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社交より魔法石

抱えている箱の中身を想像して、シルヴィアは頬が緩むのを何とか意識して我慢していた。

公爵邸から帰る時執事長から渡された魔石は純度の高いものだった。何度もこんなきれいな魔石を渡してくる公爵家のすごさを実感しながら、こんなに貴重な物で貴重な魔法石を作れることに心が弾んでいた。

作る物は決まっているけれど、どこまでの範囲でどれだけの強度にするかはシルヴィアが決めることになる。

どんな魔法石を作り上げるべきか考えるだけで楽しい気持ちになっていた。

「さっそく始めましょう」

机に箱を置いて必要な道具を机に並べていく。

箱から魔石を取り出そうとした時、部屋の扉が開いてアリアが顔を覗かせた。

「まぁ、シルヴィア。帰ってきたばかりで何か始めようとしているの?」

屋敷に戻るなり作業部屋に直行したシルヴィアの様子を確認するために来たのだった。

案の定これから魔法石を作ろうとしている娘を目撃してアリアはため息をついていた。

「帰ってきたなら、まず顔を見せなさい」

「ごめんなさい急ぎの依頼が入ったから」

余裕をもって公爵家に納品の日程を伝えたが、本当はすぐにでも取り掛かって早く仕上げてあげるべきことだとわかっていた。ディールがどう受け取ったのかはわからないが、シルヴィアの実力を把握している彼はきっと早く納品してもらえると考えているだろう。

だが、どれだけ急いでいても屋敷に帰ってきたのだから、両親に顔を見せるのは筋というものだった。

「すぐ行くわ」

このまま夕食になりそうなので、魔法石を作るのは明日になりそうだった。

貴重な魔石ということでシルヴィア特製の魔法石の鍵付き金庫に閉まっておく。魔法石が付いた金庫に、対となる魔法石がはまっている鍵だ。2つの魔法石が反応して金庫が開く仕組みになっているが、鍵は持ち主を決められるので、シルヴィア以外に開けることができないようになっていた。

鍵を閉めて作業部屋を出ると、母親と一緒に行くつもりだったが、着替えていないことに気が付いて私室に戻ることにした。

部屋にはエリンがいて、シルヴィアが部屋に戻ってくるのを待っていたようだ。魔法石のことを考えていて、他のことをすっ飛ばしてしまっていた。周りに迷惑をかけていたことに気が付いて申し訳ない気持ちになってしまう。

「それがお嬢様ですから」

エリンは気にすることなくシルヴィアの着替えを手伝ってくれる。専属でシルヴィアに仕えてきたのだからよくわかっている侍女だ。

着替えを済ませると夕食の準備が出来たことを知らされる。そのまま食堂へと向かったシルヴィアは、そこで呆れた顔をした父親と対面することになった。

男爵家の屋敷は貴族の屋敷としては小さい方だ。そのため食事をする部屋も小さい。両親と食事をするには十分な広さではあるが、向かい合って座ると距離が近くなる。渋い顔をしながらその中に諦めのような感情が混ざっていることもわかる距離だった。

「また、公爵様から依頼を受けたのか」

公爵家から戻ってきたシルヴィアが作業部屋に直行したことを知って、何か依頼されたのだとわかったようだった。内容までは詳しく聞こうとしないエイターではあるが、それでも公爵家から依頼されたことに戸惑いが滲んでいた。

「公爵領で問題が起きているみたいで、魔法石の力を借りたいみたいなの」

公爵領にも魔法石を作れる職人はいる。それでもシルヴィアに依頼してくるということは、それだけ強い力が必要だということを意味していた。シルヴィアが頼られることは誇らしく思うエイターだが、シルヴィアをいいように利用しようとするようなことは許さないつもりでいる。

とはいえ男爵家が公爵家に歯向かえるかは疑問である。それでもエイターとしては大切な娘の力を搾取されることだけは阻止したいといつも思っていた。

「大丈夫よ。無理難題を押し付けられたわけじゃないし、代金もちゃんともらうわ。それに他に必要な魔法石は青い翼で調達してほしいとも言っておいたから、きっとデイビットの方が忙しくしているかもしれないわね」

シルヴィアが時々作る魔法石はすべて青い翼で作者不明として売ってもらっていた。デイビットはシルヴィアの能力の高さを理解していて、彼女の立場もわかったうえで協力してくれている数少ない人なのだ。

彼のおかげでシルヴィアの魔法石が帝都で売られるようになったが、これが男爵令嬢の作品だと思う者はいない。

「ついこの前公爵家の依頼で魔法石を作って倒れただろう。あんなことがあるのなら、今後の魔法石の制作も考えないといけないぞ」

エイターが気にしているのは娘の力を利用されそうだということだけではなく、魔法石を作り過ぎて体調を崩すのではないかという心配もあった。

隣のアリアも口には出さないが同じように心配していることが視線で伝わってくる。

心配させてしまったことは申し訳ないと思うシルヴィアだが、今回は倒れるほどの強力な魔法石を作るわけではなかった。

「前のようにはならないわ。今回は効力の強い魔法石ではあるけれど、魔力量は前ほどでもないし」

悪竜討伐で作った魔法石は攻撃型と保護型を作っている。どちらも強い魔法を使う魔法石に仕上げたため、魔方陣も緻密で繊細な物になっていた。そして何より魔力量を相当使った。そんなものを連日作り続けたためシルヴィアでも倒れてしまったのだ。

今回は魔物避けを広範囲にするだけだ。シルヴィアにとってはそれほど魔力量も必要ではない。

とはいえ、他の魔法石の職人が作るとなれば5日で3つはまず作れない。

「心配しないで、今日はもう休むことにして明日から作るから」

シルヴィアの説明でも心配する気持ちは消えないのだろう。両親を少しでも安心させるため今日魔法石を作ることは諦めた。

「もしも、公爵様から無理な要求をされたらいつでもお父様に言うのよ」

念を押すようにアリアが言ってきたのでシルヴィアは内心苦笑しながらも生真面目な表情で頷くことになった。

その後ゆっくりとした食事の時間が過ぎていき、ディールとの話し合いのことは触れられることはなかった。その代わり久しぶりに会ったセレスの話をしていた。今度はお茶会に誘われそうだと話をすると、両親とも貴族としてのつながりが広がることに嬉しそうにしてくれた。

シルヴィアはあまり社交界に顔を出していないため他の貴族との繋がりが薄い。公爵家の力を借りることで少しでも貴族令嬢としての繋がりを広げてくれることは娘の将来に繋がることでもあった。

そんな穏やかな夕食を終えると自室に戻ったシルヴィアは寝る準備をしつつ、もうすでに明日から作り始める魔法石のことばかり考えていた。

結局シルヴィアの頭の中はお茶の誘いや社交界の事よりも魔法石が優先されてしまうのだ。

これが無自覚なのである。

ベッドに潜ったシルヴィアは、明日からの魔法石の手順を頭の中で思い浮かべながら眠りにつくことになった。


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