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魔物との遭遇

「以上が現状になります」

騎士から説明を受けたアレックスは目の前に広げている地図を見ながら頷いた。

「今のところは順調だが、いよいよ魔物と戦闘になりそうだな」

報告によると悪竜は発見された場所から少し移動しているが、それほど移動距離は長くない。目的地は当初と変わりなかった。ただ、悪竜がいる場所では瘴気が発生して魔物がどんどん生まれてきていた。動物たちが瘴気に晒されて魔物化していたのだが、その動物もいなくなってしまうと、瘴気が濃い場所から魔物が自然発生しているようで、魔物の数は増え続けている。

それが広がりを見せて悪竜の降り立った場所から近い村や小さな集落はすぐに避難が開始されていた。

今は悪竜がいるイグリット侯爵領の主都で魔物が広範囲に広がるのを防ぎつつ、首都に侵入されないように押しとどめている。

まだ持ちそうだという報告に安心したいところだが、次々と襲い掛かってくる魔物に侯爵領の騎士団も疲弊してきていることだろう。

アレックス達の討伐隊は、侯爵領の主都イグリナを今は目標にしている。そこまで行ければ騎士団の戦力に討伐隊の戦力を注いで魔物を討伐することができる。

そして、アレックス達の最重要とされる戦力はそこから少人数で悪竜討伐に向かうことになる。

今までの悪竜討伐の歴史でもこの方法が取られていた。大人数で悪竜に戦いを挑むのではなく、強い戦力を少人数で終結させて戦った方が効率が良い。簡単に討伐できる存在ではないが、歴史を調べた限り、この方法に従うことになった。

剣の腕と公爵家という立場でアレックスは討伐隊の指揮を執ることになった。

騎士が報告を終えてテントから出て行くと、地図を見ていたアレックスは入れ違うように別の騎士が入ってきたことに気が付いて顔を上げる。

「どうした?」

「現状の報告を受けたんだろう。何か進展があったのかと思って」

入ってきたのはアレックスと同じ悪竜討伐の精鋭部隊に入っているワイルダー=ビーシスだった。

彼は王国騎士団でエースと呼ばれている凄腕の騎士だ。今回の悪竜討伐には欠かせない戦力としてアレックスが引き抜いてきた。彼自身も選ばれることはわかっていたようで、悪竜が発見された時から準備を

進めてくれていたので、すぐに協力してくれることになった。

「今のところ何もないな。順調に進んであと半月もしないで侯爵領に入るだろう。魔物との戦闘も始まりそうだから、騎士たちにも伝えておいてくれ」

「いよいよ魔物との戦闘か。騎士団の騎士とはいえ、経験がない者も多い。最初は慣らすために慎重に行こうと思う」

「そこはワイルダーに任せる。騎士たちの統制は俺よりもお前の方がきっといいだろう」

アレックスは討伐隊の指揮をしているが、いざ戦闘となった時、普段から一緒に訓練をしているワイルダーの方が騎士たちのことをわかっている。主都に着くまでは騎士団への指示は彼に任せることにしていた。

それに、騎士団でも魔物との戦闘を経験している者は少ない。前の悪竜が降り立った時に魔物が発生していたが、悪竜討伐後は数を減らした。それでも、生き残りの魔物が稀に表れるので、その時に騎士たちが討伐するくらいだった。

本格的な魔物の発生による数の戦いは経験がない。ワイルダーも魔物討伐の経験が少ないと言えるだろうが、それでも彼の実力ならすぐに対応できるはずだ。そんなエースの指示ならば騎士たちもすぐに聞き入れると思っていた。

当然アレックスも経験不足と言えるが、ワイルダーと同じですぐに対応できるだけの実力があった。

「他のメンバーも準備は出来ているはずだから、いつ戦闘になってもきっと大丈夫だろう」

「魔塔からも魔法師を派遣してもらっているから、広範囲の攻撃には役に立ってくれるはずだ」

今回の討伐には欠かせない存在である魔法師。魔塔に要請して派遣してもらったが、その数は限られている。もともと魔法師になれる存在が少ないうえ、悪竜討伐に派遣できる上位魔法師はさらに少なくなる。貴族の子供たちは特別な理由がない限り、7歳か8歳になると魔塔の魔法師から選定を受ける。そこで魔法の才能があると認められると魔塔に入るか貴族として残るかの選択をさせられるのだ。跡取りでない限り魔塔に入ることがほとんどだが、その中でもより強い魔法が使える優れた魔法師になれるのはごく一部だ。

他にも平民の中で稀に魔力が強い子供が発見されると魔塔へと引き入れられるが、その数も少ない。

そんなことを考えていたらシルヴィアのことを思い出した。

彼女も魔法師の選定を受けたのだが、魔力量が多かったにもかかわらず、魔力操作が壊滅的にできないという不思議な体質のせいで魔法師になることは諦めるしかなかった。だが、当時選定をしてくれた魔法師が魔法石の制作に精通していたため、シルヴィアを魔法石の職人になってみないかと声を掛けてくれたのだ。

そのおかげで彼女は公にはできないにしても優れた魔法石の職人になれた。

左手首に触れると、彼女がアレックスに届けた魔法石のブレスレットに触れる。

女性物のデザインなのが少し気になるが、もしかするとシルヴィアの所有物を渡してくれたのかもしれない。時間がないため新しい物を作ることができず、そのままアレックスの手に渡ってきた。

「回復士の方はどうしている?」

アレックスの問いにワイルダーは思い出したように手を打った。

「特にすることがないから大人しくしているよ。暇すぎて逆に自分がここに居ていいのか戸惑っている感じだったな」

「怪我人が出ないと活躍できないからな。だが、のんびりしていられるのは今だけだ。これから活躍することになるはずだ」

魔物との戦闘はこれからだ。怪我人ができるのもこれからということになる。できるだけ怪我人を増やしたくはないが、回復士も重要な役割を持っている。こちらは神殿に要請して派遣してもらっている。

神殿の回復士も魔法師よりはるかに数が少ない。同じ魔力を使うにしても、回復士は怪我を治す専門職だ。聖魔法に分類されていて、こちらも魔法師の選定を受けた時に聖魔法が使えることが確認されると神殿から神官が派遣されて、神殿に入るか貴族として残るかを選択させられる。

ただ、回復士に関しては貴族に残ったとしてもその能力を開花させておきたいという神殿の要望で、一時的に神殿に回復魔法を使えるように訓練を受ける。最低限の力が使えるようになると再び貴族として生活することが可能なのだ。神殿はそれだけ臨機応変に対応している。

「とにかく、主都に辿り着くまで気を抜かないように伝えておいてくれ」

「了解」

ワイルダーはそのままテントを出て行ったのだが、彼と入れ違うように暗い色のマントを羽織った少女が入ってきた。

少女に見えるが実はアレックスと年の変わらない魔塔の魔法師なので、接し方を間違えるとへそを曲げられてしまうと聞かされていた。

「アロエンか。どうした?」

ミッチル=アロエンは27歳という若さで魔塔でトップクラスの魔法の使い手として今回推薦され討伐に加わっていた。好奇心旺盛で研究熱心なため、魔塔に引きこもっていることが多いらしいが、実力は推薦されるだけ強いはずだ。アレックスは実際に彼女が魔法を使って戦っているところをまだ見ていない。それでも、強力な魔法で助けてくれるはずだと期待している。

「ちょっと様子を見に来たの。悪竜の前に魔物と戦闘になるはずなのにまだ何も起きていないから、どうなっているのかなって思って」

ミッチルは誰に対しても砕けた話し方をする。公子であるアレックスも例外ではなかった。ただ、悪竜討伐に身分は関係ない。彼女の話し方を咎めるつもりはアレックスにはなかったし、この方が一緒に戦う仲間として良いと思ってもいた。

「様子を見に行ってもらっていた騎士たちの情報だと、この先少しずつ魔物が出てくるらしい。まだ数は少ないが、いよいよ戦闘が始まるだろう」

「それだけ悪竜に近づいているってことだよね」

「そうなるな。魔法師としてしっかり戦ってもらうことになるだろう」

「そこは任せて」

他にも数人の魔法師が付いてきているが、悪竜討伐にはミッチルが選ばれた。それだけ彼女の魔法は強力なのだろう。

「期待している」

アレックスがそう言うとミッチルは嬉しそうに微笑んだ。自分を認めてもらえることが嬉しいように感じられる。

「ところで・・・」

話が終わったと思い地図を片付けようとしたアレックスに、窺うような視線を向けてミッチルが口を開いた。

「アレックスが用意した魔法石。誰が作ったものなの?」

突然の質問にアレックスはきょとんとしてしまった。急に何を言い出すのだろうと首を傾げると、ミッチルはうずうずしたように体を小刻みに動かし始めた。

「公爵家で準備したようだけど、その箱に入っている魔法石全部強力な物でしょう」

目をキラキラさせて指をさしたのはアレックスの荷物が置かれている場所だった。その中にある小さな箱を示している。

ミッチルはその中身が何なのかはっきりわかっているようだった。

「確かにあの箱には魔法石が入っているが、アロエンが思う程強い魔法石ではないと思うぞ」

魔法石が入っていることは認めるが、強力な魔法石であることは誤魔化してみた。下手に認めてしまうと製作者を追及されてシルヴィアに辿り着かれても困る。

そう思っていたのだが、魔塔から選ばれた魔法師には通じなかった。

「何言ってるのよ。あれは箱に入って見えなくてもわかるわよ。強力な魔法が封じ込められていることくらい」

平然と反論してくるので、こういう時だけ身分で遠慮してくれたらよかったのにと思うアレックスだ。

だが実際はミッチルの追及は止まらない。

「それで、製作者は誰なの。当然公爵家で準備したんだからアレックスも知っているでしょう」

早く答えろと言わんばかりに迫ってきたが、ここで簡単に白状するアレックスではない。公爵家でシルヴィを守っているのだから、彼女のことを察することのないようにしなくてはいけない。

「あれは父が用意したものだ。もともとあったのか、注文したのかは知らない。ただ、討伐が決まってから時間もなかったし、誰かに制作を依頼している暇があったとは思えないが」

公爵である父親が用意したと言えばアレックスが答えられなくても諦めるかもしれない。

「ふぅん」

そう思っていたのだが、ミッチルは目を細めて怪しそうにアレックスを見つめた。明らかに疑われている。それでも余計なことを言う訳にはいかなかった。

「ま、そのうちわかるでしょう。それに、強い魔力は感じるけど、どんな魔法が発動するのか直接見てみないとわからないし。魔物か、悪竜と戦闘になったら使うでしょう」

「そのために用意したものだ」

諦めたというわけではなかったが、ミッチルはこの場では引き下がった。それに、戦闘になれば使うことになるので、その時にはどれほどの威力の魔法石なのか周りに知られることにもなる。

「それにしても魔法師が魔法石に興味を示すとは思わなかった。自分が魔法を使えるのだから、魔法石の威力なんて気にしないかと思っていたんだが」

魔法を使えない人間が魔法石を使うために関心を持っていても、魔法師自身は魔力や技術によって違いはあっても魔法が使える。魔法石なんて必要ないと見向きもしないのかと思っていた。魔塔でも魔法の研究はしているが、魔法石の研究はほとんどされていないはずだった。

「確かに魔法師は魔法が使えるから魔法石を頼ることはほとんどないわ。魔塔でも研究対象から除外されていることが多いし」

ミッチルも現状をわかっている。だが、彼女はそんなことは関係ないと言ってきた。

「魔法石だって中に描かれた魔方陣によっていろいろな魔法が使えるようになるわ。一般的には生活魔法を中心に作られているけれど、純度の高い魔石が発見されればより強い魔方陣を描いて強力な魔法を使えるようにもなるのよ。特殊な魔法だって、普通の人が使えるようになるし、決して甘く見ていい分野ではないのよ」

一気にまくしたてるミッチルは、魔法石やそれを作る職人を下に見ている雰囲気がなかった。

魔法石の職人は魔法師になれなかった落ちこぼれ。そんな風に認識されることが多い。特に魔法師たちからは見下されやすい。

「あたしは魔法師がいるように、魔法石師っていう地位があってもいいと思っているのよ」

魔法師の落ちこぼれとして評価されているため、魔法石を作る職人という言われ方をする。魔法師のように羨望の眼差しを受けることも少なく、シルヴィアがどれだけすごい魔法石を作っても高く評価されることはない。そのため利用されるだけ利用されて捨てられる可能性もあって、へイネス男爵家とリーンハルト公爵家でシルヴィアを保護するように隠しているのだ。

だが、ミッチルは職人たちを魔法石師という立場にして評価しようとしている。

味方を変えて評価してくれる魔法師がいることにアレックスは驚いた。

「そんな風に考える魔法師がいるとは・・・」

「まぁ、魔法師よりも下に見ている人がほとんどでしょうね。でも、魔法師よりも優れた魔法石を作る職人もいるのよ。それをひがんでも覆るわけでもないし、ちゃんと評価されるべきだと思っているだけ」

こんな考えを持った魔法師が増えれば、いつかシルヴィアも堂々と魔法石を作れる職人ではなくて魔法石士として認めてもらえる日が来るのかもしれない。

そんな淡い期待がアレックスの中で生まれた。

「というわけで、箱の中身を見せてほしいな」

最初の話に戻ってしまった。だが、アレックスも教えるわけがない。黙ってミッチルを見つめると、彼女は残念と言わんばかりに肩を竦めた。

「私の話に賛同して教えてくれると思ったのに」

真面目な話をしていたことは伝わっていたので、ミッチルはシルヴィアの味方になってくれそうではあった。それでも話せないのはシルヴィアの意思を確認してないからだ。アレックスの勝手は判断で彼女の秘密を晒してしまえば傷つけることになる。それに、隠している男爵や守ろうとしている両親を失望させることにもなるだろう。そうなってしまったら、シルヴィアとの未来が望めなくなってしまう。

「話が終わったなら、出発の準備をしておけ。これから魔物と遭遇することになるだろう」

話を切り替えるとミッチルは諦めたように苦笑いを浮かべてテントを出ていった。

1人になったアレックスはもう一度手首にそっと触れた。シルヴィアが用意してくれたブレスレット。彼女がどんな気持ちで作ったのかはわからないけれど、アレックスの無事を祈ってくれていることだけは伝わっていた。彼女のためにも無事に戻ることを誓いながら、今後の魔物との遭遇に備えてアレックスも準備を始めるのだった。


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