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ヘイネス邸

「ただいまでいいはずなのに、なんだか変な気分ね」

「お嬢様は、まだヘイネス家の人間ですからただいまで合っていますよ」

玄関を潜って出迎えてくれた両親と使用人を前に、シルヴィアは不思議な感覚に襲われていた。

後ろについてきていたエリンがシルヴィアはまだヘイネス家の一員だと言ってくれなければ、ここが自分の本来住んでいる家だという自覚が薄くなりそうだった。

「お帰りなさいシルヴィア。元気そうでよかったわ」

「パーティーの時に見かけたが、話ができなかったからな。今日はゆっくり話ができるだろう」

母のアリアに抱きしめられてほっとしていると、エイターが嬉しそうにしている。

英雄たちのパーティーに両親も参加していたが、あの時はアレックスの婚約者として参加したシルヴィアは、会場で貴族と挨拶を交わした。ほとんどがリーンハルト公爵家に近い貴族や親交のある貴族と会話をすることなり、両親と会場でゆっくり会話をする暇がなかったのだ。

エイターたちは遠くからシルヴィアがアレックスと一緒に社交を頑張っている姿を確認して、アレックスにサポートされながらもなんとか婚約者として立ち振舞っている娘に安心していた。

「公爵家でのことを聞きたいわ。公爵夫妻もあなたのことを歓迎していたし、上手くやっていると思ってはいたのよ」

エリンは久しぶりのヘイネス家の侍女たちと再会している。彼女は彼女でヘイネス家を満喫させてあげるべきだと考えて、シルヴィアは声を掛けることなく両親と一緒に部屋へと移動した。

「アレックス様とも仲良くやっているのよね。婚約者として何か公爵家のお役に立てているのかしら?」

部屋に到着するまでにアリアの質問攻めにあう。会えなかった分気になっていたことをここぞとばかりに聞いてきたのだ。

「シルヴィアが困っているだろう。話はゆっくり座りながらすればいいんだから」

そんな妻の姿に少し呆れたようにエイターが言う。聞きたいことはエイターもあるはずだが、それを我慢していたのだ。

「久しぶりに娘に会えて嬉しくなってしまったのよ」

2人は相変わらずの様子でシルヴィアもほっとする。

リーンハルト公爵家に婚約者として移り住んで、それほど時間は経っていない。それでも、随分離れていたような気がして、懐かしさが込み上げてきた。

「私がいなかった間のお母様たちのことも聞かせてほしいわ」

「それもそうね」

「夕食は一緒にいられるのだろう?」

変わらない両親の暖かさに安心しながら3人で歩いていく。

部屋にはお茶がすでに用意され、使用人は誰もいなかった。

久しぶりの親子の再会に気を遣ってくれたのだ。

エリンも追いかけてくる気配がなかった。

用意されたお茶を飲みながら、シルヴィアは公爵家での日常を話していく。相槌をしながら両親も同時期に起こった些細なことを話してくれ、会話は弾んでいった。

「お父様とお母様に報告しておきたいことがあるの」

最近の話までした後に、シルヴィアは1つ重要なことを両親に打ち明けることにしていた。

「私の魔法石の職人としての力に気が付いた魔法師様がいるの」

2人は驚いた顔をしたが、それも一瞬でお互いに顔を見合わせると静かにシルヴィアに話の続きを促した。

「その方は魔塔主候補で、英雄魔法師のミッチル=アロエン様よ。アレックスが討伐の時に使った魔法石の魔力と私の魔力が同じだということに気が付いて、魔法石の制作者が私だと確信したの」

小さな力を宿した魔法石はデイビットの店で売られていた。多くの人がシルヴィアの魔法石を使っているだろうが、誰もシルヴィアが作ったものだとは気が付くことはない。

魔力が同じだと見ただけで判断できるのは魔塔主になれる程の実力を持った魔法師だけだろう。

ミッチルに見抜かれたことは偶然としか言いようがなかった。

「アロエン様は、魔法石の制作者がシルヴィアだと知ってどうしたの?」

アリアが心配そうに尋ねてきた。

今までシルヴィアが魔法石を作れることを公表してこなかったのは、あまりにも強い魔法石を簡単に作れてしまう魔力と技術が悪用されないためだった。ミッチルがどう判断したのか気になるのは仕方がない。

「ミッチル様は魔法石の職人に対してとても寛容な考えを持っているの」

最初はシルヴィアも警戒したが、彼女は魔法石の職人の重要性を熱を持って語ってくれた。シルヴィアを魔法石士という地位に就かせたいという願望も話してくれて、悪用するようには見えなかった。

しっかりとした地位を持てば下手に貴族から圧力をかけられて利用されることもなくなる。喜ぶべきことではあったが、これはあくまでもミッチルの願望で今すぐ実現できることでもない。

慎重に進めていかなければいけないことであったが、秘密を知ったうえで味方でいてくれる人が増えたことはシルヴィアにとって嬉しいことだった。

そのことを両親に話すと、2人は不安そうにしていた表情が少しずつ和らいでいくのがわかった。

「よき理解者を見つけたな」

「偶然ではあったけど、ミッチル様はこの先もきっと協力してくれると思っているわ」

エイターが嬉しそうに言ってくれたので、シルヴィアも笑顔で答えた。

話し終えると見計らったように扉を叩く音が聞こえた。

「お食事の準備が出来ました」

「あら、もうそんな時間だったのね」

時間を確認すると、いつもならすでに夕食をしている時間を過ぎていた。話に夢中になって時間を忘れてしまっていた。久しぶりの再会ということで使用人たちも声を掛けずに待ってくれていたが、遅くなりすぎるといけないと思い執事のヘルンが呼びに来てくれたのだ。

「久しぶりのヘイネス家での食事ね」

「今日はお嬢様の好きな物を用意すると料理長も張り切っておりましたよ」

部屋を出る時に呟いた声をヘルンが拾って返事をしてくれた。料理長もシルヴィアが帰ってきてくれたことを喜んでいるようで、朝から張り切っていたらしい。

使用人達にも歓迎されていることに嬉しさが募る。

「シルヴィア。さっきの話だが、魔法師のリッチ様にも手紙を出しておいた方がいいと思うぞ」

廊下を歩きながらエイターが思い出したように言ってきた。

「シールズ先生に?」

「魔法石の事で魔法師が関わったのなら、一応報告はしておくべきだろう。リッチ様も何か対応してくれるかもしれない」

シールズ=リッチは魔塔の魔法師だ。シルヴィアの魔力測定に関わった魔法師で、魔力は十分にあるが魔法を使いこなせないという評価を受けて、何とかシルヴィアの膨大な魔力を活用できないかと試行錯誤してくれた人だった。

色々と世話をしてくれた結果、魔法石の職人という立場を見出してくれた魔法師だ。

ある程度の魔法石の職人としての知識や技術を教えてくれた後は、あまり関わり合いになっていると周囲にいろいろと探られてしまうということでほとんど関りを持たなくなっていた。

時々手紙が来ることはあったが、当たり障りのない内容で、シルヴィアも魔法石に関する話を一切出すことなく、穏便な手紙を返すだけの関係になっていた。

シルヴィアの魔法石の職人としての秘密を知っている魔法師ではあったが、連絡を取る機会が少ないためすっかり忘れていた。

よく考えれば魔塔に2人、シルヴィアを知る魔法師がいることになる。

「そうね。先生にも連絡してみるわ。もしかしたらミッチル様と親しいかもしれないし」

ミッチルが訪ねて来た時も、シールズのことを思い出すことがなかった。薄情だと思われるかもしれないが、魔法師と関りがあることを知られないためにもこれくらいがちょうどよかった。

ただ、ミッチルとはこれから何度も顔を合わせることになりそうだったので、シールズにも伝えておくべきだと考えたのだ。

「もしかしたら久しぶりに会えるかもしれないわね」

「そういえばいつ会ったかしら?」

アリアが懐かしむように言うと、シルヴィアもいつ会ったのか思い出そうして、しばらく顔を合わせていなかったことに気が付いた。

手紙のやり取りはしていても直接顔を合わせることは控えていた。シルヴィアが成人したときも手紙とお祝いの品が届いただけだったことを思い出す。

公爵家に戻ったらすぐにでも連絡を取ってみようと考えながら、今は料理長が腕を振るって準備してくれた食堂へと向かうのだった。


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