結界石
出来上がった魔法石を持って公爵家を訪れたシルヴィアは出迎えてくれたサイクスの案内でディールの執務室へと来ていた。
ソファに座って待っていると、姿を現したのはディールではなく騎士団長のジルだった。
「公爵様は手が空いていないということで、私が代わりに確認させていただきます」
執務室にはいなかったが、ディールは別の要件で席を外していたらしい。そして、魔法石の確認を騎士団長に任せていた。
彼で問題ないと判断したのなら、シルヴィアが口を出すことはない。持って来た魔法石をさっそくテーブルに広げることにした。
「魔物避けは2つです。こちらは魔物をできるだけ寄せ付けない魔法石になります。もう1つは結界石にしてみました。こちらは魔物が近づいてきますが、結界の中には入れないようになります」
どちらを選ぶかはディールに決めてもらうつもりでいた。
3つとも魔物避けでもよかったが、強い魔物が現れた場合魔法石があっても近づいてくる可能性があった。それなら、近づいてきても結界で近寄れないようにする方が安全ではある。ただ、結界石は維持するのが難しく、効力もそれほど長くない。
シルヴィアの腕でも結界を張ってから1か月が限度だと思えた。純度の高い魔石ではあったけれど、より長い効果を期待するにはもっと大きな魔石が必要になる。それに、シルヴィアも結界石を作ったのはこれが初めてだった。もっと研究すれば小さな魔石でもより頑丈で効力の長い魔法石を作ることも可能かもしれない。ただ、現時点ではこれが限界だった。
「これをシルヴィア嬢が作ったのですか・・・」
質問というより独り言に近かった。
作り手がシルヴィアであることをジルはわかったうえで言っている。
ディールが話したのだろうが、どこまで聞かされているかわかならなかった。ただ、信用できる魔法石の職人だということは伝えられていたのだろう。主人である公爵が何の遠慮もなく依頼していた相手なのだから。
頼まれて確認することになったが、ジル自身魔法石には詳しくないし、見た目で判断できない。
効力に関しては説明を信じるしかないが、ディールから確認してくるように言われたが、ただ受け取ってくるだけが仕事だった。
不安がないと言えば嘘になるだろうが、シルヴィアが堂々と説明している姿で、彼女が作った魔法石は信頼できるのだと彼は勘で判断した。
「どうですか?」
それ以上何も言わないで魔法石を見つめるジルに、少し不安になったシルヴィアが尋ねると、彼ははっとしたように顔を上げた。
「2つが魔物避けで、1つが結界を張れる魔法石ですね。確認しました」
「使い道はそちらで判断してください。魔物の状況に応じてどちらを使うか決まるでしょう」
魔物避けも結界も永遠に継続するものではないので、そこの説明をしていると、執務室の扉が急に開いてセレスが顔を覗かせた。
「シルヴィアが来ているの?」
ディールが部屋にいると思って声を掛けたようだが、中を覗いたセレスはシルヴィアとジルが魔法石を挟んで向かい合って話し合っている光景を目にした。
そしてディールがいないことを確認してから、セレスは部屋に入るとなぜかジルに対して呆れた顔をした。
「まぁ、ジルったらシルヴィアにお茶も用意していないの?」
侍女に声を掛けるなりお客であるシルヴィアをもてなしていないことを指摘してきた。
「奥様」
突然のことにジルがたじろいでいると、セレスが部屋の外に声を掛けた。どうやら侍女を伴って来ていたらしい。すぐに入ってきた若い侍女が執務室にあるティーセットでお茶の用意を始めた。
魔法石を届けたらすぐに帰るつもりでいたシルヴィアだったが、セレスが隣に座って、魔法石をジルが回収すると、あっという間にテーブルの上にお茶が用意され、他にも侍女が廊下にいたのか、お菓子を持ってきて並べられた。
あっという間に即席のお茶会の場が出来上がってしまった。
お茶が用意されると、ジルがソファから立ち上がって扉の前に待機する。
セレスと隣り合ってのお茶が始まってしまった。
「あの・・・」
シルヴィアもこの状況についていけずにどうしたらいいのか迷ってしまった。ディールに魔法石を渡したら帰るつもりでいたのに、お茶会が始まってしまった。公爵夫人であるセレスが始めたお茶を急に止めることは男爵令嬢のシルヴィアにはできない。
「気にしないで、あの人を待っているのでしょう。その間だけでもわたくしとお話でもしていましょう」
どうやら退屈しのぎをしてくれるためにやってきたようだった。気を遣わせていたのだと気が付いて、シルヴィアはお茶を口にした。
戸惑っていた気持ちもお茶の香りと美味しさで消えてしまっていた。
前に来た時とお茶の味が違うことに気が付いて、いつも飽きさせないようにしてくれている配慮も感じた。茶葉の種類が多いのは公爵家だからという理由もあるだろう。こんなところで男爵家との財力の差を見せられた気もしてしまう。
「美味しいです」
「よかったわ。この前は途中で打ち切るような形になってしまったから、気にしていたのよ」
公爵に呼ばれたのだからお茶をしていようとシルヴィアは席を立たなければいけなかった。その後も戻ることなく帰ってしまったので、セレスはずっと気になっていたらしい。今日シルヴィアが来ることを知って帰りにでも声を掛けられたらと考えていたのだが、その前に執務室で待ちぼうけをさせられていることを知り、様子を見にしたのだった。
「セレス様が気にするようなことは何も。公爵様に頼みごとをされたので、そちらを優先する形になってしまって、私の方が失礼をしてしまいました」
もともとはセレスに誘われて公爵家に来たのだから、セレスの方が気を悪くしてもおかしくなかった。体の弱いセレスはあまり外に出ることもなく、社交の場にも姿を見せることが少ない。せっかく誘ってくれた貴重な時間を別に使ってしまったのだから、シルヴィアの方が謝らなければいけなかったのだ。今日は魔法石を持ってくるだけのつもりだったので、謝罪の品物は用意していなかった。
「いいのよ。ディールが急に頼みごとをすることはあるでしょう。それに律儀に答えているシルヴィアはすごいのよ。でもね。無理なお願いはいつだって断っていいの。そうしないと付け上がってなんでも要求してくるかもしれないでしょう」
公爵夫人であるセレスも両親と同じようにシルヴィアの心配をしてくれているようだった。夫に利用されないように断る時ははっきりと言っていいのだとシルヴィアに伝えてきている。もちろんディールが無理難題を押し付けてくることはないと信じているから、冗談で言っていることは明らかだった。
「ありがとうございます。今回は作れる範囲でやらせてもらったので、問題ありませんでした」
作ったことのない魔法石ではあったが、ちゃんと調べて魔方陣を描き込んだ。時間さえあればもっと色々と調べたかったのだが、今できる範囲で作り上げるしかなかった。
シルヴィアが笑顔で言うと、本当に大丈夫なのかと疑うようにセレスが眉根を寄せていたが、心配される程魔力も使ってはいなかった。
「この前公爵家に来た時のことをお母様に話したら、今度は私も一緒に行きたいと言っていました」
せっかくお茶の時間を作ってくれたのだからシルヴィアは話題を変えた。セレスもわかっているようでシルヴィアの話に合わせるように会話が進んでいく。
「そうね。シルヴィアだけを招いてしまったから、男爵夫人に悪いことをしたわ」
侯爵夫人のセレスが男爵夫人のアリアに気を遣う必要はないのだろうが、娘だけを招待しているので、そこは気になったのだろう。今日は仕事でシルヴィアだけが来ていたが、今度は2人を招待すると快く言ってくれた。
2人が会話を弾ませていると、やがてディールが用事を済ませて戻って来た。
部屋の中に妻がいてなぜかシルヴィアとお茶を楽しんでいたのを目撃して驚くことになる。
結局ディールも少しの間混ざってお茶を飲むことになり、一通りおしゃべりが終わってから、シルヴィアは結界を作れる魔法石をディールに渡してジルに説明した内容をもう一度説明をすることになるのだった。