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悪竜

空は広くどこまでも青い。

清々しいという表現が似合いそうなのだが、目の前を見たアレックスは、少し先に蠢く魔物の群れに現実に引き戻されることになった。

「・・・多いな」

「しかもデカいぞ」

隣に立つワイルダーが軽い口調で言う。そう言わなければ気が滅入ってしまいそうだという気持ちが伝わってくるので、内心で同意していた。

主都イグリナを出発してから魔物との戦闘が絶えない。

悪竜討伐隊はイグリナの騎士団と合流して城を中心に魔物討伐を始めた。

ここからはアレックス達は別行動になる。本当の意味での悪竜討伐隊が悪竜に向けて出発したのだ。

選抜されたメンバーは5名。

アレックスを筆頭に騎士のワイルダーと魔法師のミッチル。回復師のユミナに凄腕の弓の使い手として引き抜いてきたニコル=ロックスだ。

「魔法で一掃しても、すぐに新しい魔物で道が塞がりそうね」

「でも、この先に悪竜がいるわけですし、突破しないといけませんよ」

ミッチルが魔物たちを眺めながら言うと、ユミナが不安そうにしながら意見する。

魔物が増えれば増えるほど、悪竜に近づいている証拠でもある。だが、それだけ近づくのに苦労するということでもあった。

過去に悪竜討伐をしてきた討伐隊もこの魔物の群れを制覇して悪竜と対峙してきたのだ。自分達もそれができなければ悪竜を倒せないし、失敗すれば国が滅びる。新しい討伐隊が編成されるのに時間がかかればそれだけ被害も大きくなる。

そうならないためにもアレックス達が悪竜を討伐しなければいけない。

「残してきた部隊も一緒に来た方が良かったんじゃ・・・」

「それはない。人数が多ければいいということじゃない」

ユミナが残してきた討伐隊を思い出すように後ろを振り返ったが、アレックスはきっぱりと否定した。

どれだけ人数がいても力が弱ければ悪竜に辿り着く前に命を落とす。ただ被害を大きくする可能性もあった。今までの討伐隊も悪竜と戦う者たちは少数精鋭だった。それが一番悪竜との戦いに向いているということだ。先人たちの経験を覆してまで大勢で討伐するリスクはアレックスの中になかった。

「メンバーを選抜したのはアレックスだ。こいつを信じて俺たちはひたすら前に進むことだけ考えたほうがいいぞ」

推薦されて討伐隊に加わった者たちの中からアレックスが厳選したメンバーだった。

騎士団ではエースと呼ばれるワイルダーを。魔塔から魔塔主候補にもなっているミッチル。神殿から回復能力の高いユミナを選んだ。弓使いのニコルは公爵領で親交のある部族から引き抜いてきた。彼の弓の腕はアレックスも知っている。今回の討伐に必要だと思い要請したのだが、命がけの戦いにも関わらず承諾してくれたのだ。

そのニコルはずっと話を聞いているだけで口を挟んでこなかった。もともと無口なタイプで必要なことだけを話す。アレックスと年も変わらないが、黒髪に赤みのある黒い瞳は暗い印象を与えるのか、他のメンバーも気さくに話しかけることはしなかった。

「とにかく、目の前の魔物を排除しないといけないな」

蠢く魔物の群れは少し離れているから小さく見えるが、間近では見上げるほどの大きさになりそうだった。

「魔法でドーンとやっちゃう?」

「無駄に魔力を使うと、悪竜と戦う時に困ることになるぞ」

「大丈夫よ。魔力量は多いから。それに配分も考えているわ」

ミッチルが親指を立ててくるが、あまり魔法を派手に使わせたくなかった。彼女なりに配分を考えていても、悪竜とどんな戦いが待っているのかわからない。できるだけ温存しておいてもらった方がいい。

アレックスは腰に括りつけていた袋に手を入れると小さな球を取り出した。

「ニコル」

振り返って声を掛ければ、黒髪の青年が首を傾げた。

「これをできるだけ遠くに飛ばせるか?」

小さな球は緑色の魔法石だった。

「できるだけ魔物が沢山いる中心に落としてほしい」

高いところにいるわけではないので魔物がどれくらい集まっているのか奥の方は見えない。だが、魔物の壁のようになっていて、どこに魔法石を落としても確実に攻撃が当たることだけはわかっていた。

どこに落とすかはニコルに任せることにしたのだ。

彼は頷くと魔法石を受け取って矢尻に魔法石を括り付けようとした。それをミッチルが止めた。

「魔法石分の重みと抵抗力が出るでしょう。ただ矢を放つ感覚に魔法でしておくわ」

より遠くまで飛ばせるようにとミッチルが魔法で矢と魔法石を繋ぎ止めた。

そして、矢に繋いだ魔法石をしばらく見てからアレックスに鋭い視線を向けてくる。

そこでは何も言わなかったが、ミッチルが魔法石から何かを感じ取ったことだけはわかった。

アレックスは何も言わずニコルに視線を向けると、彼はまっすぐ遠くを見据えてから弓を構えた。合図はなく、魔物の群がる遠くに定めて矢が放たれる。

「アロエン」

「何かしら?」

魔法師の名前を呼べば、期待に満ちた視線を向けられた。だが、アレックスは彼女が欲しい言葉とは違うことを口にした。

「どれだけの衝撃が来るのかわからない。備えてくれ」

「わからないって、あなたが用意した魔法石でしょう。攻撃範囲とか威力は把握してないの?」

「預かっただけで、簡単な説明しかもらっていない。ただ、広範囲攻撃の威力も強いことだけはわかっている」

「・・・それはわかっていると言っていいのかしら」

完全に呆れたと言いたげなミッチルを無視して、アレックスは矢が飛んでいった方に視線を向けた。弧を描くように空へと放たれた矢は、やがて地上に向かって魔物の中へと落ちていくのがわかった。そして、微かではあるが魔法石が緑の光を放っているように見えた。

「来るぞ」

その言葉だけでミッチルがすぐに動く。先頭に立つと両手を前に突き出して呪文を唱える。薄い膜が討伐隊全員を包み込むように作られた瞬間、魔物の後方で激しい光が迸ると、轟音が響いて青白い稲光が地上から空へと暴れるように放たれる光景を目にすることになった。

雷は空を駆け巡って再び地上に突き刺さるように落ちてくる。その雷に打たれた魔物は一瞬にして黒焦げとなり、雷に触れただけの魔物も熱で焼かれてしまう。

それはアレックス達から見えていた魔物たちにも伝播していったのか、雷から発生した炎が魔物たちを飲み込んでいった。

「うわぁ。俺たちの出番ないじゃん」

「凄すぎます」

その光景にワイルダーが頭を掻いて呟くと、ユミナが唖然とした。

ニコルも自分で放った矢が一面の魔物を倒していることに開いた口が塞がらない状態となっていた。

唯一ミッチルだけが目を輝かせている。

「あの魔法石、一体誰が作ったのかしら。素晴らしいわ」

魔法師は自分達で魔法が使えるから魔法石にはあまり興味がない。それに魔法師の余りもののように扱われている魔法石の職人が作った魔法石はたいしたことがないという認識でもあった。

それが目の前で魔法師でも放つのが難しそうな強力な魔法が暴れているのだ。

「作成者、絶対に教えてもらうわよ」

両手を突き出したままミッチルはアレックスを睨むようにして言ってくる。その口元は獲物を逃がさないと言いたげにニヤリと口角を上げていた。

「今は悪竜討伐に集中しろ」

話題を変えてアレックスは前を向いた。ミッチルはきっとこれからも魔法石の制作者を聞いてくるだろうが、話すつもりはない。ミッチルは魔法石の職人に好意的ではあるが、だからといってシルヴィアを危険に晒すようなことをするわけにはいかない。彼女が自分の意思とは関係なく利用されるようなことがあってはいけない。大切な人を守るためにも、討伐が無事に終ったとしても口を開く予定はなかった。

気が付けば魔物で溢れかえっていた平原が黒焦げの何かが転がっている様変わりした光景になっていた。

アレックス達の場所まで雷が来ることはなかったため、ミッチルが張ってくれた結界に影響はなく、すぐに結界が解かれた。

「凄いな」

ワイルダーの言葉に誰もが頷く。アレックスは前に進んで雷を避けることができた魔物を確認した。

魔法石を中心にほとんどの魔物が消えてしまったが、離れた場所にいた魔物はまだ残っている。

「先に進むぞ」

せっかく開けた道を放置してしまうと、再び魔物で塞がれてしまうだろう。

その前に先に進んで悪竜に少しでも近づきたい。

走り出したアレックスについてくるようにワイルダーがすぐ後ろを走ってくる。その後をミッチルとユミナ、最後をニコルがついてきた。

体力の少ない魔法師と回復師は魔法で体を強化しているのでアレックス達に合わせてくることができていた。仲間の心配をする必要がないため、アレックスは真っすぐに突き進むだけだった。

魔物が蠢いていた場所を突き進み、近づいてきた魔物を切り伏せて進んでいく。

この先に倒さなければいけない悪竜がいる。悪竜を倒さなければ放たれる瘴気もずっと継続されてしまい魔物がどんどん増えていくことになる。

使命に突き動かされるようにアレックス達は前に進むだけだった。

巨大な魔物はミッチルの魔法で撃破する。時間をかけずに進んでいると、不意にアレックスは足を止めた。

空気が変わった気がしたのだ。

言葉では言い表せない不思議な感覚だが、明らかに異様な空気がそこにあった。

「・・・来る」

何がと言わなくても誰もがこの空気を敏感に感じ取っていた。

魔物が襲ってくるのを剣で薙ぎ払いながら、前方に意識を向けた途端、何かが上空を通った。

それと同時に巻き起こった風が土を舞い上げて視界を塞ぐ。

ミッチルが咄嗟に防御壁を築いてくれたおかげで、視界が塞がれた状態で攻撃してきた魔物を跳ね返してくれる。

「今のなに?」

ユミナが微かに震える声で空を見上げたが、舞い上がった土煙でよく見えない。

「・・・あれが悪竜か」

ワイルダーの緊張した声にアレックスも視界の良くない空を見上げた。

晴れた青空を黒い物体が飛んでいった。

一瞬ではあったが、巨体を空に浮かび上がらせる翼もはっきりと認識できたし、長い首に爬虫類のような鱗があったのもわかった。

報告にあった悪竜そのものの姿を間近で捕らえた瞬間だった。

「でかいな」

ニコルの呟きに同感だった。報告では遠くから見ただけの姿を聞かされていた。近くに行けばもっと大きな体なのだろうと予想していたが、それを越える大きさにさすがのアレックスも不安が心の奥に生まれた。

だが、ここで諦めるわけにはいかない。アレックス達は悪竜を倒すために選ばれた戦士なのだから。

手首に触れるとブレスレットの冷たい感触が指に伝わってくる。

悪竜を倒さなければ多くの人たちが犠牲になる。その中にはアレックスが守りたい人も含まれている。

一度深く呼吸をしてから心を落ち着かせると、いつの間にか土煙は収まって視界が開けた。

そこには魔物が蠢いていて、その先に先ほど飛んでいた悪竜が大きな翼を広げて地上に降りていた。

「あっちも戦う気満々みたいだな」

絵本などで表現されることの多いドラゴンに類似した生き物は、ぎらぎらとした殺気を放つようにこちらを見ているのがわかった。

ワイルダーが隣に立って言葉を零すが、先ほどの緊張があまりないように感じられた。彼も覚悟を決めたのだろう。

「ニコル」

呼びかけながらアレックスは腰の袋から今度は青い魔法石を取り出してニコルに放り投げた。

それを受け取ったニコルは理解していたように矢に取り付けようとする。

それをミッチルが魔法で固定すると、何も言わなくても悪竜に標準を定めた。

「防御壁を解除後、矢の攻撃で悪竜の動きを封じる。わずかな時間だろうがそこに隙ができるはずだ。皆覚悟はいいな」

魔法石は氷魔法。一点集中で氷の雨を降らせると説明があった。それを悪竜に放つことでどこまでダメージを与えられるのかわからない。それでも隙ができればアレックス達も攻撃することができる。周りの魔物も退けなければいけないが数は圧倒的に減っている。このまま突き進むしかない。

全員の顔を見ると、誰もが無言で頷いた。

「行くぞ」

それを合図にアレックス達は悪竜との戦いが始めることとなった。


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