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守りの魔法石

「シルヴィアにもう一つ伝えないといけないことがあったんだ」

「何かしら?」

部屋に戻ったシルヴィアは送ってくれたアレックスと別れようとしたところで、彼が思い出したように言ってきた。部屋の扉を閉めるタイミングを失って2人は向かい合って立ったままになってしまう。

部屋に入ってもらおうかと思ったシルヴィアだが、アレックスはそれを制するように出かける時に渡したブローチを見せてきた。

それを見た瞬間、シルヴィアの表情が曇る。

「これって・・・」

見ただけでわかったのだ。ブローチについている魔法石が発動した痕跡があった。小さな魔法石は純度もそれほど高くないため弱い魔法しか組み込めなかったが、それでも可能な限りの状態異常から身に着けている人を守ってくれる魔法になっていた。

毒や、何かの薬で体に異常が出ることを防いでくれる。持ち主本人が発動させるのが本来の魔法石の使い方だが、シルヴィアは気が付かないうちに毒や薬を盛られても勝手に発動するように工夫していたのだ。シルヴィアだからこそ純度の低い魔石でもそれが可能になっていた。

「まさかお城で?」

お守りとして渡したが、城の中で危険が起こるとは思ってもいなかった。そのため信じられないと言いたげに顔を上げると、アレックスはそのまさかだと言うように頷いた。

「誰が・・・公爵家を恨んでいる人がいたの?」

「それは違うな。盛られたものも毒ではないだろう」

何か心当たりがありそうな言い方に、恨まれているわけではなくてもアレックスに危害を加えようとした人物がいたことが衝撃だった。

リーンハルト公爵家は王国の政に深く関わっている家ではない。宰相や大臣たちの方がよっぽど繋がりは深い。それよりも個人的なことで恨みを買う可能性の方が高かった。だが、アレックスは誰かに恨まれて毒を盛られたことを否定している。

「薬の種類はだいたい想像できている。恨みというより妬みに近いだろうな」

相手もわかっているのか彼は冷静に話をしていく。犯人も何を盛られたのかもわかっているのに、彼は冷静だった。

「簡単な説明になるが、俺がシルヴィアと婚約したことを面白くないと思う者がいる。婚約を破談にしたいと思ったのだろう。俺に薬を飲ませて動けなくなった隙に既成事実でも作りたいと考えたようだ」

「既成事実って・・・」

「おそらく盛ったのは媚薬か睡眠薬。気が付いた時に2人だけで乱れた姿で部屋にいて、誰かにそれを目撃させる。その後責任を取れと騒げば、簡単にシルヴィアとの婚約を破棄させて自分が隣に立てるようになるという考えだったと思う」

話を聞いているだけで相手が女性であることはわかった。アレックスに好意を持っている人間が彼と結婚するために行動を起こしたと考えているようで、その薬を飲まされたため魔法石が反応したのだ。

魔法石がなかったらどうなっていたか、考えただけでぞっとする。

急に顔色を変えたシルヴィアに、アレックスは大丈夫だと諭すように声を掛けてくる。

「もしも魔法石がなかったとしても体に異常が出た時点でその場を離れる余力はあっただろう。リーンハルトの公子であり、悪竜を倒した英雄を相手も舐めていたんだろうな」

捕まってしまって意識を失っていたら危なかったが、アレックスも幼い頃から訓練は受けている。耐性もある程度付いているので、体に異常があれば全力で逃げることもできた。

「この魔法石は一度きりの使い捨てだったの。新しい物を用意するわ」

これくらいの魔法石ならすぐに用意できる。材料はすぐに手に入るし、魔方陣も簡単だ。大丈夫だと言われてもアレックスは薬を盛られたのだ。その事実がシルヴィアには辛かった。

シルヴィアが何かされたわけではないが、明らかに傷ついた顔をしていると、そっとアレックスが抱き寄せてくれる。背中を優しく撫でられて凍てついた心が解けていくようだった。

腕の中で安心してくれた婚約者に、アレックスはわざと犯人の名前を言わなかった。

相手は王族だということもあるが、これが国王の耳に入れば騒ぎになる可能性もあったからだ。王族と言えど、公爵家に危害を加えようとした。抗議するに十分な理由になる。

ただ、王家のとの間に深い溝を作ることはできれば避けたい。今のところディールにはそれとなく報告しておいたが、何か大きな動きをするつもりがないようだった。

アレックスもそれに従うつもりでシルヴィアには薬を盛られたことを説明したが、それ以上何かをするつもりがない。

今回のことで薬が効かないのだと王女が気付いて反省してくれれば特に追及するつもりもなかった。

「シルヴィア」

名前を呼べば腕の中から顔を上げて落ち着きを取り戻したシルヴィアが見上げてくる。

ただ、瞳は悲しみを表すように揺れていた。

重たい空気が流れる中、頬に触れるとシルヴィアは縋りつくように大人しくしている。

「俺は大丈夫」

「・・・うん」

何かを悟ったようにシルヴィアが小さく返事をしてきた。

誰に薬を盛られたのか彼女も追及してこないことからアレックスの考えを理解してくれたようだった。

しばらく抱きしめているとシルヴィアが思い出したように顔を上げた。

「もうそろそろ午後の授業に行かないと」

空いている時間に話をしていたのだが、もう次の授業の時間が迫ってきていた。

薬を盛られた事実に動揺して午後からの授業に集中できないのではとアレックスが心配する中、シルヴィアはすでに頭を切り替えていた。

「アトリエに荷物を運んでもいいのよね」

アレックスから離れて慌てたように部屋を出ようとしたところで言ってくる。

「必要な物があれば言ってくれれば用意する。シルヴィアの荷物は屋敷の部屋に運んであったからそれをすべて移動させることは可能だ」

どこに何を置いたらいいのかシルヴィアは指示するだけでいい。

「いくつかの棚と、作業机が欲しいわ。奥に部屋があるみたいだし、魔法石の保管場所と魔石の保存場所も作らないと」

アトリエは入ってすぐに部屋だけを見せて戻って来たので、全体の説明が出来ていなかった。作業部屋以外にも物を保管しておくための空間もあるので、そこに必要な材料を仕舞うことは可能だ。

後日もう一度確認してから本格的に引っ越すことになるだろう。

授業の事よりもアトリエのことを考えてしまったシルヴィアは、再び授業のことを思い出して足早に部屋を出ようとした。その様子に薬のことはもう頭に内容でほっとするアレックスだ。

「シルヴィアにもう一つ伝えておきたいことがあるんだ」

扉を開けて廊下に出ようとしたところで、アレックスはまだ伝えていなかったことを思い出す。

シルヴィアの手を掴んで引き留めると、きょとんとした顔で見上げられた。

その姿が可愛いなと思ったが、まずは伝えるべきことを言わなければいけない。

「アトリエはここだけじゃなく、領地にも用意しているから、戻った時もいつでも魔法石を作れる環境になっているよ」

リーンハルト公爵領は王都の北にある。王都には社交シーズンの夏にいるが、それ以外は領地での生活が中心となる。領地の屋敷にも同じようにアトリエがあるが、そちらも改装してシルヴィアの作業部屋にしてくれていた。どちらにいても魔法石をいつでも作れる環境をアレックスは用意したのだ。

驚いた顔をするシルヴィアに、アレックスはさらに口を開いた。

「シルヴィアの魔法石が悪竜討伐で大いに役立ったことは知っていると思うが、一緒に討伐した魔法師が君の魔法石に興味を持った」

話が変わってしまったがシルヴィアの魔法石に興味を持った魔法師がいると聞いた瞬間、シルヴィアの表情が少し曇った。ずっと能力を隠してきたのに、悪竜討伐でシルヴィアの能力がばれたのかと不安そうに見上げてくる。

「その魔法師が、魔法石の職人で優れた人間は魔法師と同様の扱いを受けられる立場を作るべきだと言っていたんだ」

何が言いたいのかわからず、シルヴィアが首を傾げた。それもそうだろう。魔法師よりも劣る立場で、余りもののように扱われる存在がいきなり対等な立場になれると聞いても理解が追いつかないはずだ。

「魔法石の職人ではなく、魔法石士という称号をいつか作りたいと言っていた。その言葉に俺も賛同できた」

ゆっくりと落ち着いた雰囲気で言葉を選ぶ。

「今すぐということはできなくても、俺はいつかシルヴィアの力を公にして君が思い切り力を振るえる環境を作りたいと思っている」

今のシルヴィアは男爵令嬢という立場だけで、優れた魔法石を作れる職人であることを伏せて生きている。立場の強い者に利用されないため、それを理解してくれたリーンハルト公爵家も後ろ盾になってくれているから穏やかな生活が出来ているだけなのだ。

それを口外することになれば、シルヴィアの立場が危うくなる可能性がある。

そうなればシルヴィアはいつも不安でいることになり、のびのびと魔法石を作ることができなくなってしまうだろう。

「大丈夫。すぐに実行するわけじゃない。少しずつ地盤を固めて、シルヴィアの立場を確保したうえで魔法石を作れるようにしたいと思っている。そのための魔法石士という称号もいい考えだと思っているんだ」

まだ未来の事ではあるが、アレックスはいつかシルヴィアを国が認める魔法石士にできればと思った。ミッチルの考えを聞いて、より一層その思いが強くなったのだ。だが、1人で考えていてもシルヴィアが納得してくれなければ意味がない。だからこそアトリエを見せる時に打ち明けようと思っていた。

「魔法石師・・・」

シルヴィアはアレックスの考えを聞いてすぐには返事が出来なかった。今までずっと影で魔法石を作ってきた。これからもそうなのだと思っていたし、自分の力を打ち明ける考えを持つことがなかった。

「ゆっくりでいい。一緒に考えていかないか」

アレックスが優しく話しかけると、シルヴィアは少し考えてから小さく頷いた。具体的なことが何も想像できなくて困惑しているのが正直な気持ちだった。

考えを打ち明けてシルヴィアに押し付けるのではなく、一緒に考えていこうと言ってくれている。シルヴィアもアレックスの気持ちは理解しようとしていた。

「今はまだ男爵令嬢になるけど、俺と結婚すれば公爵夫人という立場に変わる。そうなればまた状況も変わってくるだろう」

アレックスの婚約者として公爵家に来たが、1年後に結婚式を挙げれば彼の妻になる。そして、アレックスが公爵位を継いだ時にはシルヴィアも公爵夫人となるのだ。

想像するとなんだか恥ずかしさが込み上げてきた。いろいろ考えなければいけないはずなのに、アレックスの妻ということが頭の中を占めてしまった。

そんなシルヴィアの考えを知ってか知らずか、アレックスがそっと額にキスを落としてきた。

「アレックス」

驚いて額を押さえたシルヴィアに、彼は嬉しそうに微笑む。

「俺との未来を考えてくれているような気がして嬉しかったから」

途端に頬が熱くなるシルヴィアと微笑ましくそれを眺めるアレックス。

2人の甘い雰囲気はしばらく続き、執事長が探しに来るまでその時間は続くことになった。


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