第085話:遠藤楓誕生日
水無瀬伊織:元小麦肌少女。モブキャラ、小町の同室 レベル:4
上沢:村田の友人
下田:村田の友人
中岡:村田の友人
■レッサーデーモン(8層) 推定レベル:19 属性:? 危険度:E(18層の同個体は推定レベル23 属性:闇 危険度:B)
8層の迷路は壁が腰のあたりまでしかなく、探索者のパラメーターであれば余裕で飛び越えることが出来る。だが、飛び越えるたびにレッサーデーモンが発生する、いわゆるお仕置きモンスター。本来の出現層は18層。
作中で美々がやっていた通り倒してしまえれば無罪放免となる。18層に出現する個体と違いスキルは使って来ず、真向からフィジカル(モンスターはマジカル的存在だが)のみで勝負してくる。HP、筋力極振りモンスター。
腕は人間の腕と同じ骨格だが、足はゴブリンの逆関節になっている。手や足はなく両方とも蹄になっており物は持てない。だが、それは天然のナックルでもある。
先に書いたとおり柵越えをしなければ発生しないことから危険度はE判定となっている。
朝F組の学食がいつもより騒がしかった。
「おはよ~、どうしたんだ?」(加藤)
「ああ、おはよう。あの子知ってる?」(モブ)
言われた先を見ると見知らぬ少女が朝食を食べていた。
「誰?」(加藤)
「前にいるのは楓さん?」(黒田)
「だよね」(加藤)
楓さんがニコニコして見ていた。始めて見る顔だ。
だが目の前にいる少女はその妹、美々とは賭け離れていた。美々は楓の気分によって髪型が変わるが、基本的に結わえられていることが多い。
しかし、目の前の少女は髪は降ろしているうえ、フリルのついたカチューシャを付けている。
そして何より彼女はいつも動きやすい武闘着のようなものを着ている、しかし、目の前の少女は凡そそれとは似つかわしくないゴスロリ衣装を着ていた。
「わっ、なにそなにそれゴスロリ衣装、ちょー可愛いんだけど。だれだれ~?」(伊織)
「何じゃ?」(美々)
「……え、遠藤さん!?」(伊織)
「だからなんじゃ」(美々)
「な、なんでそんな格好で?」(伊織)
「私の誕生日だからです」(楓)
「そういう風習なんじゃと」(美々)
「はいっ、誕生日には尊敬する人に自分が作った服を送る、そうですよね?……ね?」(楓)
「そ、ソウダネー」(伊織)
「あ、ハイソウデスネ。なぁ黒田」(加藤)
「お、おう、みんなそうだよな!」(黒田)
無言でうなずく皆。なお、美々はある程度他人の心は読める。大体の事情は察しているが、自分に悪意がなければ大体気にしない。
ゴスロリ少女がいつも通り手を頭の後ろで組み無表情で学園に向かって歩いていく。口には当然煙管を咥えている。
ガスマスクには周りも馴れて来たようだが、今日はそこにゴスロリも加わっている。注目度も上がっている。
「どうしよう、絵面的に完全にアウトなんだけど」(加藤)
「すげぇあれだな」(黒田)
「このミスマッチングがイイト思いますよ~」(メリッサ)
「アニメやマンガの中では既にいそうっす」(陽子)
「いたかなぁ? パイプ幼女はみたことあるような」(七森)
「ホームズ幼女とかいなかったっすか?」(陽子)
「いたっけ?」(七森)
「お姉さま、学校が終わったら食事と買い物に行きましょう」(楓)
「よいぞ」(美々)
「そういや、村田は休み?」(加藤)
「ああ。部屋から出てこない」(上沢)
「なんか、俺のデッドソードが~とか叫んでたけど知ってる?」(下田)
「なにそれ? そんなスキル持ってた?」(黒田)
「なんか試合で叫んでなかった?」(加藤)
「??? ファイナルソードじゃなかったっけ?」(黒田)
授業自体は何事も無く終わった。まるで昨日のことなど嘘のように。先生が美々を視て目を丸くしていたぐらいだ。
しかし、授業が終わるとすぐにF組の扉が乱暴に開かれる。
「ようF組のクズども」(E組)
「今日から俺らがお前等のこと鍛えてやるぜ。まずは荷物持ちからだけどな」(E組)
「くっ……」(五十嵐)
五十嵐が悔しそうな顔をする。
「ゆくぞ楓」(美々)
そんな中美々は相変わらずの我関せずだ。彼女にとって自分に降りかからないものは別にどうでもいいものに別けられる。
……のだが、後ろの扉からも新たなE組の人間が3人立ちふさがった。
美々達は脇から抜けようとするがE組の3人も逃げ道を塞ぐように移動する。
「なんじゃ貴様等?」(美々)
ここで初めて相手に目を向ける。
「なに勝手に出て行こうとしてんだよ。へんな服着やがって」(E組)
「一人だけ逃げようたってそうはいかねーぞ」(E組)
「おまえ昨日の試合見てねーのかよ」(E組)
「知らん」(美々)
「おい、そこの奴、ちゃんと教えといてやれよ」(E組)
「くっ、えっと昨日E組の奴との闘いでまけちゃって……」(五十嵐)
「なんじゃそれは? お前の負けがわしになんの関係がある?」(美々)
「あ、お前等の中で一番つえー奴が負けたんだよ、だから俺達の奴隷だ。わかったか?」(E組)
「おいおい、本音言うなよ」(E組)
「ま、そーゆーこった。俺らが今日から可愛がってやるからよ、待っとけ」(E組)
一緒に来ていたE組の面々が見下したように一斉に笑う。F組のクラスメートはみな下を向いて悔しそうにしていた。加藤達を除いてだが。
だが、奴隷、その言葉で明らかに美々の雰囲気が変わる。
「そうか、貴様等は強盗じゃったか」(美々)
E組含めてクラス全体の雰囲気が凍り付く、美々から放たれる酷い殺気。まともに向けられた風音でさえそれ以上に感じる殺気。
「あ」(加藤)
「地雷踏んだね」(白雪)
「いけませんっ!」(須藤)
「うごっ」(E組)
一瞬の出来事だった。殺気に静まり返った中、美々の前に立ちふさがった真ん中の男から呻き声が聞こえる。彼女の肘打ちが彼の鳩尾にめり込んでいた。それは、凡そ人間が出せる音ではなかった。破壊音に近い。
「「え?」」
次の瞬間には美々の膝が顎から頭に食い込んでいた。打撃は5か所のBPに分散する。その法則で最初の肘打ちは胴、両腕、頭、下半身のBP全てを犠牲なんとかしのげた。
だが続いた膝はLPで受けるようになる。全身の力を集約した膝は顎からめり込み、骨を砕き眼窩までを粉砕する、即死だ。
「殺した……」
「!!」(須藤)
「待ってくれ!!」(五十嵐)
須藤が慌てて駆け寄り、五十嵐も続く。しかし、美々はその言葉に耳を傾けない、崩れ落ちる男を呆然と見る左隣の男が腰に下げている剣を引き抜くと、そのまま右上へと切り裂く。
止めに入った須藤を蹴り飛ばす。あの須藤の巨体が冗談のように浮きあがった。美々のゴスロリ服からは白いソックスが覗いていた。
さらに流れるような動きで五十嵐の顔面に拳を叩き込む。べきりと何かが折れる音が響いた。
「いやぁ!!」(織姫)
「「優!」」(風音・柳)
そのまま、再び左の男へと体を回したときには、左胸やや中央へ心臓のある位置に刺突が突き刺さる、先程同様、全身の力が集約されたその剣先はBP、肋骨による反動を完全に抑え、背中側へと貫通した。
そして残渣のように回る赤髪とスカートの裾が赤い花を咲かせる。いまだに現実に追いつけない最後の左の男の鳩尾を白いソックスから伸びた足がえぐる。
ゴスロリ服がふらりと傾く。まるで慣れない服でバランスを崩したかのように、それはなおも掴みかかってきた須藤をまるで偶然のように躱す。逆に立て直したた反動を利用した一撃が再び須藤を蹴り飛ばす。
鳩尾への一撃で腹を押さえる相手の頭に両手を伸ばすと、まるで抱き着くかのようにロックする。
その瞬間には足は飛び上がる準備を整えていた。大きく回転するように飛んだ美々が体全体で大輪の華を咲かせる。
しかし、相手の首はついていけない。がっちりとロックされ、軽いとはいえ、首に全体重をかけられば耐えられるはずはない。ゴキリと命の終わりの音を響かせた。
日華においての殺人は大半がやりすぎであり、98%に上る。相手に襲われ、恐慌状態になり無我夢中で対応した結果だ。もしくは殺すつもりは無かったが相手が激しく抵抗したためというのも多い。
探索者は常日頃モンスターを相手に命のやり取りを繰り返しているためタガが外れやすいのでは? と心理学者は分析している。
だが、美々は至って冷静だ。冷静に相手を殺すことを目的に、殺すための攻撃をわき目もふらずに一直線に叩き込む。必死さもなければ、相手をなぶる気も、遊ぶ気もない。
『必殺』それを体現することだけを考えた攻撃を行う。
「やりすぎです!!」(須藤)
あれだけ蹴られてもまだ立ち上がれるだけの体力には驚きだ。
「やりすぎ? 強盗には当然であろう。喧嘩ではないのだぞ」(美々)
答える美々の言葉は平然としていた。あれだけの動きで息を乱してもおらず、先の暴言に対する怒りも感じられない。そして相手をロストさせた罪悪感のようなものもない。
「喧嘩ならば、こちらが武器を持たねば襲って来ぬかもしれぬ、こちらが武器を下せば相手も下すかもしれぬ」
最初にロストした中央のE組探索者は、すでに傷はなくなりF組の教室に入った頃と変わらない姿でへたりこんでいる。しかし明らかに何かが足りないように感じる。ロスト特有の感覚だ。
「だが、こいつらは強盗じゃ、こちらが武器を持たねばこれ幸いと全てを持っていくぞ、家も、金も、女も、貴様を殺したうえでな」
まるで石でも拾い上げるかのような感覚で、片手で首を掴むと持ち上げる。美々の背の低さもあって相手の足は地面についている。しかし、どんなに足掻いても、藻掻いてもその手は離れず締め上げる。
その無様な姿を見ても美々の表情はなにも変わらない。無表情というわけでもなくただ相手を見つめる。
締め上げられた側から見たそれはこれ以上ない恐怖を植え付ける。まるで日常行動のように処刑を行おうとしている。
ロストした状態で殺せば本当の死、それは美々も知っている、にも拘わらず言葉は発しない。要求を突き付けるわけでも無ければ、勝利宣言をするわけでもない。それは交渉の余地なしを示していた。
確実に訪れようとする死を認識した瞬間、その恐怖に相手の股間に染みができる。液体が流れる音が聞こえる。先程せせら笑っていたのがまるで幻のようだ。
それでも美々は眉一つ動かさない、嘲り笑うこともしなければ、哀れむこともない。あるのは純粋な殺意だ。
人を殺すということを充分に納得したうえでそれを成す。寄り道も、迷うこともせず、真っすぐに殺すための直線を進む。
「ですが! お願いですからやめてください!」(須藤)
須藤が土下座をする。それでも美々の手は緩まない。残り時間はあとどれくらいだろうか2分だろうか? 1分だろうか?
「何故じゃ? 何故やめねばならぬ? 戦争というものを知っておるか?」
人ひとりの命が掛かっているというのにまるで世間話をするように語る。
「領土が欲しい、資源が欲しい、奴隷が欲しい、どんなに耳障りの良い建前を抜かそうが戦争の目的はこれよ、集団強盗と何が違う?」
「それに対して、奪われる側は何をした? 護るために何をした? ひとつの例外もなく己も軍隊を持って奪われる前に相手を殺す。これではないか」
「貴様達より頭の良い人間が何十何百集まって、強盗にはこう対処せよと例を示しているではないか。奴らはやってもよいがわしはだめな理由はあるまい? それがわからぬお前ではあるまい?」
須藤は元自衛官だ、いざというときは己の手を赤く染めてでも日本を護る責務があることを一番知っている人間だ。自分が死ねば全てを奪われる、何を言われようと護るために殺す選択をしたのだ。
「それでも! それでも! やめてください」
それでも須藤は土下座して頼む、何がそこまでさせるのか、見ず知らずの相手のために土下座する。
美々は溜め息を一つつくと、手を離す。
「よかろう、ならば襲われた立場をお前にくれてやろう。わしとこやつらの問題ではなく、須藤とこやつらの問題にしてやろう。貴様の責任で、話し合うなり殺すなりするがよい」
E組の3人の返答を確認せずに勝手に被害者の立場を須藤に譲る。しかし、3人は何も言わなかった、何も言えなかった。
転生者の中で美々が最も考えが読めない人間だろう。今回も結果として彼女はE組の人間を殺さなかった。彼女は人の命の重さを知っている、それでも須藤が止めなければ容赦なく殺していただろう。
はじめからその気が無ければロストさせた段階であとは何もしていないはずだ。逆に人間味があるところがその恐ろしさを際立たせる。
何事もなかったようにいつものように煙管を咥え美々は教室から出ていく。残ったE組の人間も何も言えない。3人の後ろにつっかえていた彼等も逃げるように道を空ける。
「楓、ゆくぞ」(美々)
「はい!」(楓)
今のやり取りで彼女が昨日の試合に出てこない訳が解かった。解らされた、あれは出てきてはいけない人だ、もし出ていたら決闘カードなど使わずに秒殺するだろう。
「ひーりん」(メリッサ)
「あ、ヒーリング」(織姫)
須藤、五十嵐の傷が癒されていく。
「ありはほう」(五十嵐)
「ありがとうございます」(須藤)
ヒーリングではLPの回復は少量だが、鼻血を止める効果は充分にある。それでも鼻の骨折までは治っていない。須藤もまた腕に続いて肋骨に多分ヒビが入っているだろう。
「遠藤さん、本気で殴ってた……」(五十嵐)
「……」
顔を歪めているのは骨折の痛みのせいだろうか?
「死んでもかまわない、そんな威力だったな」(風音)
「冷静だった、見分けけがついていなかったではなく、優と須藤君を認識したうえで冷静に殴っていたな」(柳)
「うん……」(五十嵐)
(彼女は常識的で突拍子の無い事を言わないし、わがままも言わない。誰彼問わず戦闘を仕掛けたりもしない。だが、邪魔であれば友好的な人間でも容赦はないか)(柳)
「え~っと、とりあえずE組のみなさんに相談がありま~す。なんとかしない? 今いるだけでE組全員じゃないでしょ?」(白雪)
「他の人が同じことしたら君達のクラス皆殺しになるかもよ」
「……」
美々は銃に加えて剣や短刀など一通りの武器は使えます。彼女的言い方では「力任せに振る、突くするだけじゃ」。
ただ力任せ=東郷流による力の集約。各筋肉から発生した力を一点にロスなく集約する。そのためパラメーターが少し上がっただけで彼女の攻撃力には4,5倍の効果があります。




