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招待

「シルヴィア・・・シルヴィア!」

母の声にシルヴィアは部屋を出て廊下の先で叫んでいるアリアに驚いた。

「お母様。そんなに大声を出してどうしたの?」

今は魔法石を作る作業部屋にいた。作業中は邪魔をしないようにいつもシルヴィアに声を掛けないアリアなのに、今回は手に一枚の紙を握りしめてシルヴィアに向かって大きく手を振っていた。

いつもと違う様子にシルヴィアは作業を中断して母親に駆け寄った。

アリアは慌てているというより嬉しそうにシルヴィアが近づいてくるのを待っているようで、シルヴィアがどうしたのかと声を掛ける前に部屋へと入るように促してくる。

部屋に入るとアリア付きの侍女が嬉しそうな雰囲気を隠すことなくお茶を用意してくれて、促されるままシルヴィアはソファに腰を降ろした。

「何かあったの?」

アリアは嬉しそうにシルヴィアの隣に座ると、手に持っていた紙を差し出してきた。

読めということのようだったので、受け取って目を通していく。

「これは・・・」

そこに書かれていたのはリーンハルト公爵夫人からのお茶会の招待だった。

「シルヴィアも当然行くでしょう」

悪竜討伐が成功して討伐隊が戻ってきてから数日。王都内は未だにその熱気に包まれたように賑やかさが衰えていない。城でも祝勝会を催すための準備が行われていて、2日後にはパーティーが開かれることになっている。貴族たちは今その準備に追われていた。

討伐が成功した時点でパーティーが行われることは決まっていた。そのためすぐに女性たちはドレスを新調し始めていたが、ヘイネル男爵家では新しいドレスを簡単に用意できるほど裕福でもないためドレスは既存の物を工夫して新しいドレスのように見せることを考えていた。シルヴィアの魔法石を売ったお金ならドレスを買うくらいできるが、急に裕福になってドレスを買い出したら怪しまれるので、そのお金を使うことはしない。シルヴィアもそれほど気にしていなかったので特にパーティーの準備で忙しいこともなかった。

討伐達が戻ってきてから、まだアレックスに会っていない。男爵家に来てくれるかと思っていたが、姿を見せることもなくきっと忙しいのだろうと思っていた。当然のように寂しさはあった。それでも英雄となった彼に簡単に会えるほどシルヴィアの地位は高いわけでもないので気持ちを押し込めていた。

「アレックスもいるかしら」

自分の気持ちが口からこぼれると、アリアは優しく微笑んで娘を見ていた。

「当然いるでしょう。アレックス様に会えるように公爵夫人が配慮してくれたと思っているわ」

手紙にはお茶会に誘う内容が書かれているだけで、アレックスのことは書かれていなかった。それでも彼も出席してくれるかと思うと自然と心が浮き立つのを感じた。

「行くわ」

深く考えることもなくシルヴィアはすぐに返事をした。

「それじゃすぐに準備をしないといけないわね」

「準備?」

「このお茶会は今日の午後なのよ」

「え、今日なの?」

数日後の話だと思っていたシルヴィアは驚いて立ち上がった。そんな急な誘いがあるとは思ってもいなかった。

「そうなのよ。急に来てほしいということだったの。向こうも来ることを前提に手紙を届けたと思うけれど、一応シルヴィアの意志も聞いておきたかったのよ」

最初からアリアはシルヴィアと一緒に公爵邸に行くつもりでいたようだ。手紙に日時が書かれていなかったが、渡されたのは1枚の紙だけ。他にも手紙があったのだろう。そちらに今日の午後だと書いてあったのを敢えて見せなかった。

「さぁ、すぐに準備をしないと。英雄になったアレックス様もいるでしょうし、できるだけ着飾っていきましょう」

そうは言っても男爵家で着飾れるレベルは知れている。公爵邸に招かれるには質素に見えてしまうドレスの方が多いはずだ。

事前にもっと準備をしておきたかったと今さら思うシルヴィアに、自室に戻るように言ったアリアも娘が出て行くとすぐに自分の準備に取り掛かった。

廊下に出されたシルヴィアは出されたお茶を飲めなかったなと思いながら、のんびりしていられないと我に返って早足で部屋へと戻る。

「エリン。急いで出かける準備をするわよ」

シルヴィアが作業部屋にいる間に部屋の掃除をしてくれていたエリンは、突然入ってきたシルヴィアがクローゼットを開けたことに驚いた。

「今日はどこにも出かける予定はなかったはずですが」

だからこそ魔法石を作ると言っていたはずのシルヴィアが慌てたように出かける準備をしようとしてエリンは持っていたはたきをパタパタと振っていた。

「急にリーンハルト公爵邸に行くことになったの。午後からの予定だけど今から準備しないと」

どのドレスを着ていくべきか迷いながら答えると、後ろでエリンが小さな悲鳴を上げた。

振り返ると、なぜか目をキラキラさせてはたきを床に落としている。

「ついにこの日が来たのですね」

「なんのこと?」

よくわからない反応にシルヴィアは首を傾げると、エリンは駆け寄ってきてクローゼットの中を漁り出した。

「この日のために用意しておいたドレスがあります。奥様と相談してお嬢様が一番可愛らしく見えるようにすることを目標にしていました」

そんなことを言いながら1着のクリーム色のドレスを取り出した。決して派手ではないが生地は上質な物を使っているようで肌触りがさらさらしている。フリルやレースもついていて可愛らしさの中にお淑やかな雰囲気もある落ち着いたドレスだった。

この日のためとエリンは言ったが、アレックスが戻ってきて公爵邸に招待される日のことを示していた。親交のあるヘイネス男爵家はきっと呼ばれる時がくる。その時に着るドレスをいつの間にか用意していたのだ。クローゼットに仕舞っていてもドレスに執着がないシルヴィアは気づくことがなかった。

「この日のためにアクセサリーも新調できれば良かったのですが、さすがにそこまでは予算がなかったようです」

「そんなこと気にしなくていいのに」

ドレスだけで十分驚かされたのに、他にも用意していたら嬉しさよりもお金の心配をすることになりそうだった。男爵家の予算など知れているということを思い知らされるし、シルヴィアの稼いだお金でもっといい物を買うことはできるが、それを両親は良しとしないだろう。

「さぁ、着替えましょう」

エリンがドレスを持ってシルヴィアを促す。その様子にどれだけドレスを着せる日を楽しみにしていたのかわかった。そして、部屋に戻るように言っていたアリアもきっと嬉しかったはずだ。そう思うとシルヴィアも自然と嬉しくなる。

「あ、そうだわ。着替える前に作業部屋に行ってくるわ」

魔法石の制作途中になっている。アリアに呼ばれて中断していたが、片づけをしないでそのままになっていた。このまま準備をして出かけてしまうと散らかしたままになってしまうことを思い出したのだ。

他の人に任せるわけにはいかないので、シルヴィアは一度部屋を出て作業部屋へと戻った。

貴重な物を作っていたわけではない。生活魔法に必要な魔法石を作っていた。ある程度数が揃えばデイビットのところに持って行くつもりでいたのだ。

部屋の片づけをしながら、シルヴィアは棚に置いてあった小さな箱に目を止めた。

「これは持って行こうかしら・・・」

宝石を入れておくようなビロードの箱。中にはブレスレットが入っている。それはただのアクセサリーではない。魔法石のブレスレットだった。

細かい作業が必要で、描く魔方陣も繊細で難しい。守護の魔法が施されたブレスレットだった。

アレックスに渡したものはもっと強固な守護の物だったが、これは身に着けている本人を守れる程度の物だ。アレックスが無事に戻って来た時にお祝いに何かプレゼントを用意したいと考えて作ったものだった。

アレックスに渡したものは急いでいたこともあって前に作っていた女性用のブレスレットだった。直接渡していないが渡されたアレックスが不思議に思ったかもしれない。今度は男性が身に着けても違和感のない装飾で作ってみたのだ。しかし、純度の高い魔法石を用意するのは大変だったため、討伐で渡したものよりも劣ることになった。

アレックスに会えるかどうかはわからないが、彼に会えたなら渡したいと考えた。

討伐隊が王都に戻って来た時人々は盛大に彼らを歓迎した。その中にシルヴィアは入ることなく遠くから連なっていく討伐隊を見るだけにした。近くにいたからと言ってアレックスを見られるかどうかわからない群衆だったことと、後で直接会うことができるだろうからと自分に言い聞かせたのだ。

「喜んでくれるといいけど」

箱を手にシルヴィアは着替えるために部屋へと戻るのだった。


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