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今日も王都は大きな事件もないまま静かな1日となっていた。

ただ、朝から降り続く雨でシルヴィアの気分は少しだけ沈んでいた。

「もう5日よね」

窓から外を見ながら愚痴をこぼすが、雨がやんでくれる気配は全くない。

王都には珍しく雨が5日間続いた。それほど強い雨ではないため生活に大きな支障が出ているわけではない。それでも毎日どんよりとした雲に覆われた空。湿気が多くなってジメジメとした空気。どれだけ元気に1日を過ごそうと思っても、気持ちがどこか重くなるのは仕方がないことだった。

「出かけるにしても濡れて汚れてしまうし、魔法石を作るにも気分が乗らないわよね」

「だからといって、1日お屋敷に居てはお嬢様にカビが生えてしまいますよ」

独り言のつもりだったのだが、部屋にいたエリンはしっかりとシルヴィアの言葉に返事をしてきた。雨のせいで屋敷から出ることをせず、魔法石を作る気力も起きなくて、部屋で読書をしていた。図書館から借りてきた本を読んでしまおうとしたのだ。ただ、読書もこの雨であまり進んでいなかった。

部屋から出ることもあまりしないシルヴィアを心配してエリンは動くように説得しているつもりだ。カビは生えてほしくないが、だからといってどこかに出かける気にもならない。

「お父様は?」

「お仕事で出かけています。奥様もご友人のお屋敷に招待されて今頃お茶を楽しんでいると思いますよ」

両親は不在で、シルヴィアだけがこれといった何かをするわけでもなく屋敷に居たのだ。

「デイビットのところに行くにしても、新しい魔法石もあまりないし、公爵家からも連絡がないのよね」

「他に出かける場所はあると思いますし、どちらも魔法石関連ですね」

エリンの指摘はもっともだった。魔法石を作ってデイビットの店に行くか、リーンハルト公爵家から魔法石の依頼を受けることしかシルヴィアには用事がないように聞こえてしまう。

「リーンハルト公爵領も今は落ち着いているみたいだし、新しい魔法石は必要ないのでしょうね」

魔物避けと結界の魔法石を渡してから、ディールはすぐに騎士団長と一緒に公爵領へと向かっていた。危険な場所になるので夫人であるセレスは王都に残ったが、ディールもリーンハルトの主都に滞在して、騎士団が魔物に襲われている集落に魔法石を届けたらしい。騎士団長に一任するのかと思っていたが、自分の領地の危機は自分で動かなければと考えたのか、ディールも領地へと向かったのだ。

自ら集落を訪れて魔法石を発動させたらしく、その効果は抜群で、魔物避けを発動させると魔物たちは何かに驚いたように集落から逃げていき、時々近づいてくる魔物を騎士たちが討伐していた。結界を施した小さな町は魔物が近づいてくるが、結界の中には決して入ることができず、安全を確保することができた。こちらも結界の外に出れば魔物に襲われるので、騎士たちが討伐をしている。ただ、町を守りながらではなくなった分騎士たちも安心して戦いに専念できていた。

その報告はリーンハルトの主都にいるディールから直接シルヴィアに手紙で報告が来ていた。

魔法石が役立ってくれたことを嬉しく思うが、魔物がいるということは悪竜が影響していることなので、まだ戦いが終わっていないことを意味し、討伐に向かったアレックスの心配をしてしまう。

シルヴィアにできることは無事に帰ってきてくれることを祈ること。そして、シルヴィア自身が元気でいることだ。

「失礼します」

読書をしようとしていたが、再び窓の外に視線が向いていたシルヴィアはその声で部屋の扉を見つめた。

入ってきたのは執事のヘルン=ペネルだ。茶色の髪に同じ色の瞳はいつも穏やかで彼と向き合うと不思議とほっとする。父親よりも年上で、長年ヘイネス家に仕えている古株執事は何でも知っていると言っていい。そして、年のせいなのかすべてを受け入れてくれるような雰囲気を持っている。

ヘルンは新聞を持っているようだったが、毎朝届けられる新聞にしては薄い。そして、文字も大きくていつもの新聞でないことは明らかだった。

「どうしたの?」

「外で号外が配られていました。街の中でも配っているようですが、貴族が多く住むこの地区は各屋敷に届けてくれたようです」

「号外?」

雨の中何かが起こったのか、こんな日に号外を配るということはよっぽどのことなのだろう。

手を伸ばせばそっと新聞が載せられる。ヘルンは中身を確認しているはずだがそれを口にすることなくシルヴィアに内容を読ませてくれる。

号外は基本王家に関することで発行されることが多い。それ以外はいつもの新聞に載せれば問題ないのだ。

何が書かれているのだろうと少しだけ興味を持ちながら広げられた新聞で、最初に目に飛び込んできたのは、大きな文字で書かれていた悪竜だった。

ドキリとすると同時に、その続きに討伐と成功という文字があった。

『悪竜討伐に成功した』

その文字にシルヴィアは息を吸い込んで吐き出すことを忘れてしまった。

「倒されたんですね」

少し距離があったがエリンも首を伸ばして新聞を覗いていた。本来なら不興を買う仕草だが誰もそれを咎めたりしない。

「・・・アレックスが勝ったのね」

吐きだす息とともに安堵の言葉が漏れる。

そのまま新聞を胸に抱きしめたい気持ちになったが、これは両親も帰ってきてから読むはずだからと気づいて、深呼吸をしてから新聞の続きを読むことにした。

「討伐に向かったメンバーはすべてイグリット侯爵領の主都に戻ってきたのね。魔物がまだ残っているようだけれど、悪竜自体は討伐できたから、今後魔物が増える心配もないし、侯爵領内も落ち着きそうね」

新聞に目を通しながら声に出していく。いつまでも新聞を遠くから覗くことのできないエリンのために内容を言葉にしていたのもあるが、自分に言い聞かせる意味もあった。

「アレックス公子様もすぐに戻ってこられそうで良かったですね」

話を聞いていたエリンは嬉しそうに言ってきたが、ヘルンはわずかに眉を動かした。それに気が付くことがなかったシルヴィアは新聞の続きを読んで嬉しかった気持ちが一瞬にして凍り付くのを感じた。

「・・・すぐには戻ってこられないかもしれないわ」

「どうしてですか?」

首を傾げるエリンに、シルヴィアはすぐに答えられなかった。

「怪我人が出ているため、治療が優先されます。安定したところで王都への期間となるでしょう」

シルヴィアが言葉に詰まっている間にヘルンが答えていた。

怪我人がいる。それも重症者がいることが書かれていた。それが誰なのか名前は書かれていないし、怪我の具合もわからない。だが、悪竜討伐に向かったメンバーの中だということはわかった。

主都に残って魔物討伐をしていた討伐隊にも怪我人は複数出ているようだが、そちらも大まかな情報しか載せられていないため、詳しいことは何もわからない。

ただ、討伐に向かったメンバーに重傷者がいるということはアレックスがその重傷者の可能性もあった。

討伐成功に心浮かれていたが、一瞬にして叩き落とされた気分になる。

「でも、公子様が怪我をしたとは限りませんよね」

エリンが希望を口にするが、シルヴィアの不安は消えない。確かにアレックス以外に怪我人が出ている可能性だって十分に考えられるが、どうしても彼が怪我をしたのではないかと思ってしまう。彼の無事な姿を見ない限りこの不安は消えることはない。

それでも、シルヴィアは気持ちを切り替えるように新聞をテーブルに置いた。

ここで彼の心配をしていてもシルヴィアにできることはない。回復師が付いているのだから怪我をしていてもきっとすぐに良くなるはずだ。悪竜はもういないのだから休息も十分に取れるだろう。

前向きに考えなければ心が落ち着かない。

「魔法石を作るわ」

立ち上がったシルヴィアは魔法石を作るために部屋を出ようとした。

「さっきまでやる気がなかったのに」

驚いたエリンの声を背中に受けてシルヴィアは振り返って笑顔を作った。

「何かしていないと落ち着かないでしょう。それに私にできることを今はしておきたいの」

気持ちを切り替えるためにも新しい魔法石を作ってみることも考える。上質な魔石があったかどうか考えながら部屋を出ようとすると、ヘルンが何も言わずに扉を開けてくれた。

シルヴィアの考えていることを理解した彼は、今はシルヴィアの好きなようにさせてあげることが一番だと考えたようだった。

できる執事に戸惑う侍女を残して、シルヴィアは魔法石のことを考えながら1人廊下を進んでいくことになった。


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