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帰還

悪竜討伐に成功したという報せが王都中を駆け巡ってから1か月。

悪竜の討伐隊が王都の門を潜った日、王都の中は討伐隊を出迎えるためお祭り騒ぎとなっていた。

城へと向かう幅の広い道の両端に人々が集まって、討伐隊の列が通り過ぎていく。建物の屋上や2階からはこの日のために用意された花弁がまき散らされ、花吹雪で出迎えられていた。

待ちわびていた討伐隊の帰還がどれだけ嬉しいことなのか、それを教えるかのように花弁が風に乗って舞っていく。

その光景を見つめながら馬に乗ったアレックスは人々の声援に応えるように軽く手を振りながら前を進んでいた。

老若男女問わず、誰もが笑顔でアレックス達を見ている。

「派手な出迎えだな」

隣を進んでいるワイルダーは予想以上の出迎えに少し呆れているようにも見えた。

「それだけ悪竜討伐を人々が喜んでいるという証拠だろう」

「これじゃ、城に着くのが夕方になりそうだぞ」

昼過ぎに王都に到着したアレックス達は門を潜ってまっすぐに王城へと向かっていた。事前に知らせていたこともあって、王都の人々は出迎える準備をしてくれていたようだが、あまりの歓迎ぶりに馬もあまり前へ進めていなかった。アレックス達の後ろには馬ではなく馬車で移動していたミッチルとユミナがいる。その後ろを討伐隊に選ばれていた騎士たちが馬で追従して、その中に紛れるようにニコルもいるはずだった。あまり目立ちたくないということで騎士たちと一緒にいる。

悪竜を倒したメンバーは英雄として称される資格を持っている。ニコルも堂々として良いのに、彼は物静かな性格からか目立つことを嫌っていた。とりあえず隊列のどこかにはいてくれるのだから良しとしておくことにした。

先頭を行くアレックスは人々の群衆の中に知っている顔がないか何気なく周囲を見ていた。群衆に手を振ることも忘れない。女性が多い場所に手を振った瞬間、黄色い声が飛び交って響く。特定の誰かに手を振ったわけではなかったのだが、みな自分達が挨拶されたと思って喜んでいるようだった。

貴族の社交場でも目が合っただの声を掛けられただの自慢する令嬢がいることを思い出して、ちょっとだけうんざりした気分になった。身分は違っても世の女性たちの反応は変わりがないようだ。とはいえ、貴族令嬢たちの場合はそこからぐいぐい迫ってきたりするから質が悪い。今は声を上げているだけなので可愛いものだった。

違うところに目を向けると幼い子供たちが集まってこちらを見ている場所があった。背が低いことを配慮してもらったのか、一番前に行儀よく並んで目を大きく見開いてアレックス達を見ていた。その視線が憧れの眼差しに感じられて、悪竜討伐に成功したことで彼らを守れたという誇りが胸の中に芽生えた。

花吹雪はやむことなく城の門の前まで続くことになる。

隊列が通り過ぎても人々の歓喜が止むことはなく背後で騒がしい音が続いていた。アレックス達を出迎えた余韻が王都の中に充満しているようだ。

城の門を通り過ぎると馬から降りる。後ろについてきていた馬車からミッチルとユミナも姿を現した。

「なかなかすごいパレードだったわね」

「王都にあんな活気があったなんて、初めて見ました」

ミッチルが通ってきた方を見ながら感想を言うと、ユミナは人々の歓喜に影響されたのか興奮ぎみに返事をしていた。

後続の騎士たちの中からニコルも姿を見せると、アレックスは討伐隊を率いて城の中へと入っていった。

城の中は街とは違って静寂に包まれている。仕事をしている人々が行き交う通路は今日は討伐隊のために誰も通行していない。それでも仕事をしなければいけない人々が少しだけいるが、彼らは討伐隊が到着すると書類を抱えたまま軽く頭を下げて討伐隊を静かに出迎えてくれた。

その中を歩いて謁見の間へと向かうと、扉の前に2人の門番が立っていた。彼らは一度アレックス達に軽く頭を下げてから扉を同時に開けてくれる。

その瞬間、謁見の間にいた人々が一斉にアレックス達を見た。

真っすぐに伸びた王座へと続く絨毯。その両サイドに王都に滞在中のすべての貴族の代表が集められたようにぎっしり埋め尽くされていた。

誰も口を開かないが、その視線は英雄たちを称えるように尊敬のまなざしだ。

アレックスは周りの貴族を気にすることなく前に進むとまっすぐに王座に座る国王の前で止まった。

「アレックス=リーンハルト。悪竜討伐を成し遂げ、帰還いたしました」

「ご苦労であった。苦しい戦いであっただろうが、よくぞ戻った」

右手を胸に当てて軽く頭を下げて報告すると、アーベスト国王の低く静かな声が返ってきた。

その瞬間、場の空気が一気に変わったのがわかった。少しだけ緊張感の漂っていた場が、国王の言葉で和んだのだ。討伐隊の帰還に労いの言葉で安堵感が広がる。

「詳しい話は後日聞くことになるだろうが、今日は悪竜討伐を成し遂げた5名に英雄としての称号を与える」

その言葉で近くに立っていた王太子のリーヒル=アーベストが手のひらに乗せられるほどの小さな箱を持って来た。

「これが英雄としての証だ」

箱を開けると黄金色の太陽をモチーフにしたような形のブローチが入っていた。箱ごとブローチを受け取ると、貴族たちの間で拍手が起こる。感嘆のため息も聞こえてきて、ここでアレックス達が英雄になることに異論を唱える者が誰もいないことを確認できた。

「悪竜討伐は国を挙げて成功させなければいけない重要事項だった。それを成し遂げた5名には英雄としての称号だけでは物足りないだろう。それぞれ1つ褒美を取らせる。何か望む物があれば遠慮なく言ってみなさい」

アーベスト国王の優しい声に最初に反応したのはミッチルだった。

「魔塔所属の魔術師ミッチル=アロエンです。叶えていただけるのでしたら、魔塔での研究に必要な書物で、王立図書館にある閲覧禁止の魔法書を読む権利を与えていただきたいです」

褒美という言葉にミッチルはすぐに飛びついて遠慮のなく申し込みをしてきた。

それほど読みたい書物があるのだろう。

「それは古代魔法が書かれている魔法書の事か?」

「はい。危険な魔法も含まれているため魔法師でさえ読むことができず、魔塔主様だけが許されている本です。私にもその許可が欲しいです」

古代魔法の研究は魔法師も行っているが、危険な魔法も含まれているため危険性の低い古代魔法の研究は許されているが、それ以外は魔塔主だけが許されていた。英雄になったミッチルは魔塔主と同等の権利を主張してきたのだ。

「もちろん危険性は承知しています。定期的に魔塔主様に報告するという条件でも構いません」

条件を先に示すことでミッチルは何としても魔法書を読みたいと思っている。その熱が伝わってきて、アレックスは自分の要望もここで言っても大丈夫なのではないかと思った。

「わかった。ただし、魔塔主と話し合ったうえで返事をさせてもらう」

「ありがとうございます」

ミッチルが嬉しそうに一歩後ろに引くと、他の3人は褒美と聞いて何も思いつかないのか考える素振りを見せた。

その様子にアレックスは自分の要望を先に言うことにした。

「私アレックス=リーンハルトの願いは・・・」

真っすぐに国王を見据え、自分の意思の強さを主張するように願いを口にする。

そこで口にした言葉に、その場にいた誰もが耳を疑うことになり、場は騒然となることとなった。

それでもアレックスは自分の意思を曲げることなく願いを口にすることになった。


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