身が発動させておいたのだが、エリンはそれに気が付かなかった。そのため痙攣している男を見て混乱していた。

街中で使うことはないと思っていたのだが、ここで役に立った。

男が倒れているのを見ていると、慌てたようにロックが馬車に駆け寄ってくる。

中に入ろうとしてきたので、彼まで弾かれてはいけない。すぐに魔法石を解除する。

純度の高い魔石で作ったので、まだ数回発動させることができる代物だ。

「上手く出来て良かったわ」

魔法石の評価をしてから、ロックが馬車の中を覗き込んできたことで、シルヴィアは外に倒れている男を指さした。

「魔法で体が痺れています。今のうちに拘束してください」

「お怪我はありませんか?」

「私たちは大丈夫です」

シルヴィアだけではなくエリンも無事であることを伝えると、ロックはほっとしたように頷いた。

すぐに倒れている男を拘束する。

その後シルヴィアたちは馬車から降りることを許可されて外に出ると、馬車の前に3人の男が縛られた状態で転がされていた。御者が男たちの様子を確認していると、馬車から弾かれた男をロックが引きずっていき、3人の中に放りこんだ。

4人とも気を失っている。近くには剣が転がっていて、彼らが襲撃犯だと物語っていた。

「何が目的なのか、これから調べることになります。とりあえずシルヴィア様は先に屋敷に戻ってください。後のことは私がすべて対処しますので」

ここから先はロックの仕事だ。シルヴィアは大人しく屋敷に帰るのが一番いい。

「気を付けて」

それだけ言うと、再び馬車に乗り込んで、シルヴィアはリーンハルト公爵家へと帰るのだった。


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