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失格

母のアリアに手を引かれてシルヴィア=へイネスはお客様が待っている部屋へと連れて行かれた。

「さぁ、シルヴィア。これからあなたの魔力審査をしてもらうわ。あなたはただ立っているだけでいいから、魔法師様に失礼のないようにいい子にしているのよ」

「・・・はい」

シルヴィアはこれから魔力の強さと特性を調べてもらうことになっていた。平民なら魔塔へ出向いて審査をしてもらうことになるが、シルヴィアは男爵家とはいえ貴族ということで屋敷に魔法師が出向いて個人的に審査をしてもらえることになっていた。

母親も弱いながらも魔力を持っていたため、シルヴィアに魔力があることは気が付いていた。そのため審査をしたいという申請をしていたのだ。

アリアから魔力があることは説明されていたけれど、それがどういったものでシルヴィアにとってどれだけ重要なものなのか、詳しいことは聞かされていなかった。そのため、これから何が起こるのかわからず、緊張しながら返事をしていた。無意識にアリアの手をぎゅっと握ってしまう。

その緊張を感じ取ったアリアが部屋に入る前に膝をついてシルヴィアに視線を合わせてくれる。

「そんなに怖がらなくても大丈夫よ。魔力審査は痛くないし、シルヴィアの中にある魔力が強ければ、将来魔法師になれる可能性が増えるのよ」

「魔法師?」

まだ8歳のシルヴィアにとって、魔法師は不思議な力で不思議なことができる存在程度にしか認識されていなかった。それが特別なことだということもなんとなくは知っている。だが、詳しいことがわからないから首を傾げてしまう。

そんな娘にアリアは穏やかに微笑む。

「あなたの可能性がもっと増えることになるの。誰でもなれる存在でもないから」

「うん」

まだ不安は残っているけれど、シルヴィアは母が側にいてくれるならと頷いた。

父のエイターは先に部屋でお客様をもてなしている。部屋に入れば父親もいるのだからもっと安心できるはずだ。

「それじゃ、行きましょうね」

アリアに手を引かれて、シルヴィアは緊張しながら部屋へと入った。

部屋には2人の魔法師がいた。

足首まですっぽりと覆っているローブは紺色で、動くたびに裾がキラキラと光っている。シルヴィアは部屋に入って最初にそこに意識が向いた。

綺麗だなと思っている間にアリアが魔法師たちに挨拶をする。

「シルヴィアもご挨拶を」

意識がローブに向いていたシルヴィアは軽く背中を撫でられてようやく魔法師たちに視線を向けた。

1人は黒髪に青い瞳で、とても穏やかな雰囲気を纏っている男の人だった。

もう1人は深緑の髪に同じ色の瞳をしている男の人だった。その瞳がシルヴィアを値踏みするようにつま先から頭の上まで視線を動かしていて、幼いシルヴィアがその場から逃げたくなる雰囲気を持っていた。

「シルヴィア=へイネスです」

一歩下がりそうになるところをアリアの手が背中を押さえているため動けず、シルヴィアは仕方なく挨拶をした。貴族の挨拶はアリアから教わっているので問題ない。

「魔法師のシールズ=リッチです。隣は同僚のロス=キリアンです。本日はシルヴィア嬢の魔法審査に伺いました」

優しい雰囲気の魔法師が挨拶をしてくれる。シールズの話からはシルヴィアにも優しくてほっとできる。ただ、隣に立つロスは相変わらずシルヴィアを観察するように見ているだけで、紹介されても軽く頷く程度だった。いやいや魔力審査に来たのだということをアピールしているようにも思える態度に、シルヴィアよりも両親の方が気分を悪くしていたが、それを顔に出すことはない。遠慮のない視線に委縮していたシルヴィアは重い空気が漂っていることに気が付くことができなかった。

普段はソファやテーブルなどが置かれている部屋だが、今日は魔力審査ということで不要な家具は撤去されていた。魔力審査は何もない空間で審査を受ける子供を中心に魔法師で魔力量を計っていく。

「まずはそこに立ってください」

部屋の中央に立つように言われるけれど、シルヴィアはすぐに動けなかった。挨拶の時にアリアの手を離してしまっていたが、隣には立ってくれていたので母親の顔を不安そうに見上げる。

「大丈夫よ。何も怖いことは起こらないから」

アリアの言葉に頷いてみたけれど、シルヴィアは楽しく動くことはできない。恐る恐る周りの様子を気にしながら部屋の中央へと移動した。

すると2人の魔法師がシルヴィアを前後で挟むように立つ。

目の前にシールズが立ってくれたことは幸運だったかもしれないが、ロスの嫌な視線は背後に立っているだけでも感じ取れていた。

「シルヴィア嬢はこれの上に両手をかざしてください」

シールズが膝をついてシルヴィアの胸の高さにうっすらと青い透明な水晶を差し出してきた。ただ、じっと見ていると、その水晶の中に複雑な文様があることに気が付く。

不思議な水晶にシルヴィアは首を傾げると、怖がっていると思ったシールズが微笑みながらもう一度水晶に手をかざすように言ってくる。

「大丈夫ですよ。痛くなったりしませんから」

シルヴィアは頷いて、それでも恐る恐る手を伸ばそうとする。

「早くしてもらえないか」

ゆっくりとした動きで水晶に手を伸ばそうとすると、後ろから小声でロスの声が聞こえてきた。

両親は離れているから聞こえなかったかもしれないが、シルヴィアの耳にははっきりと不愉快だと言わんばかりの声が届いてしまった。

その声に一瞬手が止まる。

「ロスは黙っていてください」

とても優しい声が前から聞こえる。視線を向けるとシルヴィアの背後をにこやかに見つめるシールズの顔があった。声が優しくて穏やかな表情をしているのに、視線だけは冷たいものだった。その視線を受けてロスが気まずそうにそっぽを向いたことをシルヴィアは知る由もない。

「手をどうぞ」

再びシールズに促され、シルヴィアは気を取り直して両手を水晶に伸ばした。

ただ触れるか触れないかの距離に手をかざしただけだった。

それなのに、水晶に手をかざした瞬間。中に見えていた複雑な文様が淡い光を放った。それと同時に部屋の床にシルヴィアを中心に魔方陣が出現する。

子供のシルヴィアはその光景をただきれいだと思うだけだった。だが、前後にいる魔法師たちはそうではなかった。

「これは・・・」

「素晴らしいですね」

ロスの驚きを隠さない声に、シールズの嬉しそうな声が重なる。

シルヴィアは何が起こっているのかわからなくて手をかざしたまま首を傾げていた。

「シルヴィア嬢。あなたの魔力量は相当なようです。高位魔法師をめざすことも夢ではありませんよ」

気持ちの高ぶりを隠しながらシールズはできるだけシルヴィアを驚かせないように落ち着いた声で説明していく。

「できるだけ早く魔塔に所属して修業をするのがいいでしょうね」

にこやかに言われたが、魔塔に行くということを知ったシルヴィアは、途端に不安そうな顔で両親を振り返った。このまま魔塔に連れて行かれるのではないかと思ったようだった。

しかし、すぐに連れて行かれるわけではない事を知っている両親は安心させるように頷くだけだった。今日は魔力審査をすることが目的だ。その結果によっては今度シルヴィアがどうしたいのかを決める道が広がる。魔法師になりたいと言えば魔塔に行くことになるだろうが、屋敷で家族と暮らしたいと言えば魔塔に行くことはない。

「魔力量はわかりました。あとは魔力の特性を調べてみましょう」

不安な表情をしたことで、シールズは話題を変えるため次の審査をすることにした。

「魔力の特性?」

まだ何か調べるのかとシルヴィアはシールズをまっすぐに見た。

「魔力量が多いと言っても、個人でその魔力には特性があります。その人がどんな魔法を得意としているのかを調べるんですよ。それに魔力コントロールがどれくらいできるのかもわかります」

それによってはどんな魔法を極めていくべきかを知ることができる。同時に魔力コントロールが上手ければより高度な魔法も使えるようになる。

「そのまま手を魔法石にかざしていてください」

先ほどから手をかざしていた水晶は、魔法石だった。綺麗な水晶だとシルヴィアが勝手に思っていただけで、魔力審査に使うための魔法石だったのだ。

魔法石に手をかざしたままでいると、シルヴィアの手を覆うようにシールズの手が重ねられる。

何が起こるのかわからないシルヴィアはシールズの手をじっと見つめるだけだった。

すると、今度は手から何かが魔法石に吸い取られていくような感覚があった。

驚いて手を引っ込めそうになるが、それをシールズの手が抑える。

「そのまま」

静かな声に混乱しそうになったシルヴィアはすぐに落ち着くことができた。周りも騒いでいないことから危険なことが起こっているわけではない。

やがて魔法石の淡い光が消えていき、同時に床の魔方陣も消えると、シールズが眉をひそめて小さく呟いた。

「・・・これは」

「どうした?問題でも起こったか」

その呟きが聞こえたロスが訪ねてくると、シールズは明らかに困った顔をしていた。

そんな顔を目の前で見たシルヴィアは途端に不安になる。

何か悪いことをしてしまったのかと思っていると、シールズの手が離れて輝きを失った魔法石をローブの中に隠してしまった。これで魔力審査が終わったのだ。

「シルヴィア」

手を降ろすとアリアが娘を呼ぶ。

弾かれたようにシルヴィアは母の元へと駆け寄った。

「よく頑張ったわね」

頭を撫でられて、シルヴィアは急激に体の力が抜けるような感覚に襲われた。ずっと緊張していたのが解けてしまったのだ。

母親に寄り掛かるように抱きつくと、アリアはそれを受け入れてくれる。

「娘の診断はいかがですか?」

父のエイターが尋ねるとシールズが未だに眉をひそめるような顔のままシルヴィアに視線を向けた。それだけで、良くない結果が出たということを誰もが悟っていた。

「何か問題があるのならはっきりと言ってください」

このまま黙っていられてもエイターも困ってしまう。なにより娘が不安そうに母親にしがみ付いている姿が痛々しく見えてきてしまっていた。

「シルヴィア嬢の結果ですが・・・」

シールズは少し言いづらそうにしながらも、一度ロスに視線を送ってから口を開いた。

「魔力量は申し分ないほどの量を持っているようです。魔力特性は突出している属性はないようです。どんな魔法も使えるという面でいいことでしょう。ただ、魔力コントロールに関して問題があるようです」

「どんな問題ですか?」

シールズの説明にアリアが反応した。魔力量の多さに喜んでいた魔法師たちを見て、娘も将来魔法師になれる可能性を内心喜んでいたが、問題があると言われて不安が押し寄せてくる。彼女自身も魔力はあったけれど量が少なかったため魔法師にはなれなかった経緯がある。娘に問題があるとなると自分のせいではないかという気持ちがあった。

「魔力コントロールがほとんどできていないようです」

「それはどういうことですか?」

アリアだけでなくエイターも一緒に首を傾げた。しかし、シールズの隣で話を聞いていたロスは理解できたようで顔をしかめて、明らかに落胆の表情をした。

「魔力は十分あるのですが、魔法を使おうとするとコントロールが上手くできないという欠点があります。そのため魔法を使った場合爆発させるなど失敗して使いたい魔法を使えない状況になります」

「・・・・・」

部屋の中が静かになった。エイターとアリアは固まり、聞いた説明を一生懸命理解しようとしている。シールズは気まずそうに黙ってしまって、ロスは落胆したままだった。

その中でシルヴィアは自分に悪いことが起こったということだけは理解できていた。母の腕の中から顔を出すとぽつりと呟いた。

「ごめんなさい」

自分のせいでみんなが落ち込んでいる。怒られているわけではないけれど、この場の雰囲気を台無しにしたのがシルヴィア自身だということは理解してしまったため謝ることしかできなかった。

その声を聞いた両親がはっとしたように娘を見た。

シルヴィアの魔力審査をするのが目的で、彼女の可能性を広げるための行為だったはずなのに、逆に娘を悲しませてしまったことに気が付いたのだ。

「シルヴィアは何も悪くないのよ」

「そうだ。謝る必要なんてないぞ」

アリアが頭を撫でてくれて、エイターが膝を折って視線を合わせてくれる。

「シルヴィアが魔法師になれるかどうかを調べてもらっただけだ。結果として魔法師は諦めた方がいいことになったけれど、それは決してシルヴィアに責任があるわけではないよ」

落ち込むシルヴィアを励ますように両親が優しく話しかけてくれると、魔法審査をしていたシールズが近づいてきた。

「魔法師としては無理だけれど、高い魔力を持っているからそれを生かせる方法もあるでしょう。魔法師になれなかったことを残念に思う必要はありません」

彼なりの励ましだったのだろう。ただ、もう1人の魔法師ロスは違う考えだったようだ。

「せっかくここまで来たというのに、無駄足になったな」

高い魔力に期待していたこともあって、ロスはその期待を裏切られたことを隠すことをしなかった。貴族の子供の魔力審査は基本屋敷で行われる。自分の子供が魔法師になれるかもしれないという期待を込めて親が魔法師たちを呼ぶのだが、魔法師になれるだけの逸材を見つけられるのはほんの一部だ。だからそれほど期待していなかった。それがシルヴィアの魔力の多さに期待を持った分、魔法師としての才能がないことを知ってあからさまな落胆を見せつけていた。

「ロス」

シールズが注意するように名を呼んだけれど、ロスは肩を竦めて荷物をまとめるとすぐにでも部屋を出ようとする。

「用事が済んだのだから帰ろう。ここに居る必要がないだろう」

落ち込んでいる子供を励ますのは魔法師の仕事ではないと言うように彼はそのまま部屋を出て行った。

「ロスが失礼な態度を取って申し訳ありません」

貴族でも男爵位は低い。それもあって態度が横柄になっていた。そのことをシールズが謝るとエイターは一瞬不快そうな顔をしながらもすぐに穏やかに首を横に振った。

「結果がわかったのですから、子供の将来を考えるいい機会になりました」

「そう言っていただけるとありがたいです」

シールズは軽く頭を下げてから自分の荷物を手に取って部屋を出ようとする。だが扉に手をかけてから思い出したようにシルヴィアを振り返った。

「魔力操作が壊滅的のようですが、訓練次第では少しくらいの魔法は扱えるようになるかもしれません。ただ、お嬢様の場合相当な訓練が必要になる可能性がありますが」

そう言って、彼は荷物を床に置いてシルヴィアの前に再び立った。

「他にも魔法石を作る職人という選択肢があります」

「魔法石?」

魔法石のことはシルヴィアでも知っている。魔石に魔方陣を組み込んで魔力を注ぐことで、誰もが魔法を使うことのできる石。

「魔法を使うのと魔法石を作るのでは魔力操作の仕方が違います。シルヴィア嬢は魔法師としての才能は無理ですが、高い魔力を持っているので魔法石を作ることに魔力を使えるかもしれません」

魔法師は自分の魔力を練り上げて、自分の意思で魔法を作り上げて外に放つ。魔法石職人は魔石に魔方陣を描きながら魔力を魔石に流し込んでいくのだ。放出するのではなく注ぎ込むという違いがあるため、魔力操作も違う。

もしかしたらという可能性をシールズは話していた。

その話がシルヴィアの人生を大きく動かすことになることを、その時その場にいた者たちは誰1人として想像することはなかった。

それはシルヴィア=へイネスという最高の魔法石職人が誕生するきっかけとなるのだった。


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