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不安と祈り

その日は魔法石を作ることもなく、庭でのんびりとお茶を飲んでいた。

「・・・3か月ね」

お茶に誘ってくれた母親はカップをテーブルに置くとポツリと呟いた。それを聞いてシルヴィアも無意識にため息が出ていた。

悪竜討伐のためアレックスが王都を出発してから3か月が経つと、突然その知らせは王都中に広がった。

『討伐隊がイグリット侯爵領の主都イグリナに到着。侯爵騎士団とともに魔物と戦闘になり魔物を退けた。その後悪竜討伐に選ばれた少数が悪竜との戦闘に向かった』

新聞が出回ると、途端に人々の口に討伐の話題が一気に上った。ここ数日はその話ばかりで、悪竜討伐に向かった部隊がどうなっているのか、その後を知りたくて予想しながら話が広がっていた。

シルヴィアの耳にも悪竜討伐が本格的に始まったことはすぐに届いた。

アレックスが悪竜と戦っている。自分が渡した魔法石が役に立っているのだろうか。彼は無事なのだろうかと胸の奥がもやもやして、魔法石を作る手がなかなか動かせない日々になっていた。余計なことを考えていては魔法石も品質も落ちてしまう可能性があり、作ることができない。

デイビットの店に卸すにしても良い物を渡したかった。

エリンに気分転換に街に行ってみてはどうかと提案されたが、街の中も討伐の話で持ちきりになっていてシルヴィアの耳にも入ってくる。そんな場所に行っても落ち着けるはずもないため、屋敷から出ることもなくぼんやりと過ごす日々になっていた。

そんな娘の様子に見かねたアリアが庭でお茶を飲もうと誘ってくれたのだ。

「いい天気でよかったわ」

「そうね・・・」

娘の生返事にアリアは眉を寄せるしかない。

「あなたがここで不安になっていても悪竜はいなくならないのよ」

はっとしたように顔を上げると、アリアは再びお茶を飲んでいた。

「信じて待っているのなら、いつも通りの生活をして、健康に過ごしていることが大切だと思うわ」

「いつも通りの生活?」

「不安に思うことはあるでしょう。でも、何かできるわけではないわ。それなら変わることのない生活をして、討伐隊が戻って来た時に笑顔で出迎えてあげられるように健康でいることが私たちの役目ではないかしら」

母親の言葉にシルヴィアは心の奥に何かがすとんと落ちるような感覚があった。

不安に思って心配して1日を無駄に過ごすのではなく、自分にできることをしながら、彼らが返って来た時に元気よく歓迎してあげること。それがシルヴィアにできることですべきことなのだ。

不安になって体調を崩してしまったら、アレックスと再会したときに彼を心配させてしまう。余計な心労を与えることをシルヴィアは望んでいなかった。

「・・・そうね。私は私にできることをしていないと、アレックスに怒られてしまいそうね」

アレックスが戻って来た時お帰りなさいと言える機会があればいい。悪竜を討伐してきたのだから英雄として迎え入れられることになる。そうなると男爵令嬢ごときが近づける存在ではないような気がしているが、リーンハルト公爵家とヘイネス男爵家のつながりがあるので顔を合わせることは可能だ。それにシルヴィアには魔法石という秘密兵器があるのだ。リーンハルト公爵家から依頼を受ければアレックスに会うことは簡単だったりする。

彼がほっとした顔でただいまと言ってくれることを願いながら、シルヴィアは冷めかけているお茶を口にした。

空を見上げれば季節は夏を過ぎて秋になっている。晴れ渡った高い空がシルヴィアの心もすっきりとさせていくようだった。

「そうとなれば、新しい魔法石でも作ろうかしら」

「また魔法石なの。もっと他のことをしてみようとか思わないのかしら」

「私ができることをするなら魔法石が一番よ」

気分が沈んでいたが、今なら新しい魔法石の開発でもできそうな気がしていた。作る前に文献を読み漁ってみようかとも思うシルヴィアだ。

「新しい魔法石なら、まず王立図書館に行こうかな」

ヘイネス男爵家では集められる魔法書は限られていた。簡単言えばお金の問題だ。

だが、王立図書館には持ち出し禁止であってもその場で読むことのできる貴重な資料や文献もある。そこから新しい魔法石の開発のヒントをもらうことはよくあった。

「出かけてきます」

「あらあら、せわしない子ね」

アリアの呆れた声を聞き流して、シルヴィアはすぐに出かける準備を始めた。

馬車を用意してもらって、王立図書館へと向かう。

「そうだわ。せっかく街に来たのだから、デイビットのところにも行ってみましょう」

馬車に揺られてすぐ、シルヴィアは思いついたように手を叩いた。悪竜討伐の魔法石を作ってそれを届けてもらったお礼をしてから彼の店に行っていなかった。リーンハルト公爵家の依頼で魔法石を作ってからは、屋敷でいくつか魔法石を作っていた。最近は作れていなかったが、ため込んでいた魔法石を持って行くことを思いつく。だが、すでに馬車に乗り込んで街へと走り出してしまっていた。そのため今は手元に魔法石がない。

それでも顔を出して話をしたいと思った。最近の店の状況や新しい魔法石に関してもデイビットから情報をもらうこともある。

「新しい魔法石の納品依頼がなかったからしばらくそのままにしてしまったし、様子を見てから図書館に行きましょう」

先に青い翼に寄ることに決めた。

馬車の行き先を変更して賑わっている場所から人通りの少ない道へと入っていき、途中で馬車が停まった。

「ここから先は歩きになりますね」

一緒についてきたエリンが先に馬車を降りて外の様子を確認してからシルヴィアに降りるように促した。

青い翼があるのは賑やかな街の中心ではなく、人通りの少ない場所にこぢんまりとある。決して治安が悪いわけではないのでそこを警戒するわけではなく、貴族令嬢であるシルヴィアがこんな場所にいると誰かに見られて不審に思われる可能性はあった。賑わっている場所にも魔法石の店はあるのに、わざわざ人気の少ない店に行くのはなぜなのか、疑われることもあるだろう。青い翼にシルヴィアが通っていて、魔法石を納品していると知られることになったら、もうあの店に行くことができなくなる。そうならないために、店より少し離れた場所で馬車を降りて、地味なローブを纏って大きなフードで顔を隠すようにしていた。

貴族令嬢としての恰好より、そちらの方が場所的に馴染んでしまい、誰も男爵令嬢が通っているとは思わないという考えだ。さらに、シルヴィアは魔法石で自分の存在を認識しづらい状況にしていた。

そこに人がいるのはわかるが、どんな姿なのか記憶に残りづらい。そんな魔法石を作って持ち歩いていた。

「エリンはここで待っていて。それほど時間はかからないから」

店まではそれほど遠くない。認識疎外の魔法石も発動しているのでいつも1人で店まで行っていた。

今日は納品する魔法石は持ってきていないので、顔だけ出すつもりで手ぶらで歩いて行った。

「お気をつけて」

エリンもわかっているためシルヴィアを引き留めるようなことはしない。そのまま馬車の中で待機してくれる。

シルヴィアはフードで顔を隠しながら青い翼へと歩いて行った。

それほど広くない路地の一角に小さな店構えで魔法石店『青い翼』は営業している。

扉の上に小さな青い羽がぶら下がっていて、それが看板でもある。

扉を開くと中でベルが鳴って店に人が来たことを知らせてくれた。

「いらっしゃいませ」

気だるげな声は相変わらず店の奥から聞こえてくるが、店主の姿は見えない。

客もいないようで店内は店主の声以外静まり返った空間となっていた。

「これでどうやって経営が成り立つのか疑問に思う時があるのよね」

棚の上には等間隔に魔法石が陳列している。どれも生活で使うような弱い魔法が施された石ばかり。基本的に強い魔法が使える魔法石は需要がないので魔法石の職人たちも作らない。それよりも庶民が使う生活魔法の魔法石を置いた方が売れるのだ。とはいえ、賑やかな街中ではなく静かな場所に店を構えている青い翼はいつ来ても客の姿がなく、これで店主は生活できるのかを疑問に思うことがあった。

そんなことを考えながら魔法石を眺めていると、突然店の奥から大きな音がして慌てたように店主のデイビットが姿を現した。シルヴィアの独り言が彼に聞こえたのかもしれない。

「お、お嬢。来るなら来ると連絡しれくれればよかったのに」

「出かける用事があったから、デイビットの顔も見に来たのよ。お店は相変わらずのようだけれど元気そうね」

繁盛しているとは言えない状況に見えるが、デイビットは元気にしているようでほっとしていた。2か月ほど前にリーンハルト公爵家から魔法石の依頼を受けていたはずだ。シルヴィアは結界石を作っていたためデイビットに協力してあげることはできなかった。どんな魔法石を頼まれたのか知らなかったが、彼も魔法石を作る職人としての腕は確かなので心配はしていない。それよりも数をこなさなければいけなくなると、寝る間も惜しんで働いている可能性があった。そのことだけは気になっていたが、今見る限り大丈夫そうである。

「2か月前はちょっと忙しかったですけど、それ以降はいつも通りですね」

公爵家からの依頼の時にシルヴィアの紹介だと言われていたデイビットは、彼女も何か依頼を受けていると考えてシルヴィアに声を掛けることはしなかった。注文は自分のできる範囲で対応し、しっかりと稼いだのでしばらくは大きな仕事を受ける必要もなく、穏やかに自分の作りたい魔法石を作って細々と店を経営していた。

「何か新しい物を持って来たんですか?」

ただ立ち寄っただけのシルヴィアにデイビットは少しだけ期待の混ざった眼差しを向けてきていた。

「残念だけど、今日は顔を見に来ただけなの。新しい物はまた今度ね」

魔法書を読みながらこんな魔法はどうだろうかと魔法石を作ってデイビットに見せに来ることがある。新しい魔法には新しい魔方陣が必要で、それを解析するのがデイビットは好きなのだ。それに、シルヴィアは今ある魔方陣を改良して、より精度の高い魔法が使えるようにすることもある。魔方陣が複雑化するとデイビットでは復元できないこともあるが、簡略化された魔方陣もあり、それによって便利な魔法が使いやすくなることもあった。そういったものはデイビットにも作ってもらって魔法石の量産をすることがある。

新作としてデイビットが売り出してくれるが、最初の制作者であるシルヴィアのことは周囲に教えないでくれている。本来制作料をもらうべきなのだが、青い翼で販売している魔法石はデイビットの収入になっていた。シルヴィアが作った魔法石はデイビットが格安で買い取って店で販売する。売る時は必ず製作者がシルヴィアだとばれないようにしてもらうことも店で売るための条件となっていた。すべてを受け入れてくれていることで、シルヴィアは客に知られることなく魔法石を売ることができていた。

「デイビットは新しい魔法石を作ってはいないのかしら?」

シルヴィアの魔法石を気にしているが、彼自身もいろいろと研究しながら魔法石を作っている。

「最近はないですね。ただ、最近悪竜討伐が本格化しているという話が街中に流れてから、貴族からの問い合わせが入るようになってきました」

ここは生活魔法を使うための魔法石が置かれている店だ。平民が出入りしている庶民的な店ではあるが、そこに貴族が顔を出しているという。もしくは、貴族に支持された使用人が訪ねてくる。

もちろんシルヴィアと同じ目的ではなく、魔法石を買う客としてだ。

「 攻撃性の高い魔法が使える物や、防御魔法とか魔物避けの魔法石がないかと聞かれますね。悪竜の影響で魔物を見かける領地が増えてきているようですよ。不安に思う貴族が領地に送るために探しているようです」

被害がなくても魔物の姿を見かけるようになれば不安になる。直接の被害が出てきているリーンハルトや悪竜が現れた場所から近い領地はずっと前から対策を取るために魔法石を探していた。公爵家はシルヴィアとの繋がりがあったため探し回る必要はなかったが、他の領地は騎士の増強に魔法師の確保、魔法石職人に魔法石を作らせていた。

他の領主たちはすぐに対応することはなかったが、悪竜との本格的な戦いが始まったという情報と魔物が点在してきていることを知り、対策が今になって始められてきたらしい。

「数個ですが、攻撃魔法の魔法石も作りましたよ。でも、あれは作るのが大変ですね。慣れていないのもありますが、魔方陣が複雑ですから」

より強い魔法を求めれば、より複雑な魔方陣が必要になるし、そこに込める魔力も多くなる。大量生産ができないため、少ない魔法石を貴族たちで争奪しているようだ。

穏やかな生活をしていると言っていたが、少しだけいつもと違う状況になっていたようだ。

「何気にしっかり仕事をしているじゃない」

店自体は客がほとんど来ないが、貴族からの注文があればそれなりに稼げているのがわかった。

「これは一瞬の事ですよ。それよりも細々とでも穏やかな生活の方がいいと思います」

デイビットの言葉に、悪竜がいるからこそ起こっている現象だと思い知らされる。危険が迫っているから皆対応しているだけで、本来なら必要のない魔法石でもあるのだ。

「そうかもしれないわね」

デイビットの懐が潤ってよかったなと思っていたが、現実はそう簡単ではなかった。

「これから王立図書館に行くのよ。魔法書を読んで新しい物を思いついたらまた来るわね」

それでもシルヴィアは自分にできることをする。今はアレックスの無事を信じて自分にできる新しい魔法石の開発をすることだった。そうしていた方がシルヴィアは元気でいられる。彼が戻って来た時に心配させないためにも、シルヴィアらしく生活することにしたのだ。

「ぜひお願いしますよ」

そんなシルヴィアが作った魔法石を見るのがデイビットの楽しみにも繋がっている。気づかないところで彼を励ましているシルヴィアは青い翼を出ると気持ちを切り替えて図書館へと向かうことになった。


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