第088話:七森健、昇天
一条雛乃:2年D組 男爵家の一人娘にして長女 【火魔術】
町田紬:雛乃の侍女、南雲家配下の伯爵家から派遣された。
近藤昭彦:前世の須藤の親友であり木下清美の幼馴染。今世では清美の
婚約者でもある。
山下清美:宮古直属の部下、西城家派閥の侯爵家4女。筋肉愛好家。前世の須藤の婚約者。
■黄金羊の毛皮:
6層のワイルドシープのレアモンスター、黄金羊からドロップする黄金に輝く不朽の毛皮。
DRDにおいては微妙な扱いで、これといって有用な装備品は出来ない。黄金の毛皮2つで黄金のマント(毒耐性上昇)の装備品が出来るが、使用場所が限られておりあまり実用性が高いとは言い難い。
現実でも同様で、そもそも取得自体が困難であり研究に回すには惜しい。かといって1枚では使い道がほとんどない、非常に扱いに困る品。
宝の回収も終わり、あれだけ存在感を放っていた黄金の羊は最初から存在していなかったかのように影も形も無くなっている。
紬と話していた雛乃が長谷川に駆け寄っていく。
「あ、あの! あの雷攻撃のとき咄嗟に剣を投げて助けてくれたのですよね? 助けていただいてありがとうございました!」(雛乃)
「あぁ、それならお礼は七森君に言って上げて。元々は彼がショートソード投げてくれて僕はそれを弾いただけだし」(長谷川)
七森を指さしながら長谷川はいう。七森は今回の狩りについて行っていたが、出来得る限り気配を消していた。元より気配を消すのは得意な七森だ道中まではうまく行った。
だが、雛乃のピンチに思わず体が動いてしまった。
「!!!」(七森)
雛乃が顔を向けると、七森は逃げ出した!
「観念するにゃ」(ミーナ)
しかし、ミーナに回り込まれてしまった!
「さぁ一条様、いまのうちにゃん」(ミーナ)
七森はじたばた藻掻くがミーナの羽交い締めは外れない。
「え!? え!? え!? あ、あの大丈夫なんですか!?」(雛乃)
「問題ないにゃん、早くお礼をいうにゃん!」(ミーナ)
相手の嫌がりように困惑するが、お礼を言わないのは良くないと思い、七森に向かい合う。七森は見てしまった。彼女の顔を、自らが生み出した年上の子供の純粋な目を。
「助けて頂いて、ありがとうございました!」(雛乃)
「!!!……………………」(七森)
雛乃の純粋な輝く光に当てられて七森は真っ白に燃え尽き昇天した。その顔は穏やかであったという。
「さようなら健兄。あなたの死は無駄にしないにゃ」(ミーナ)
「え!? あの……紬?」(雛乃)
「さすがは、お嬢様。大人の色気で昇天させたのですね」(紬)
「えぇ!?」(雛乃)
「白雪様、お嬢様には大人の色気がありますよね?」(紬)
「うんうん、あるね。さすがはチンチン電車と呼ばれるだけのことはあるよ」(白雪)
「いやいやいや、ただコミュ障なだけだから」(加藤)
「どういう理屈で気絶までになるんでしょうか?」(千鶴)
「だめっす。それを聞いたらだめっす。よけい辛い思いをさせるだけっす」(陽子)
…………………………
時も所も変わってここは一条家の当主の部屋。そこには雛乃の父・母、雛乃、紬が一堂に介していた。
机の上には黄金の毛皮が鎮座し、その存在感を放っている。そして一条家、その使用人全員の視線を独り占めしている。
お茶は出ない、出せなかった。もし一滴でも掛けたら命を差し出すしかない。そんなリスクを負える使用人はいなかった。
「お帰り、雛乃。大きくなったね」(一条家当主)
一条当主の視線は毛皮から外れない。
「……ただいまお父さん」(雛乃)
雛乃の視線は毛皮から外れない。昨夜寮の部屋で時間を忘れてずっと見ていたのに関わらずだ。
「誠司様、それは玄関で聞きました」(紬)
紬の視線は毛皮から外れない。雛乃の後ろに立っている、昨夜も毛皮とそれを間抜面でぼけーっと見る雛乃をずっと見ていた。
「そうだったかな。ははは」(当主)
一条当主の視線は毛皮から外れない。
一条家は男爵家だ、そのため雛乃は探索者センターの華族棟を利用することが出来る。だが、華族達からすると華族と認められるのは子爵以上だ。そのためあまり良い目で見られることはない。
それを解っている雛乃も普段から一般棟を使っているのだが、昨日ばかりはそれで良かったと心底思った。厳重に包んではいるが、もし他の華族に見つかったら何を言われるか分かったものではない。
寮の部屋に帰り鍵をかけるまで生きた心地がしなかった。
なお、過去に黄金の毛皮を持ち込んだ美々は堂々と肩に担いだうえ、いつも通り口には火のついた煙管を咥えていた。
その堂々とした姿とあり得なさから、周りから声を掛けられることは無かった。逆にそのぞんざいな扱いから『偽物?』とのささやきがあったのも声を掛けられなかった一因でもある。
「それでこの毛皮はどうしたのかしら」(夫人)
一条夫人の視線は毛皮から外れない。
「……倒して取ってきたの」(雛乃)
「うそでしょ!?」(夫人)
「いえ、お嬢様の言っていることは本当です。信じられませんが……一緒に私も戦ったので……」(紬)
本来黄金羊は2~3パーティで交代で戦うものだ。その無限とも言える体力と突進と雷に神経をすり減らしながら無限とも思える体力を後退しながら何時間もかけて削っていくのだ。
なお、ユニークモンスター・レアモンスター共に3日(72時間)で消えてしまう。戦闘中であってもだ。
「でもどうやって……」(夫人)
「逆にお聞きしますが、お嬢様がどうやったら手に入れられると思います?」(紬)
DRDならいざ知らず、現実ではうん千万クラス、外交にも使われるような品物だ。そんなものの戦闘権を一条家がとれるはずが無い。つまり沸いていたレアモンスターを狩ったというのは無い。
雛乃と紬2人で倒した、ありえない。そんな戦闘力があるわけがない。
討伐隊を組織した、ありえない。そんな人望は我が家に無い。
討伐隊に参加したらもらった、ありえない。こんなものをぽんぽんくれる人間はいない。いたとしたら馬鹿か、常識を学んだほうがいいだろう。
「「「「ヘックション」」」」(加藤達)
「「……」」(父・母)
「父さん、母さん、その沈黙は悲しくなるんだけど」(雛乃)
「それで実際の所はどうしたのかしら?」(夫人)
「それが、そのF組の方に手伝ってもらったというか、彼等とレベル上げをしたら出くわして……」(雛乃)
「あなた何を言っているの?」(夫人)
「だよね! だよね! そういう反応になるよね! 私も信じられないもん!」(雛乃)
「多分言葉ではどんなに説明しても納得することは出来ないと思います」(紬)
「まぁ、良いじゃないか。それよりもこれをどうするかだ」(当主)
「献上……しかないでしょう」(夫人)
「そうだよね」(雛乃)
レアな品を男爵風情が持っていたら何を言われるか解らない。独り占めしたくても絶対に今までの援助を盾に要求してくるだろう。向こうからしたらはした金でも援助は援助だ。
それに求められてから差し出したようでは印象は悪くなるのは必至だ。
「その、この毛皮、家が一旦買い取ってそのお金をみんなで分けることにしたんだけどいいかな?」(雛乃)
「ちょっと! いくらで買い取るつもりなのよ! うちの財政知ってるでしょ」(夫人)
「南雲さんお金いくらかくれないかな?」(雛乃)
「多少はくれるかもしれないわね……ただめずらしくても美術品扱いだし、1枚だとあまり使い道ないものだから……」(夫人)
実際のところ黄金の毛皮は実用性が見いだされていないのが現実だ。エリザベス女王が袖を通した黄金のコートも4枚もの黄金の毛皮が使われている。
虎の毛皮の絨毯のような使い道なら出来るだろうが、この毛皮は目立ちすぎる。1枚ではマフラーくらいならなんとかなるだろうが明らかに浮くだろう。
「一応聞いたら50万以上いけばいいって言っていたけど……」(雛乃)
「さすがにそれは安すぎって価値わかってないのかしら……」(夫人)
「相手はF組ですから。売り先が無いのでしょう」(紬)
「そういうことね……わかったわなら200万で買い取ってあげるわ」(夫人)
「よかった。ありがとう」(雛乃)
「次は私達の番ね、お金と子爵の切符をゲットよ」(夫人)
「出来るかなあ? 南雲さん絶対どうやって取って来たか質問してくると思うよ」(当主)
「……誤魔化せるわけはないわよね」(夫人)
「誤魔化せるような人なら公爵なんかできないよ」(当主)
「そうよね……ねぇ雛乃、どうやって戦闘をしたか遭遇から勝利までの経緯を出来るだけ詳細に書いて頂戴。信じられなくともそれがあれば多少は信憑性が生まれると思うのよ」(夫人)
「う……うん、わかった。実名は伏せていいかな?」(雛乃)
「だめに決まってるでしょう」(夫人)
「だよね……」(雛乃)
…………………………
須藤は街を散歩していた。美々に蹴られたあとが痛いがどうにも部屋にいると余計なことまで考えてしまう。
気分転換に今まで行ったことが無い場所へ行って見ることにした。これといって目的があるわけではないが、なんとなく新しい場所に行って見ると世界が広がったような気がするのだ。
だが、須藤の心が晴れることは無かった。前々のミーナのことも今回の美々の件もだ。相手が悪いことは解っている。だが警察の居ないこの世界では相手を捕まえてもそのあとに何もできない。
ミーナの時は探索者センターが引き取ってくれたが麻薬のような日華に関わるようなことで無ければ何もしてくれないだろう。それに引き取られたあと人道的に扱われるか疑問は残る。
……自分はこの世界でやっていけるだろうか?
明らかに前世のことを引きずっているのわ解る。だが、そうでなくともやはり人が目の前で死んでいくのは見たくない。
だが美々はどうだろう。彼女のことは前世でも耳にしたことはある。そしてそれに見合った実力も見せつけている。前回はどうにかなったが、次は無いだろう。
それに美々の言っていることは正論だ狂犬の理論ではない。真意はどうあれ奴隷化すると明言したのは向こうだし、美々の理論も正しい少なくとも間違っていると言える理由は思いつかない。
警察がないだけでなんとやりにくいことか、だが自分は結局警察に押し付けているだけで逃げているのではないだろうか? だが、見て見ぬふりもできない……
「晃……?」(???)
その声に思わず顔を向けると呆然とこちらを見る前世の隊長であり、高校時代からの親友近藤明彦体調がいた。
「あ、いやすまない……人違」(近藤)
こちらの世界には前世での知っている人物が多々いる。だが、前世の記憶を引き継いでいない。思わず声を掛けてしまったが、慌てて誤魔化そうとしたときに向こうからも信じられない言葉が返ってきた。
「明彦……隊長なのですか?」(須藤)
「ああ……ああ……本当にあの晃なんだな」
「はい……はい……明彦…………」
道のど真ん中で嗚咽をあげながら抱き合う男同士に思わず周りもざわつく。
……互いに落ち着いたあと喫茶店で互いにお茶を飲んでいた。
「そうか……結局住之江さんも清美も……」(近藤)
「はい……」(須藤)
「清美についてだが………」
「知っています」
「あぁそうか彼女は宮子様付きだったか」
「はい。明彦も知っているのですか?」
そういえば須藤は昔から誰にでも丁寧口調だったなと懐かしく思う下の名前で呼ばせるのにどれだけ苦労したことか。そして清美も昔から筋肉フェチだったなとうんざりする……
「まあな、昔のままだったろう」
「そうですね。昔のままです……」
昔を思い出したのか須藤の眉毛がさがる。
「明彦はどうやって前世を?」
「俺は、ロストしたときに思い出した。須藤は?」
「自分は、気が付いたらこの世界にいました」
「何!?」




